『偽憶』の別バージョンです。
※注意
今話だけは、『星屑彼方の君とあの夏の旅』第二部第一章"天駆ける猫と託された稚姫"を読了後にお読みください。※ネタバレあり
「ねえ、あんた?
本当にあの濁流の川に行くつもりなのかい?」
「ああ。
心配するな、
私が絶対にあんたの娘を助けだしてみせる!
罪もない少女を生け贄にして見殺しにするなんて私は許せないんだ!」
儀式が終わった後も台風による大荒れの天候は治まる気配はない。
竹を割ったような性格の蓮姫が、
華の片親の母や他の村人達の説得に意見を変えるはずはなく、
水龍が住む大荒れの川へ一人真っ直ぐ向かって行った。
「おい!
聞こえるか!」
「………」
しかし返事は無かった。
蓮姫には、ただ台風のザーザービュービューと吹き荒れる強い雨と風の音と、天井から地面に無理やり押し付けられるような雨の重さしか感じられない。
「華を返せ!」
「…………」
「黙ってないで姿を現しやがれ!」
「…………」
しかし、蓮姫が何度呼び掛けても、水龍からの返事は無かった。
蓮姫は仕方なく、
服を脱ぎ捨てると、息を止め氾濫する川に潜った。
「汚い川だ。周りが見えん」
川は土で黄色く濁っていて、全く周りが見えなかった。
蓮姫にとって唯一の救いは、水中の中は外の
嵐の影響がほとんど感じられないことだった。
蓮姫は見えない視界の中で、両手両足で辺りをまさぐりながら辺りを散策して回った。
蓮姫が一度息継ぎをするために一度水面から顔を出そうと思った矢先……。
(なんだ……?
この感触は……?)
蓮姫の左足に何かが触れた。
それは、はっきり目で確認しなくても
はっきり理解できる、
人間の手の指先が触れた感触だった。
(下に、だ、誰かいるのか……?)
蓮姫は顔をその指先の方に向け、両手で触り確認した。
その手は、簡単に拾う事が出来た。
蓮姫はその手を持って水面から顔をだした。
水面の外は台風の雨で、視界のほとんどは
遮られていたが、
それでも蓮姫はすぐに理解することができた。
その広いあげた細い片腕は肘のところで何者かに噛みきられていた。
そして、噛みきられた場所から流れ出る血から
まだ新しいこともわかった。
蓮姫は手相占い師でも無かったし、
その手に指輪などがあった訳では無かったが、
はっきりとこの手首が華のものだと言うことが理解できた。
「この野郎!!!」
蓮姫は荒れ狂う台風の空に向かってそう叫ぶと、もう一度水面に潜り、底の胴体を探った。
しかし、いくら探しても胴体らしきものは見つからない。
蓮姫がそうやって川の底に注意を向けて探していると、
突然、上を向いた蓮姫の足に何かが触れた感じがした。
(誰だ!
貴様が水龍か!!)
蓮姫が足の方に向きなおそうとした矢先……。
「痛い痛い痛い痛い痛い、
痛い痛い痛い痛い痛い、
痛い痛い痛い痛い痛い、
う、苦し、く、く、
ゴホ、ゴホ、ホ、ホ……」
突然、蓮姫の身体中に激しい電気が流れ、
身体中が痙攣した。
蓮姫は身体中の激しい痛みもさながら、
呼吸が麻痺し、息が出来なかった。
そして更にその肺の中にどんどん川の水が入ってくる。
(私は……死ぬんだな)
蓮姫ははっきりと死を覚悟した。
◇……?◇
◇……え?◇
(誰か私を呼んでるのか?)
