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第22話 闇底の魔女

 お山の麓の真っ暗な洞窟の奥には、魔女が住んでいた。

 薄紫色の長い髪の毛の、エンジ色のジャージを着た魔女が、住んでいた。




 てっきり、洞窟の外に追い出されるものだと思いこんでいた。

 だって。ルナがノック乱打なんてしてくれちゃったからさ。

 なのに、魔女は。

 なぜか、あたしたちをお茶に招待してくれた。

 で、招待されてみることにした。

 ていうか。お受けしようかお断りしようか迷うよりも前に、ルナが二つ返事でお招きに預かっちゃって魔女のアジトに入って行っちゃったからさ。まさか、ルナを置いて行くわけにはいかないし。えーと、あれだよ。選択の余地がなかったってやつ?


 そんなこんなで、お邪魔することになった魔女のアジトは。

 いろんな意味で意外なことに、普通にお部屋だった。

 普通って言うか、超可愛い女の子のお部屋だった!

 ジャージで魔女なのに、意外過ぎる。


 さてさて。そのジャージ魔女のお部屋がどんなかって言うと。

 まず。壁紙は、アイボリー。

 で、白くて丸いテーブルと、おそろの椅子が四つ。両方とも、足が可愛くカーブを描いている。

 木の模様を生かした戸棚の中には、青い小花模様のティーセット。

 んーと、基本的にカーブのラインがキュンと可愛い家具が多い。で、パッチワークのクロスとかかけてあったりして。

 天蓋付きのベッド…………は、残念ながらなかった。

 ああ、でも……。

 いいな。

 あたしも、ここに住みたい。

 せめて、お泊りとか。

 何これ。魔女もジャージも似合わないよ?

 魔女的要素といえば、照明的なものが何もないのに、お部屋の中がちゃんと明るいことくらい? んー、でも、これどっちかって言うと、魔女っていうよりは宇宙人の科学っぽいような気もするな。なんか、魔女って薄暗いところにいそうなイメージだし。


「まあ、座りたまえ」


 ジャージ姿の魔女に促されて、キョロキョロしつつお洒落なカフェとかにありそうな椅子に座る。

 んーと、席順は。魔女さん、あたし、ルナ、紅桃べにももの順で時計回り、かな。

 で、全員が着席したところで、魔女が魔女力を全開にしてきた。


「それじゃあ、お茶にしようか」


 魔女がそう言い終わった途端に、何もなかったテーブルの上に、お茶会セットが突然、現れたのだ。

 戸棚の中にあった、青い小花柄のティーセット。あれが、なんか、もう四人全員の前にお茶が注がれた状態で、現れて。テーブルの真ん中には、クッキー各種が載った銀のお皿。プレーンとチョコの渦巻きの奴と、アーモンドがのった厚焼きクッキー、丸くて間に赤いジャムが挟まっているのもある。

 あ、ああ。

 まさか、真っ暗な洞窟の奥で、ジャージの魔女に、こんな素敵なお茶会に招いてもらえるとは……。

 あたしの女の子欲が、一気に満たされた気がする。

 いつか、日本昔話風なあたしたちのアジトも、こんな風に改造したい。

 そして、紅茶とクッキーでお茶したい。

 …………ほうじ茶とお煎餅のセットも好きだけどね。


「さあ、どうぞ」

「い、いただきます」


 魔女に促されて、あたしは目の前のカップに手を伸ばした。

 ふわ。なんか、草原っぽい香りがする。青臭いというか、清々しいというか。うちで飲んだことのあるティーバックの紅茶とは全然違う香り。

 お味の方はと言うと。

 ん。んん?

 うん。草原っぽいお味。爽やか? 全然、渋くない。うん。おいしい、かも?

 いつも、家で飲むときはお砂糖入れていたんだけど、これは入れなくても大丈夫な感じ。クッキーもあるし。

 これが、お高い(多分)紅茶の実力!?

 クッキーもおいしい。たまに家で出てきた貰い物の高そうな缶に入ったクッキーよりもずっとおいしい。

 感動のあまり、涙でしょっぱくなっちゃいそうなくらい、おいしい。


「さて。喉も潤ったところで、そろそろ本題に移ろうか」


 ほえ?

