次の日、セレンちゃんは学校に来なかった。
それを気に止める生徒もいなかった。
ただ、それが数日続いた。
「あいつ、不登校かよ」
「逃げたんだ。ウケる」
それでもみんなは嘲笑していた。
朝のホームルームで先生が重い顔をしながら話し始めた。
「えぇ、今日はみなさんに残念なお知らせがあります。ここ数日学校をお休みしていたセレン・ミファイルさんですが……彼女は不幸にも亡くなってしまいました。みな、旅立つ彼女に祈りを込めて送り出しましょう」
その言葉を聴いたみんなは、ひどく動揺していた。自らの行動が1人の人間を死に追いやったこと、その罪深さを知ったのだろう。
それが反省に繋がればよかったのだが……彼女たちにとって今最も欲しかったのは、その、罪自体が自分のものでなかったと責任転嫁する対象だった。
もちろんそれに選ばれたのは、私だった。
「かわいそう、セレンちゃん。仲良しなムーニィといつも遊んでいたのに……」
「ムーニィ!お前のせいだ。セレンと1番関わっていたのにどうしてあいつを助けてやらなかった?」
「無視なんてしてなかったよ。あっちが話してこなかっただけ。それなのにムーニィったら、私たちが彼女を追い詰めたと言うの?」
手のひらを返したようにセレンちゃんの擁護を始める。遅すぎる擁護を。
「みんな……勝手です……誰のせいとか、誰が悪いとか……そういうことじゃないでしょう……。どうして誰もセレンちゃんのこと、わかってあげないんですか……」
私はひとり、ただひとり帰り道を歩いた。
「あなた、ムーニィちゃん?」
帰り道でおばさんに声をかけられた。
「はい……どうして私が?」
「うちの娘が仲良くしてた友だちがいるって聞いてね。カバンに着けてるそれ、うさぎのしっぽがかわいいって言ってたから……あなたじゃないかなって思って」
「……もしかして……」
「はい。セレンの母です」
疲れた顔で彼女は笑ってみせる。
「……すみませんでした」
「……何を謝るのよ。あなたが何かしたわけじゃないでしょう?むしろ、あの子が最近誰かの話を私にしてくることなんてなかったから……だから、嬉しかったのよ、私……」
「でもセレンちゃん……そんなに私のこと……」
「あの子、すごく遠慮がちだったでしょう?少し前までは敬語を使うような子じゃなかったのよ。元気で活発で、いつも外で遊んでた」
……ほんの少し前までの私みたいだ。
「でもね、あの子は変わってしまった。同級生の子に虐げられて、敬語を話すように強要されて……いつの間にか卑屈になっていた……。私も、もっとはやくそれに気づいてあげていればよかった……転校をさせてあげられた時には、もうあの子は心を閉ざしていたわ……」
おばさんは涙を流した。
「だからね、あなたはあの子にとって希望だったに違いないの」
「だったら私……私が……あの子の希望を……奪っちゃったかもしれないです……」
数日前のやり取りが思い浮かぶ。
「いいえ、例えそうだとしても、それはあなたのせいじゃないわ。もし、もしね、あなたがあの子を裏切るようなことをしていたとしたら。そうしたらきっと、あの子はあなたに心を閉ざすだけだったと思うのよ」
「じゃあ……なんでセレンちゃんは……」
「もしかすると、これに書いてあるかもしれない。そう思ってこれをあなたに渡したかったの」
そう言っておばさんは私に1枚の手紙を差し出す。
「これは……?」
「あの子の部屋にあった手紙です。ムーニィちゃんにって書いてあるでしょう?」
「おばさんは……読まなくてもいいの?」
「これは私にじゃなくて、あなたに渡されたものなのよ」
「そうですけど……」
「それに、私はもうその先を知るのは怖いの……。あなたみたいな優しいお友だちがいた。それで十分よ」
「はい……」
「それじゃあね。ムーニィちゃん」
「さようなら……」
遠くなっていく背中はとても寂しげで重苦しかった。
家に帰ってすぐ、セレンちゃんの手紙を開いた。
『ムーニィちゃんへ。きっととても驚いたと思います。でも、こうするしかなかったんです。私が生きている限り、ムーニィちゃんは私から離れられない。それでみんなは私たちを嫌うんです。でも、ただ私があなたから離れるだけではだめなんです。私が死んだらきっと、みんな気づいてくれるはずなんです。自分たちがしていることの愚かさに。そうしたらムーニィちゃんとみんなはきっと仲直りできます!だって、また人を死なせてしまうことになるって反省するでしょうから』
……その策は、残酷な方向に失敗してしまった。セレンちゃんの命を賭した私への置き土産は、腐りきった人間の心には響かなかった……。
『私、あなたに辛く当たっていたかもしれません。周りの人の目に負けていたんです。本当はあなたともっとお話したかった。一緒に遊びたかった。でも、以前までの私ではなくなってしまった私は、あなたには見合いません。でも、こんな私でもきっと役に立てる方法が、これしかなかったんです……』
私だって、もっと一緒に話したかった……遊びたかったよ……セレンちゃん……。
『あなたのことが大好きでした。セレン・ミファイル』
その文を最後に手紙は終わっていた。文字はところどころ濡れたように掠れていた。
セレンちゃんがこうまでして私に繋いでくれた想い、無駄にする訳にはいかない。私は負けない。そう決意した。
「おいムーニィ!」
やはりみんな私に強気に当たってくる。
「なんですか!」
でも今日は、今日からは、私は……!
「はっ?なに?」
「どうして私が悪いんですか?無視したのはあなたたちじゃないですか!」
はっきりと思いを伝える。
「なにこいつ……逆ギレ?」
「あたしら悪くねぇし」
「そうよ、この子が悪い」
「謝れよ」
しかし周りは全く動じない。それどころか余計に怒らせる。
尖った視線を全身に浴びせられ、私は萎縮してしまう。
「ご……ごめんなさい……」
だめ……敵が多すぎる……。
「お前あたしらに逆らったよな?」
「おしおきが必要じゃない?」
「ひっ…!」
この子たちは何もわかっていない……!なんでセレンちゃんがこうなったのか、それと同じことが起きることを誰も危惧していない……!
「もう……やだよ……」
乱れた髪をそのままにしながら帰り道を歩く。ただひとり歩く。
「私は……ひとり……」
一緒に耐える子がいてくれただけでも私は幸せだった。
あれからしばらく経って、セレンちゃんの葬儀も終わった。おばさんからお墓参りに来て欲しいと言われた。私のためを思ってくれたセレンちゃんに、お礼を言いにいかなければならない。
今日は生憎小雨が降っていた。傘を手放せずに墓地を歩くのは周りの墓に気を使ってしまって少し苦手だ。土もぬかるんでいて歩きにくい。
そうしてやっとの思いでセレンちゃんの墓前まで来た。
「セレンちゃん……ありがとう……」
ただ、それしか言えない。私は救われたわけじゃない。あなたを失ってまで幸せを得たいと思ったわけでもない。そしてその結末も、あなたが望んだものじゃなかった。
本当は全部言いたかった。それでも今ここに、あなたは確かにいる気がして、言えなかった。
流した涙は濡れた足許に混ざりこんで何も見えなくなる。私はただこの雨の中に泣いていたかった。私もこの土の中に溶けていきたかった。
墓に刻まれた"Tu fui,ego eris."
きっと私は……。