◇ねえ? あなた?◇
「はっ!!」
蓮姫はすぐに起き上がった。
「あなた、やっと目が覚めたのね。
まあ、無理は無いわ。
あなた、三日間、ずっとうなされていたんだから……」
「私が、うなされていた?」
「そうよ。
覚えてないかしら?」
「覚えて……ない。
ところで、私は助かったんだな。
あんたが私を助けてくれたのか?」
「そうよ。
あなたがあんな台風の川で溺れていたから。
どうしてあなたはあんなところにいたの?」
「私は生け贄にされた娘を助けに行っていたんだ」
「華って女の子のことよね?」
「そうだ!
どうして知ってる!」
「それは教えられないわ。
でもね、残念だけど、その華って女の子は
電気大肉食ナマズに食べられて死んでしまったわ」
「華が亡くなった……。
そう……か」
「あの娘の死がショックだったのね。
伝え方考えなくてごめんなさい」
「いい、あんたは私の命を救ってくれただけでじゅうぶん感謝している。
ところで、水龍じゃなかったんだな」
「そうね……。
じゃあ、私先を急いでるからそろそろ行くわ。
その半球のテント、あなたにあげるわ。
テントの真ん中に指輪があるでしょ?」
「ああ」
「その指輪についてるツマミを回すとテントの半球のサイズを自由に変えられるから。
外からはテントも中の様子も見えないけど、
中からは白い壁の半球のテントに見えるわ。
じゃあね!」
「ちょっと待て!」
「何?」
「どうしてあんたは私にそんなに親切にしてくれるんだ?」
「それも言えないわ。
ごめんなさい」
「そうか……。
じゃあせめて、
あんたの名前を教えてくれ!」
「名前ね……、
まあ、それならいいわ。
私の名前はネイピア」
「ネイピア……」
※ 一劫年の蓮姫 第45話『偽憶』のα世界線でのお話です。
『星屑彼方の君とあの夏の旅』
第二部第一章 天駆ける猫と託された稚姫
あったかもしれないもう一つの世界線──
蓮姫が※アラーヤ識の中で偶然立ち会った物語です。
起 使命を背負う少女
果てしなく続く宇宙の中で、フェルマは立ち尽くしていた。銀河の輝きが彼女の足元に広がり、無数の星々が呼吸をするかのように瞬いている。しかし、彼女の心にはただひとつの使命が刻まれていた。
「華を救わなければならない…」
上司アスーの言葉が脳裏に響く。
「未来は、華の子孫の運命にかかっている。彼女がいなければ、キーパーソンのひかるも真智も、そしてこの宇宙も…消えてしまう」
フェルマは静かに目を閉じると、5次元の力を発動し、過去へと飛び立った。
承 運命との対峙
燃え上がる集落の中を、華の両親はまだ幼い娘を抱いて必死に逃げていた。敵軍の襲撃は容赦なく、炎がすべてを飲み込んでいく。
「華は……大丈夫か!?」
父が妻に訊ねる。しかし、返事はない。母は自分の胸の中で眠る赤子の身を案じながらも必死に前を走る。生きなければ。何があっても。
その瞬間、炎の向こうから一匹のオオヤマネコ――ナシミが姿を現した。瞳は静かに輝き、彼らを見つめている。
「こっちへ…」
ナシミが小さく囁いた。二人は、導かれるように彼の後を追った。フェルマはナシミの姿を借り、彼らを安全な場所へと逃がそうとしていた。
しかし、次の瞬間、彼女は過去の失敗を思い出す。
両親を救えば、華の運命は変わらないままなのだ。
「どうすれば…」
フェルマは拳を握りしめた。
転 秘密の誓い
華が齢10の頃、
まるで嵐の前のような静かな夜。華の両親は、家の一室に座り込んでいた。
父はまるでこの先の悲しい未来を気配で勘づいているかのように目を閉じている。
その時、微かな光が部屋を満たした。
「……フェルマです。」
声と共に現れた少女は、時間と空間を超えてここへ来た存在だった。
フェルマは華の両親と既に何回か出会っていたが、この時の彼らはそれを知らない。
