カザンから、ソランに対する愚痴のような惚気のような話を聞いている内に、待ちに待ったお昼の時間がやって来た。
お昼ごはんの会場は、子ネコーの頭にすっかり『ごはんのお部屋』としてインプットされてしまった、食堂の傍にある例の和室だ。お昼は、カザンも和室で一緒に食べることになっていた。
和室へ向かって、三にんで、船内の通路を歩いて行く。
カランコロンポロン、と鐘の音が聞こえてきた。お昼ごはんの時間を知らせる放送だ。
大きいネコーと小さいネコーは、キュルキュルと空腹を訴えるお腹をさすりながら、ソワソワと落ち着かない様子で、足を速める。せかせかちょこまかと速足で歩くネコーたちの後を、サムライはゆっくりのんびりと追いかけた。足の長さが大分違うので、かなり速度を落とさないと、すぐに追い抜いてしまうのだ。
涼しい顔をしているカザンだが、その実、この行程を楽しんでいるようだった。サムライの視線は、ぴょっぴょこ動くお耳と、嬉しそうに揺れる尻尾に釘付けになっていた。
ほどなくして、約束の地・和室へと辿り着いた。
砂漠を彷徨う旅人がオアシスを見つけた時のように、ネコーたちは全身から歓喜を溢れさせた。まだドアも開けていないのに、お手々を「にゃー!」と上げ、尻尾を激しく振り回している。嬉しい興奮が抑えきれないようだ。あまりの可愛らしさに、カザンの口元がフッと緩んだ。日頃、あまり感情を表に出さないサムライには珍しいことなのだが、引き出したネコーたちが、自らの偉業に気づくことはなかった。ふたりのお目目は、和室のドアに釘付けだったからだ。脳裏には、それぞれが思い描く美味しい桃源郷が映し出されているのだろう。そんなお顔をしている。
「長老じゃー! 入るぞー!」
「にゃ、にゃんごろーじゃー! はいりゅじょー!」
「…………カ、カザンです。入ります」
長老は、掛け声と共にドアを開けた。すかさず、子ネコーも真似をする。少し躊躇ってから、カザンも便乗した。
和室の中では、お昼の準備が、すでに整っていた。
用意された席の数は八つ。昨日の夜と今朝よりも、二つ少ない。
長老と仲良しの、三人のお年寄りは、先に座っていた。入り口から見て、机の左側に並んでいる。入り口側から、ナナばーば、マグじーじ、一つ空けてトマじーじの順だ。
その一つ空いている席に、長老が吸い込まれるように座った。
長老に後れを取ってはならないと、にゃんごろーも慌てて和室へ突入する。
にゃんごろーの席は、これまで同様、長老と向かい合わせに用意されていた。座布団が三枚重ねられているので、すぐに分かった。にゃんごろーは、尻尾をふりふりしながら、いそいそと三枚重ね座布団の元へ向かうと、机側の端っこに、ちょこんと腰掛けた。
最後にカザンが、にゃんごろーの後姿を眺めながら奥の席へと向かい、トマじーじと向かい合わせに座った。
残りの席は、後二つだ。
お昼ごはんのメニューも気になるけれど、残りのメンバーも気になった。発明ネコーのルシアは森へ帰ってしまったし、トマトの女神様であるミルゥは、お仕事でお船の外へ出かけて行った。昨日と今朝のメンバーの内、お船にいるのは、センリ、ニコル、タニアの魔法使い三人組だ。お風呂で仲良くなった、センリとニコルの二人かもしれないな、とにゃんごろーは考えた。
残りの二人を待ちながら、おとなたちは、カザンの部屋にあった四角いクッションの話で盛り上がっていた。カザンがこの部屋の分も買ってこようと言うと、男たちはそれに賛成した。ナナばーばだけは、三枚重ねの座布団の端に座っている方が可愛いのに、と難色を示した。けれど、カザンが「にゃんごろーに両方試してもらって、食べやすい方を選んでもらうのがいいのでは?」と提案すると、「それもそうね」とあっさり引き下がった。
みんなが揃うのを待っている間、にゃんごろーは落ち着かない様子で、トレーの上をチラチラしていた。長老もソワソワしているけれど、にゃんごろーはその比ではない。お腹を空かせた食いしん坊子ネコーの目の前に、知らない食べ物ばかり並んでいるのだから、仕方がないというものだろう。
待ちきれない子ネコーのために、ナナばーばがメニューの説明をしてくれることになった。
「今日のお昼はね。私とカザンの故郷である、和国のお料理なの。お稲荷さんと茶わん蒸しと、お豆腐とワカメのお味噌汁。お味噌汁は、和国のスープなのよ」
「ちゃらんるし! ちょーろーのしゅきなやつちゅ」
つい先ほど、カザンの部屋で聞いたばかりの料理名が出てきて、子ネコーは目を輝かせながら、トレーの上の茶わん蒸しを見下ろした。蓋がされていて、中が分からないのがまた小憎らしい。涎をジュルリとさせながら、にゃんごろーは、すぐにでもパカッとしたい気持ちを何とか押さえつける。
「うむ。そういうことは、よく覚えているのぅ。これは、そうじゃのぅ……。言うなれば、甘くないプリンじゃ!」
「あまくにゃい、プリン!?」
長老の雑過ぎる説明に、人間たちは苦笑し、子ネコーは目を白黒させた。
プリンは、にゃんごろーも食べたことがある。まだ、にゃしろーが森にいた頃に、長老がお土産に持ち帰ってきたことがあるのだ。三にんでおやつに食べたプリンは、信じられないくらいに美味しかった。にゃんごろーほど食いしん坊ではないにゃしろーも、プリンの魅惑の甘さに顔を輝かせ、珍しく「また食べたいね」などと言っていた。にゃしろーが病気になった時には、食欲がなくなったにゃしろーのために、長老や森のネコーたちが青猫号までプリンを分けてくださいとお願いしに行ってくれこともあった。
いつかまた、三にん一緒に元気で仲良く食べたいな、とにゃんごろーは思っていた。その思い出も込みで、プリンは密かに、にゃんごろーの一等好きな食べ物候補に挙がっていたのだ。
挙がっていた、のだが。
甘くないプリンとは、はたして――――?
長老はとてもうれしそうだけれど、それは本当に美味しいのだろうか?
長老のホクホク顔から、自分の茶わん蒸しへと視線を移して、子ネコーはきゅっと眉間をすぼめた。