放課後。
一日の授業を終え、剣崎大地は今日もジョイポットに向かおうと帰り支度を進めていた。
「ほなねー」
美咲の声がしたのでそちらを見ると、彼女は忙しなく教室を出て行っていた。アルバイトの日でもあそこまで急いで帰ることはないので珍しいなあと思っていたが、そういえば昼に「今日はお姉ちゃんとお買い物に行くんよ」と嬉しそうに言っていた気がする。
「兄弟か」
兄か、あるいは弟でもいればゲームの練習相手になるのかな、なんてことを考える。大地は一人っ子なので昔から兄弟がいる人を羨ましいと思っていた。オンラインが発達した今となってはゲーム相手には困らないが、それでもやっぱり羨ましいとは思う。
ゲームが上手ければ妹でも姉でも構わないのだけれど、とないものをねだりながら帰り支度を終えたカバンを持って教室を出る。
クラスの友達は部活動に入っている。なので帰宅も基本的に一人だ。バスケや野球、吹奏楽や漫研。いろんな部活に所属している奴がいる。それぞれ目標は違うが、それでもそれに向かって毎日頑張っている。
ゲーム部でもあれば入部を考えるが、今の大地には部活動に入っている暇はない。何ならば学外ではあるが、ジョイポットに通いゲームをすることが部活動みたいなものなのだ。大地にとって一週間後に迫ったヒロスタの大会はまさしく甲子園やインターハイのようなもの。
「ん?」
校門のところに知った顔を見つけた。
長い黒髪、じめじめした瞳、ミニサイズな体とぺったんこな胸、黒いセーラー服を着たその少女は本来ここにいるはずがないのだが。
「何してんだ?」
校門から校内をちらちら覗いては顔を引っ込めてを繰り返していた四条琴葉に声をかけると彼女はびくりと体を揺らす。
「け、剣崎さん。こんなところでどうしたんですか?」
「俺の学校ここなんだけど」
テンパったあまりワケの分からないことを口にしていた。
「そうでした」
琴葉がここにいるということは、わざわざ電車に乗って来たということだ。そこまでして来たのだから、もちろん何か用事があるのだろうけれど。
「それで? 何してんだ?」
「あの、美咲さんは?」
おずおずといった調子で訊いてくる。
よくよく考えてみれば琴葉がこの学校で知っている人間なんて自分を除けば美咲だけだろう。
「美咲はホームルーム終わって早々に帰っていったぞ。なんか約束してたのか?」
しかし美咲は姉と買い物に行くと言っていたような気がするが。
噛み合わない展開に大地ははてと眉をしかめる。
「いえ、そういうわけではないんですけど……そうですか、もう帰ってしまいましたか」
きっと琴葉はここでずっと待っていただろうから、彼女がここに到着するより先に美咲は出て行ってしまったのだろう。だとしても駅から学校までの道のりで遭遇しそうなものだが、どうも上手くいかなかったらしい。
「用事でもあったのか?」
「用事というか何というか……」
むむむ、と難しいことを考えるような顔を数秒浮かべた琴葉は、ぴくりとも動かない無表情のまま大地の方を向く。
「剣崎さんはこの後予定あるんですか?」
「まあ、いつもどおりジョイポットに向かうつもりだったけど」
「つまり暇ということですね」
「そういう言われ方をすると否定したくなるが。別に暇だからゲーセン行ってるわけじゃないしな。俺の場合、ゲーセンに行ってヒロスタの練習をするのはもはや予定なまである」
「そうですか……じゃあ仕方ないですね」
琴葉がしゅんと落ち込んだ顔をするので、大地はなぜだか自分が悪いことをしたような気分に襲われる。別にそういうつもりは全くなかったのだが。
「何だよ? なにかあるなら言ってみろよ」
何故か話さない琴葉に説明の催促をすると、彼女は意を決したようにカバンから何やらチケットのような紙切れを取り出した。
「これ。駅前のパンケーキのお店のサービス券なんですけど、期限が今日までだっていう理由でママからもらったんです」
「ああ、そういやそんな店あったな」
最近、というほど最近ではないけど比較的新しくできたお店で放課後は学校帰りの学生で賑わっているところを見かける。もちろん、そのほとんどの客は女性であり、大地は入ったことはない。
「それで、美咲さんと行こうと思ったんです」
「ああ、でも美咲は帰ってしまったと」
「ええ」
「わざわざ来なくても学校の友達とか誘えばよかったんじゃねえの?」
「わたし、学校に友達いないので」
ぴしゃりと言い切られた。
「なんかすまん」
悪いことをしてしまったなと思い大地は謝罪をしたのだが、
「別に謝ることではないと思いますけど」
琴葉はあまり気にしていないようだ。別に友達がいないことをそこまで問題視していないように見える。確かに、彼女の言動や思考はあまり人と群れるようなタイプには見えないが。
「今朝もらったんですけど、わたしは携帯もないので連絡は取れないし、でも美咲さんくらいしか一緒に行ってくれる人が思いつかなくて」
「一人で行くのは?」
「一人でパンケーキ屋さんに行くなんて恥ずかしいじゃないですか」
「さいですか」
友達はいなくても問題ないが、一人で何か行動することには躊躇いがあるらしい。そうなると行動に大きく制限がかかるような気もするが、そこら辺はどう考えているのだろうか。
思い返すと、以前クレーンゲームで遊んだときも一人でクレーンゲームは恥ずかしいみたいなことを言っていた。それを思い出した大地は彼女の言葉に納得したのだった。
「だから、しかたないですけど剣崎さんで我慢しようと思ったんですけど」
「人にものを頼む発言じゃないんだよなあ」
とはいえ。
こうも目の前で落ち込まれると放っておくこともできない。
一人で食べに行くことはできないが、パンケーキは食べたいらしい。こういう事態を想定して友達の一人くらい作っておけばいいものの、とは言うが今更何を思っても遅いので言いはしなかった。
「まあ、時間はあるし練習前の腹ごしらえってことで付き合ってやるよ」
「ほんとですか?」
ぱあっと顔を明るくする琴葉。
こういうところは素直に可愛いと思う。それが異性としてかと言われると微妙なところだが。
どちらかというと、それこそ妹のように思っているところがあるのかもしれない。だから、落ち込まれたりすると落ち着かないのだ。
「ああ」
そういうわけで、大地は琴葉に連れられパンケーキの店へと向かうことになった。