両親は驚愕し、身をすくめた。
彼女の姿は、人ではない何かを纏っているような不思議な雰囲気を持っていた。
「お、お前は……誰だ?」
父が震えながら問いかける。
フェルマはゆっくりと視線を合わせ、静かに口を開いた。
「私は、未来から来ました。」
一瞬、沈黙が広がる。母が恐る恐る尋ねた。
「未来……?」
「そうです。私は5次元の存在。
時空を超え、過去に介入することができます。」
フェルマは真剣な眼差しで両親を見つめた。
「落ち着いて聞いてください。」
フェルマは静かに口を開いた。
「あなたたちの娘・華は明日、昔あなたが敵対していた部族の刺客に襲われ命を落とします。
私は彼女を救うためにここへ来ました。」
父と母は顔を見合わせた。
戸惑いと困惑の色が濃く浮かぶが、フェルマの瞳に宿る強い意志を感じ取る。
父が低く呟く。
「信用しろというのか…?」
母は震える声で問いかけた。
「証拠はあるの?」
フェルマは一歩前に進み、手のひらをゆっくりと広げる。
そこには、時空を超えた証が光を帯びて浮かび上がっていた。
「これが証拠です。」
父と母は眉をひそめる。
そんなものを見せられても、本当に信じられるのか。
しかし、フェルマは静かに続けた。
「あなたが今、懐に隠し持っているもの――それは、手彫りの木のお守りですね。」
父は息をのんだ。
確かに、自分しか知らないはずのものだ。
「そしてあなたは、三日前、家の裏で誰にも言わず涙を流しましたね。理由は――過去に恨みを買った周辺部族に命を狙われていて、
一家がこの村で安全に暮らしていける未来はないと悟ったから。」
父は驚きのあまり声を失う。
それは妻にさえ話していない、父自身が心の奥にしまい込んだ恐れだった。
フェルマはさらに言葉を続けた。
「明日の朝、あなたの家の前で白い羽の鳥が鳴きます。その声を聞いたとき、私はここに再び現れます。――その時までに、私の言葉を信じる準備をしてください。」
沈黙が広がる中、父と母は互いを見つめる。
フェルマの言葉には、疑いようのない真実があった。
「……わかった、信じよう。」
「……そうね。」
翌朝。
「それで……、本当に華を……救ってくれるの?」
母の声はかすれていた。
「ええ。しかし、あなた方を救うことは叶いませんでした」
フェルマは唇を噛みしめた。
「私の力をもってしても、運命の法則を完全に覆すことはできませんでした。
華か、あなたたちか……どちらか一方しか救えないんです」
父が歯を食いしばる。
「そんな……!」
母の目から涙がこぼれる。
「私たちは……華を失う運命だったの?」
フェルマはゆっくりと頷いた。
「しかし、未来は変えられます。
私は華を守ります。」
母は顔を覆った。父は拳を握りしめる。そして、次の瞬間、二人は顔を上げ、フェルマに懇願した。
「お願いだ……どうか、華を救ってくれ」
「私のことはいい。あの子だけは……生きていてほしい。
あなたはどう?」
「当然だ……」
フェルマは静かに彼らの言葉を聞き、深く息を吸った。
「約束します。私は華を救います」
母が涙を拭いながらフェルマの手を握る。
「お願い……このことは華には話さないで。
この子が知ったら、きっと自分を責めてしまうから……」
フェルマは微笑んだ。
「約束します。華には決して話しません」
その夜、フェルマはそっと姿を消し、目的の場所へと向かった。
華を救い、運命の歯車を回すために。
結 ベータ world line 華の未来を守るために
フェルマは再び姿を変え、姉のように華の傍に寄り添った。
彼女の使命は変わらない。
華を救い、未来をつなぐこと。運命のいたずらに翻弄されながらも、フェルマは戦い続ける。
「どうか、華の笑顔とこの未来を守れますように。」
夜空に浮かぶ星々は、フェルマの願いを聞いているかのように輝いていた。