東方のサムライ、カザンのお部屋は、ごはんを食べたお部屋と同じく和室だった。
ただし、ごはんの部屋とは違って、畳が敷かれているのはお部屋の奥半分だけだ。入り口に近い方は、光沢のある木の板が敷き詰められていた。
お部屋に案内されたにゃんごろーが、一番初めに気になったのは、板の間の壁際に設けられた騒々しいスペースだった。壁に取り付けられた棚と、床に置かれた棚の上にも下にもその脇にも、不思議な像がみっしりワサワサ並んでいるのだ。木彫りの像もあれば、ガラス細工の像や金属で作った像もある。
これと似たような像を、にゃんごろーは見たことがあった。
これと似たような像が、にゃんごろーと長老が暮らしている森のお家にも、いっぱい飾られているのだ。
それらは全部、旅ネコーのソランが旅先から持ち帰って来たものだ。
長老の家に飾られている像とお揃いではないようだけれど、それがソランのお土産だということは、聞かなくても分かった。カザンとの間に、ソランを通じた“繋がり”を感じて、にゃんごろーは嬉しくなった。
ユラユラユラリと揺れる尻尾も、もふっと軽やかだ。
「これ、れんりゅショランのおみやげれしょー? おんなりようにゃの、ちょーろーのおうちにも、いっぱいありゅよ! れも、ちょーろーのおうちよりも、きれいにかざってありゅね! しゅろい!」
「ああ、それか。棚を用意したのは私だが、並べたのはソランだ。ソランは、お土産だと言っているが、実際には倉庫代わりにされているだけなような気はしているな」
にゃんごろーが棚の前にちょこんと座ると、カザンはその隣で膝立ちになった。涼やかな顔立ちのサムライは、終始無表情だったが、雰囲気は柔らかかった。
にゃんごろーがニコニコと見上げると、カザンは表情を変えないまま、部屋の奥を指示した。
「あいつは、この船に来た時は、大体いつも私の部屋に泊まっていくのだ」
にゃんごろーのお目目が、指の先を追う。すると、畳の上で綺麗に畳まれたお布団の横に、ネコーが寝床としてよく使うようなカゴが置いてあるのが見えた。おとなのネコーがすっぽり入る大きさで、カゴの中には畳んだ毛布が入っていた。晴れ上がったお空を切り取って来たみたいな、綺麗な青色の毛布だ。
「あのネコー用のベッドも、ソランに強請られて私が用意したのだ」
「にゃはははは。しょーなんらー」
「うちの不肖の孫ネコーがすまんのー。まったく、あいつは図々しいわい」
「にゃふふふ! ショラン、じゅーじゅーしー!」
「いえ、お気になさらず。だが、にゃんごろーは次にソランに会ったら、今の一言をぜひあいつに言ってやってくれ」
「うん! わきゃったー! まきゃせて! ショラン、じゅーじゅーしーい! ショラン、じゅーじゅーしーぃい!」
おとなたちは、この場にいないソランをやり玉に挙げて、楽しそうに笑い合った。ソランにいいように使われていることを告げ口したカザンだったが、口では迷惑そうなことを言いつつも、実際にはそうした扱いを満更でもなく思っているのが透けて見えた。長老も、身内としてお約束の謝罪を口にしたが、本気でソランを非難しているわけではない。
ふたりとも、ソランのことを「困った奴だ」、「仕方のない奴だ」と呆れつつも受け入れているのだ。お互いに、相手もまた同じように思っていることを察していた。
ふたりは、ソランをダシに笑い合った。そうすることで、親睦を深め合っているのだ。
子ネコーはと言えば、そんなおとなたちの会話の機微には気づくことなく、「にゃふにゃふ」と笑っていた。カザンから代弁を頼まれた、仕方のないネコーへの苦言フレーズが気に入ってしまったようで、笑いながら、節をつけて歌うように何度も繰り返している。
