パンが足りなければ、おかわりをすればいい――。
そう聞いて、自らが引き起こした泥棒騒動のことはスッカラカンと忘れて、にゃんごろーは『おかわり』に思いを馳せていた。
「おっきゃーわりぃ♪ おっきゃーわっりぃ♪ うっふふっふふー♪ ちゃーのしみぃ、ちゃのーしみぃ♪ にゃんごろーのー、はーじめちぇーの、おーきゃわりはぁー、おーふねぇのおいしぃごひゃんれ、しちゃうんりゃもんねー♪」
おかわりをするのがよほど楽しみなようで、ついには歌まで歌いだした。
すっかり、おかわりをするつもりで浮かれている子ネコーを、長老は何とも言えないお顔で見つめている。
子ネコー用に用意されたトレーの上の朝ごはんを完食したら、食いしん坊な子ネコーの小さなお腹はパンパンになってしまうと分かっていたからだ。
予想ではない。確信だ。
――いずれにせよ。
おかわりをするためには、トレーの上の朝ごはんをすべて平らげなければなないのだが。
望むところだ!――と、にゃんごろーは勇んでフォークへ手を伸ばしかけて、「しょだ、しょだ」と大事なことを思い出した。子ネコーのお手々は、フォークではなくバターロールへ向かった。自前の小さなバターロールが、本物のバターロールを、もふっと取り上げる。
長老の真似をして、パンとオムレツの奏でるハーモニーがいかなるものかを確かめようとしていたことを、ちゃんと思い出したのだ。
にゃんごろーは、こういうことは忘れないのだ。
そこがにゃんごろーの、可愛いところでもあった。
取り上げたバターロールをお目目の前まで持ち上げて、「にゃふっ」と笑うと、にゃんごろーは、いそいそとそれを二つに割った。半分は、お皿に戻した。そして、お手々に残ったバターロールから、今度は、お口に入れるのにちょうどいい量をちぎり取る。食べる分だけを手に残し、残りはお皿に置いた。
左のお手々の中に残された、子ネコーのお口で一口サイズのバターロール。
見下ろすお顔は、今にも涎を零しそうだ。
にゃんごろーは、今度こそ、右手でフォークを握りしめた。そして、慎重にバランスを考えながら、切り分けたオムレツをバターロールの上に載せていく。卵とトマトとチーズが、ちょうどいい案配になるように。なるべくたくさんで、だけど、ちゃんとお口に入るギリギリの量を見定めねばならないのだ。
慎重なる試行錯誤の結果、満足のいく出来栄えに仕上がった。
オムレツをパンに載せただけなのに、手の込んだ料理を一品仕上げたかのようなお顔で「うみゅ」と頷くと、おもむろにお口を開いて、仕上げたばかりの料理をさっそく味わっていく。試行錯誤の甲斐あって、お口の周りを汚さずにお迎えすることが出来た。
トマトとチーズと卵が織りなす三重奏も素晴らしかったけれど、新たな仲間を迎え入れての四重奏も最高だった。バターロールは、仲良し三にん組を包み込む、優しいお兄さんかお姉さんのようで、にゃんごろーはすっかり気に入ってしまった。
三重奏と四重奏、どちらも甲乙つけがたかった。
次はどちらを楽しもうか迷った末、にゃんごろーはお皿の上のパンに手を伸ばした。やはり、みんな仲良しが素晴らしい。でも、やはり三重奏も捨てがたく、その後は、交互にそれぞれの味を楽しんだ。
バターロールの半分を食べ終えたところで、にゃんごろーはハッとお顔を上げた。
長老に惑わされて、バターロールだけで味わってみることを忘れていたことに気が付いたのだ。
早速、試してみねばと残りの半分に手を伸ばした。小さくちぎって、何も付けずにそのままお口の中に入れて、ゆっくりとお味を確かめる。
ほんのり甘くて、柔らかい。
これはこれで、いいものだ。みんなで遊ぶのも楽しいけれど、にゃんごろーはひとりで遊ぶのも嫌いじゃないのだ。
けれど、今日は。
四にんの出会いを、大切にしたかった。だから。
残りの半分も、オムレツと一緒に楽しもう、とにゃんごろーは決めて、バターロールにお手々を伸ばす。
そのモフモフのお手々が、バターロールの脇に添えられていた、イチゴジャムの入っている器にぶつかった。
今日はまだ、手つかずのイチゴジャム。
大好きな赤いお色のジャムに視線を向けて、にゃんごろーはゆるんと頬を緩ませる。
オムレツに夢中になり過ぎて、存在を忘れていたわけではない。
今日はオムレツに敬意を表して、ジャムさんには、お休みいただこうというわけでもない。
すっかり大好きになってしまったイチゴジャムは、最後のお楽しみにするつもりなのだ。
それはもう、本当に本当の一番、最後。
バターロールをおかわりして、じっくりと楽しもうという算段なのだ。
初めてのおかわりを、大好きなイチゴジャムと共に味わう。
冒険大成功から始まった朝の素晴らしい時間を、イチゴジャムを添えた初めてのおかわりで締めくくる。最高ではないか。
きっと、素晴らしい一時になるはずだ。
楽しみで、楽しみで、楽しみ過ぎて、目じりも頬っぺたも緩みまくりだ。
「うふふふふっ」
口元も緩んでいるようで、お口の中をゴックンしたとたんに、ついうっかり笑い声が零れてしまう。
幸せの後に、更なる幸せが待っているのだ。
なんて、素晴らしいのだろう。
子ネコーは全身から、幸せキラキラお花畑光線を無意識に発生させまくり、もう一度「うふふふふ」と笑うと、オムレツへと意識を切り替えた。
それはもう、スパッと切り替えた。
オムレツを味わう時には、オムレツのみに集中すべきだからだ。
イチゴジャムのことを考えながらオムレツを食べるなんて、イチゴジャムにもオムレツにも失礼だ。にゃんごろーは、礼節を弁えた子ネコーなのだ。
ちなみに、バターロールについては、オムレツとの一体化が認められているため問題なしと判定されている。
三重奏、四重奏と交互に味わい、オムレツとバターロールを綺麗に完食。スープも飲み干して、森でもおなじみのルーミの実まで、すべて。
トレーの上の朝ごはんは、イチゴジャムを除いたすべてが、子ネコーのお腹の中に納まった。
「ふわあ。ごちしょーしゃまぁあ~。おいしきゃっちゃぁ。しらわしぇ~」
コトリとフォークを置いて、ポムと両手を合わせてお食事終了のご挨拶。
にゃんごろーは、幸せそうなお顔でポンポコリンのお腹を撫でまわしている。
初めての『おかわり』を、あんなに楽しみにしていたというのに。
楽しみにしていた『おかわり』のことは――。
パンパンのお腹が、何処かへ弾き飛ばしてしまったようだった。