次の日、北田から辺見家に電話があった。
「北田です。昨日は大変失礼しました。編集長と談判してこれまでと同じ方針で書かせていただくことになりました。今度は一緒に編集長に直談判してくれた先日一緒にお邪魔したスタッフも同行します。先日は編集長の方針に反対していたので同行を嫌がりましたが、今度は話が通りましたので、お話し、聞かせていただきますか?」
「お話は分かりました。近くに主人がいますので、今、聞いてきます」
電話を保留にして、美恵子は一郎のところに行き、電話の内容を伝えた。
「お待たせしました。本当にこれまで通りの方針での取材なんですね。それなら主人もOKということでした。でも、念のため、取材の様子は録音させていただきますね」
「もちろん結構です。俺もジャーナリストの端くれですから、嘘をつくつもりはありませんから。では昨日のように午後2時、ということでよろしいでしょうか」
「結構です。お待ちしております」
そう言って電話を切った。
午後2時、約束通り、北田たちは3人で辺見家を訪れた。今度はそこに安井もいた。北田のことを一郎が安井に相談していたのだ。安井は北田の顔を見るなり言った。
「俺の顔に泥を塗ってくれたな。昨日の話を聞いて今日は俺も同席させてもらう。決して辺見さんたちを裏切るなよ。そんな素振りが見えたら許さないからな」
安井は北田たちに睨みを利かせた。北田たちもジャーリストとして警察とも渡り合っているので自分たちが正義と信じていることについては怯むことはないが、昨日のことは完全に自分に非があることを自覚しているので、安井の言葉は心に響いた。
その上でリビングにみんな集まった。もちろん里香と田代も一緒だ。今回はサブとモモもいる。全員勢ぞろいといった感じだ。加えて正男の写真も置いてある。遺影の前で嘘を言わない、書かせないという辺見家側の強い意志が感じられた。
「里香ちゃん、昨日は変なことを聞いてごめんね。今日は正男君の思い出の中で感じたことを話してくれないかな」
「分かった。最初に正男君が来た時は、私がお姉さんのような感じだった。いろんなことを教えてあげたの。正男君はすぐに覚えていろいろ聞いてくるの。私が分からなくなるとお母さんに聞くの。それで私もいろいろ知った。一緒に勉強したような感じだった」
「じゃあ、だんだん絆も深くなってくるね」
「絆って何?」
「つながりって考えてもらえば良いかな」
「正男君とのつながり、ってことね。分かった。はっきりしたことは覚えていないけど、一緒にサブちゃんやモモちゃん、正男君と遊んでいると本当の兄妹の感じがしてきた。私、正男君から我慢することも教わった」
「どんなこと?」
北田が質問した時、美恵子が話に入ってきた。
「そのことは私がお話しします。里香は良い子なんですけど、自分が欲しいもの、やりたいことがあると希望が叶うまで駄々をこねることがありました。まだ小さいから仕方ないのですが、正男君はそれを黙って見ていて、優しく言うんです、『里香チャン、オ母サンガ困ッテイル。僕ノオ姉サンナラ、少シ静カニシテイヨウ。アッチデ一緒ニ遊ボウ』って里香の関心を逸らしてくれたりしたんです。そこから里香は駄々をこねることが無くなりました。正男君が上手く誘導してくれたんですね」
「ほう、いつの間にか正男君も成長していたんですね」
「そうなんです。そういうことの繰り返しで2人の絆は深くなり、何をするにも一緒でした。この前にお話ししたぺスちゃんの時も、誰も傷付けず事を収めてくれ、そんなこと私にもできません。1年弱でしたが、正男君からは全員がいろいろ教わりました」
「そうなるとここでこういう言い方は良くないと思いますが、ロボットと人間の共生というのは十分可能ということが言えますね」
「正男君はロボットじゃない。正男君は正男君なの」
北田の話に里香が強く反応した。里香にとっては言葉通りの存在なのだ。北田も理解しているつもりだったが、つい今回の話の構造を明確にするためにロボットという言葉を使っただけだ。
「里香ちゃん、ごめんね。僕の言い方が悪かった。正男君は正男君だよね」
この言葉で里香の表情が和らいだ。
「私たちが正男君に一番恩義を感じたのは、自分を犠牲にして私たちを救ってくれたことです。里香を守りたくても車を止めたりすることは私にはできません。田代さんに伺うと、自分の身に危ないことがある場合は私たちと同じように動きが止まるようになっているということですが、その正男君が私たちを救うため、自分の身を犠牲にしたのです。時々、善意の行動で自身が亡くなるという話がニュースなど聞くことがありますが、そういう尊いことを正男君はやってくれました。私たちの心の中にずっと生きていくことになるでしょう。もしあの時、勇敢な正男君の行動が無かったら、今、こんな感じでお話しすることもできません。改めて正男君に感謝したいです」
美恵子は正男の写真のほうを見ながら目に涙をためていた。その様子に北田に同行していた木下と近藤も思わずもらい泣きをしていた。
話はそこからいろいろ広がったが、今回は全て正男との時間が大変素晴らしい経験になった、ということで終了した。