 魔女の声が静かに響いて、あたしは顔を右に向ける。

 い、いかん。

 会話を楽しむ余裕もなく、お茶とクッキーに夢中になっていた。お茶会って、会話を楽しむものでもあるよね。

 がっつき過ぎちゃった。は、恥ずかしい。

 椅子の上で居住まいを正しながら、気を落ち着けるために、紅茶を一口。

 飲み終わって、おかわりが欲しいなーって思っていると、いつの間にか新しい紅茶が注がれているんだよねー。


「君たちに、頼みたいことがある。何、そんなに難しいことじゃない」


 魔女が、目を細めながら静かに笑うと、テーブルの上にガラスの小瓶が現れた。

 手の平に乗りそうなサイズの、キャンディーとかが入っていそうな小瓶。

 小瓶の中には、水晶玉のカケラみたいなものが、いっぱい入っていた。

 色がついているカケラもある。


「私は基本的に、ここに閉じこもりきりなのでね。もしも、これと同じようなカケラを見つけたら、私の元へ持ってきてもらいたい。もちろん、お礼はしよう」

「…………それ、は、何なんだ? 何のカケラなんだ?」


 口の端にクッキーのかすを付けたまま、紅桃が尋ねた。

 魔女は、誰とも目を合わさず、カケラの入った小瓶をそっと見つめている。


「これは、ただのカケラだ。誰かの、何かの、カケラだよ。なりそこないの世界のカケラ、でもある」


 口の端に緩い笑みを刻んだまま、魔女は答えた。視線は、小瓶――というか、小瓶の中のカケラに注がれたままだ。

 湖に沈んだ人形のように静かで落ち着いた佇まい。

 あたしは、魔女から目を逸らすことが出来ない。不思議な、吸引力。

 あたしまで、湖の底に引きずり込まれそう。


 もしかして、もう、ここは湖の中なんじゃ……?


 なんて思いかけていたら、ゴクゴクぷはーっていう、緊張感のない音に現実……の闇底へと引き戻される。


「このミルク、おいしー! ヨルサクハナの作るヤツよりも、おいしー!!」


 ギギギ、と首を反対に向けると、ルナがご満悦な顔で、ミルクが並々注がれたコップを両手で握りしめている。

 きっと、一回飲み干した後に、自動的におかわりが注がれたんだな。

 ていうか、いつの間にミルク?

 いや、それよりも、滅茶苦茶マズいセリフが聞こえて気がするよ?

 それ。アジトに帰っても、絶対に夜咲花本人には言わないでよね。


「ルナ、それ見たことある! たまに、落ちてる。ヨルサクハナは、いらないって言ったから、集めてなかった。でも、今度から集める。だから、またこのミルク飲みたい。飲ませて! お礼に!」


 ああ! なんか、一部で勝手に、契約が結ばれちゃってるよ!

 あー、でも。あたしも、あたしも!

 またお茶会が出来るなら、集めてきてもいいかなーって。

 紅桃は、どうなのかなー?

 正面に座っている紅桃を窺い見ると、諦めたような顔でルナを見ているので、無事に巻き込まれてくれそう。よかった。あたし一人じゃ、この洞窟にもう一度来れるか、分からないし。ルナは、微妙に当てにならなそうだし。ルナって、基本は一人で勝手に動き回るタイプだからなー。


「ふむ。では、契約成立だね。お茶もミルクも、いつでもご馳走しよう。カケラのお礼は、それとは別に差し上げよう。だから、よろしく頼むよ。魔法少女の諸君」

「はーい!」

「はい!」

「………………おう」


 元気に返事をするあたしとルナ。それから、いかにも不承不承な感じの紅桃。

 頼むよー、紅桃―。

 心の中で手を合わせていると、ルナが「はい」と元気いっぱいに手を上げた。


「あと! マジョに聞きたい! このミルクとかお菓子、おいしいけど、どうやって作ったの? これ、マソが入ってないよね? ヨルサクハナの作ったのと、なんか違う!」


 ん?

 そう、なの?


「あー、言われてみれば。夜咲花よるさくはなの作ったものとか、闇底で採れる実とかは、食べると体の中から力が湧いてくるような感覚がするけど、これは、全然そういうの感じないな」


 あ。確かに、そうかも。

 あたしの場合は、力が湧いてくるっていうよりは、体中に力が沁み渡っていくーって感じだけど。なんか、こう、エネルギーをもらっているって、すごく感じる。

 焼き肉を食べて、満たされたー!

 ていうのとは、また違うんだよね。

 今、食べたものが、胃とか腸とか関係なしに、直接体中に染み渡って広がっていく感じって言うのかな。

 そっか。あれは、魔素を吸収していた、ってことなんだ。

 魔法少女は、栄養じゃなくて魔素で生きているって、こういうことなんだ。

 しみじみ実感していると、魔女は。


 魔女は、何気なく特大の爆弾を落としてきた。


「それは、そうだ。これらはみな、地上から取り寄せたものだからね」


 え?

 魔女さん、今、何て言いました?


 地上?

 地上って、あの地上のこと?

 この“闇底”で言うところの“地上”。

 それは、つまり。

 あたしたちが、元いた世界のこと……?


 お取り寄せって、それは、もしかして。

 地上と闇底を、行ったり来たり出来るってこと?


 あたし。

 あたしたち。

 地上に戻れるかも、知れない、の……?


 ………………………………。


 ちょ、そこのところ、もっと詳しく!


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