おとなたちは、それを聞いて、また楽しそうに笑った。
さて、お茶にお呼ばれしたネコーたちだったが、朝ごはんを食べてからそんなに時間も立っていないため、まずはそのまま不思議な像の鑑賞会へとなだれ込むこととなった。
にゃんごろーは「えー!?」と抗議の声を上げたけれど、もう少しお腹を空かせてからの方がお茶菓子を美味しく食べられると長老に諭されて、あっさりと引き下がった。食いしん坊な子ネコーは、食い意地のためなら食い意地を我慢できるのだ。
納得した後は、いつまでも引きずったりせずに、にゃんごろーは観賞会へと気持ちをスパッと切り替えた。像にお顔を近づけて、一つ一つ、しげしげと眺める。棚に飾られた不思議な像たちは、どれもソランらしさを感じさせるが、長老の家のものと被るものは一つもなかったので、新鮮な気持ちで楽しめた。
美味しいものには負けるけれど、ソランが持ち帰って来る不思議な像のことも、にゃんごろーは好きだった。だから、すぐに夢中になった。
一番大きい像は、床の上にじかに置かれた、樽に座って足を組んでいる骸骨の像だ。にゃんごろーのお胸のあたり、背の高いカザンのふくらはぎくらいあるだろうか。骸骨は海賊帽をかぶり、美味しそうに葉巻を吹かしている。こんな大きいものをよくお船まで持ってきたものだと、三にんは感心した。余程気に入ったんじゃなぁ、と長老が呆れるように呟いたので、にゃんごろーは笑ってしまった。
一番数が多いのは、手のひらサイズの小さな像だった。同じ棚に、小さなカエルシリーズが並んでいた。蓮の葉の上で、座禅を組んでいるカエル。雨合羽を着て、葉っぱの傘をさしている親子カエル。カエルの音楽隊のガラス細工。お腹に毛布を掛けて、仰向けで、幸せそうにお昼寝をしている手足の生えたオタマジャクシ。どれも、生き生きとしていて、とても可愛い。ソランから、特にカエルが好きであるという話しは聞いたことが無い。もしかしたら、旅先でカエルに纏わる何か興味深い出来事があったのかもしれないな、とにゃんごろーは思った。
にゃんごろーが一等気に入ったのは、パンケーキを食べようとしている子熊の木彫りだった。カエルシリーズよりは、一回りほど大きなサイズだ。バターの載った三枚重ねのふっくらパンケーキの上に、両手に持った蜂蜜壺を傾けて中の蜂蜜をとーろりとかけている真っ最中の嬉しそうな子熊の木彫り。にゃんごろーは羨ましそうに子熊とパンケーキを見つめながら、ジュルリと涎を吸い上げた。蜂蜜は森でも採れるので食べたことはある。バターも経験した。どちらも、とても素晴らしい。パンケーキは絵本で見たことがあるだけで食べたことはないが、嬉しさではち切れそうな子熊の顔を見るだけで、とても美味しいのだろうと想像できる。とても素晴らしい作品だと思った。
にゃんごろーから見える範囲の像は、一通り鑑賞し終わった。お次は、にゃんごろーの頭上にある棚に並ぶ像たちだ。
背伸びしても見えない高さに、にゃんごろーがどうしたものかと首を傾げていると、気を利かせたカザンが抱っこしてくれた。小さな子ネコーを抱き上げたカザンは、まったくの無表情……に見えて、目元がほんのりと緩んでいた。もしかしたら、抱き上げられてはしゃぐ子ネコーよりも喜んでいるのかも知れなかった。
カザンのおかげで高い所が見えるようになった子ネコーは、ご機嫌で上段を眺めまわし、とてつもなく気になる像を見つけてしまった。
ちょうど目線の位置にある棚の真ん中で、細長いお魚の像が、ぐったりと横になっていたのだ。
にゃんごろーのお目目は、お魚の像に釘付けになった。
その像は、生き生きとした魅力を放っているソラン・チョイスの不思議な像たちの中で、一つだけ異彩を放っていたのだ。