「わらわは闇を
「神の眷属たる
それは普段の禍津姫の声ではなかった。遥か地の奥底から湧いてくるような重々しい声で、春馬と小夜の心臓を
「二度は言わぬぞ。遠からん者は音に聞け!!」
禍津姫が言い終わると同時に半透明の蛇が無数に現れ、店内の床や天井を勢いよく
「う、うわっ!!」
「キャー!!」
「へ、蛇だ!!」
店内のあちらこちらから悲鳴が上がり、消えていた店内の明かりが灯る。冷蔵庫や換気扇も稼働を再開した。
「フム。ようやっと姿を現したか……」
禍津姫は納得するとストンと床に着地する。声も普段のものへと戻り、赤い瞳も柔らかな眼差しへと戻っていた。
× × ×
「「え??」」
春馬と小夜は明るくなった店内を見渡して目を見張った。店内には7~8名の従業員らしき男女が立っている。二人が戸惑っていると禍津姫は得意げに説明を始めた。
「
禍津姫は一歩前へ出ると従業員たちに向かって
「
凛とした声が店内に響くと中年の男が進み出た。男は小太りで、ジーンズにピチピチのTシャツを着ている。地元プロ野球チームの帽子をかぶっていた。他の従業員たちも恐怖で引きつった顔を見合わせながら禍津姫の前へ集まってくる。
「や、や、八頭大蛇さま。は、は、はじめ、じめ、初めまして。きゅ、九兵衛にございます」
九兵衛は帽子を取って薄くなった頭を
「このわらわを前にして隠れるとはよい度胸じゃ」
「うへぇ!! け、けっしてそのようなつもりは……」
九兵衛が言葉を失っていると、恰幅のよい中年の女がドンッと背中を叩いた。
「だから、あたしゃ『隠れてないで挨拶しよう』って言ったんだよ!!」
「あん!? ブレーカーを落としたのはお前だろ!! 今さら、なに言ってんだ!!」
「アンタが落とせって言ったからじゃないのさ!!」
「なんだと!? もうちょっとゆっくりブレーカーを落とせばよかっただろ!!」
「ゆっくりブレーカーを落とす!? ふん!! どうやんのさ!? アンタ、やってみなさいよ!!」
急に
「け、喧嘩なら、あとでやってくれぬか……」
禍津姫が呆れ気味に呟くと九兵衛と女はハッと我に返る。女は慌てて禍津姫の
前にひれ伏した。
「八頭大蛇さま申し遅れました。わたしは
「「「ハハー!!」」」
九兵衛や従業員たちも千に
「う、ウム……」
禍津姫は思わぬ事態に困惑し、困り顔で春馬と小夜を見る。しかし、春馬もどうしたらよいかわからず、小夜も肩を
「ま、まずは
「頼みごと……で、ございますか? 八頭大蛇様が?」
顔を上げた九兵衛は不思議そうに首を
「わらわが頼むのではない。頼みごとがあるのは、わらわの……」
禍津姫は切なげに眉を顰めながら春馬を見た。
「伴侶の方じゃ」
「「八頭大蛇さまの伴侶ぉー!!??」」
九兵衛と千は目を丸くして春馬へ顔を向ける。春馬は慌てて首を振り、焦りながら答えた。
「は、伴侶かどうかは別として……九兵衛さんに頼みごとがあるのは僕なんです」
「そうでございましたか。この
九兵衛は春馬を仰ぎ見ながら答えた。すると、禍津姫が満足そうに微笑んだ。
「九兵衛、堅苦しい会話は苦手じゃ。ゆるりと話すことはできぬのか?」
「こ、これは失礼いたしました。みなさまどうぞこちらへ……」
九兵衛は立ち上がると春馬たちを店の奥にある応接室へ案内した。みんながテーブルを囲んで席につくと、すぐに千がお茶を運んでくる。春馬と小夜はお礼を言ったあと、あらためて自己紹介を始めた。
「僕は新しく
「
二人が頭を下げると九兵衛と千はそろってテーブルに手をついた。
「「ご丁寧にありがとうございます。
「それにしても。なぜ隠れたのじゃ?」
禍津姫は尋ねながらお茶を口へ運ぶ。九兵衛と千は困り顔を見合わせていたが、やがて九兵衛が申し訳なさそうに話し始めた。
「近ごろの鈴宝院家さまは『七人ミサキ』や『
「なるほどのぅ。今度は自分たちが『狩られる』と思ったわけじゃな。それにしても、手当たり次第に幽霊や神を狩って回るとは……どちらが野蛮かわからぬな?」
そう言って禍津姫は隣に座る小夜を見る。小夜の表情が少しムッとしたものに変わった。
「わたしたちは理由なく狩ったりしない。それに、
「「い、いきなり襲う……」」
九兵衛と千はゴクリと喉を鳴らした。二人は
「小夜、わけもなく脅かすでない。怯えておるではないか」
「そんなつもりじゃ……ごめんなさい……」
小夜が素直に謝ると禍津姫は続けた。
「さて、
「う、うん……」
禍津姫に
「あの、僕は
「「喰魂師を!?」」
九兵衛と千は喰魂師という名前を聞いて驚いている。春馬は喰魂師を探す理由を詳しく話した。聞き終えると九兵衛は薄くなった頭をポリポリと掻いた。
「なるほど。それは、確かに喰魂師の仕業で間違いなさそうです。夏実さまのご無念、いかばかりでございましょう。ですが……」
九兵衛は真顔になって春馬を見つめた。
「喰魂師の噂は聞いたことがございません。この
「確かにね。それなら臣さまも気づいているはず……」
小夜も頷いている。春馬は肩を落とした。
「そうなんですか……」
「いや、上手く隠れているやもしれぬぞ……」
お茶を飲んでいた禍津姫がポツリと呟いた。
「人や
「「な、なるほど……」」
九兵衛と千が
「九兵衛、そなたらの
「眷属でございますか? 近隣の氏族を含めますと、500~600といったところでございましょうか……」
「さようか。ならば、その者たちも動員して喰魂師を探し出すのじゃ」
「そ、それは……」
「俗世で語られる
「それは、そうかもしれませんが……一族総出となりますと……」
禍津姫の言う獲物とは夏実のことだろう。黙って聞いていた春馬は俯き、両手の拳をギュッと握りしめる。その様子を見ていた禍津姫はそっと春馬の拳に手をそえた。そしてそのまま、九兵衛夫妻へ鋭い視線を向ける。
「我が伴侶の
禍津姫は突き放すように淡々と告げる。九兵衛と千は驚いて目を丸くした。
「「わ、わたくしどもを敵と申しますか!?」」
「さよう。夏実は我が
禍津姫の瞳孔がだんだんと細くなり、瞳も赤い攻撃色に変化している。
「お前たちの命も尽きると心せよ」
「「!!??」」
「|喰魂師を見つけ出した方がそなたらのためになると思うが、どうじゃ?」
「「か、畏まりました!! 必ず喰魂師を見つけ出してご覧に入れます!!」」
九兵衛と千は顔色を真っ青にしてブルブルと震えながら平伏した。