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戦の前には嫉妬あり7

「ちょいと!そこの旦那がた、聞いてくださいな!」


なんだなんだと集まって来た男達に、月英は、容赦なく声をかけ、自分の話を押し通そうとしている。


皆、ぽかんとしながら、言われるままに、大人しく座って月英を見上げていた。


「この、野人、あたいのことを、姐じゃ、などと、懐いてきやがる!なんて、はた迷惑な話なんだろうねぇ!」


一同は、ざわついた。


賭場荒らしで、手におえない荒くれ者に、懐かれるとは、いったい……。


「ねえさん!そりゃー、あんたに近寄って、どうこうしようとしてんじゃねぇか!!」


客の一人が叫ぶ。


つられて、そうだ、そうだ、危ねぇぞ!と、ヤジがあがり、場は、騒然となった。


「そう、あたいもね、そんなことじゃーないのかと、思いましたよっ!!ですがねぇ、こいつら、見かけ倒しの器の小さいこと!!そんなで、あたいに、手がだせるもんかってねぇー」


なにか、鼻であしらう月英の様子に、周りはさらに、ざわついた。


「あーー、旦那様、はじまっちゃいましたよーー!奥様の独演会!」


「ああ、なんで、黄夫人は、あたい、からはじまるんでしょうねぇ。まったく、いつから、あのような俗な言葉を使うようになったのやら……」


いやいや、そこじゃないだろうよ!と、菜児は、隣で首をかしげる孔明を見る。


賭場に集まる男など、頭の中は空っぽで、単純なやつらばかり。そんな、相手に、まともな話が通じる訳がなく、そして、何がきっかけになって、暴れだすかもわからない。


菜児は、これから、何が起こるかわからないのにと、はらはらした。しかも、それを止める役割の父親までも、月英の話に聞き入っている始末だった。


「あー、もうー、だめだ。旦那様、私たちだけでも、ここは……」


いざという時のために、避難を促す菜児だったが、しっ、と、孔明が、人差し指を口元へ当てた。


「なんだか、話の流れが、おかしいですよ?」


だから、逃げといた方がいいんですよっ!と、菜児は、言いかけたが、確かに、何か、おかしい。


「……この者達は、れっきとした武人。幾多あまたの戦にも参加して来た男達なのに、なんと、主君をとられたと、人の屋敷でタダ飯を食らい、スープの器が小さいと、愚痴る始末!」


はっ?!と、皆、固まり、一瞬間ができる。が、たちまち、笑いの渦に包まれた。


「いやー、なんだそれ」


「ちっちぇー男だなあー」


「いや、女々しいって、やつだろ」


「器、違いときたかっ!!」


皆、口々にあーだこーだ言いながら、関羽と張飛を見た。


痛い所を突かれ、正直参った二人だったが、皆の手前、ここは、平然とすべきとばかりに、


「ははは、たかだか、女の戯れ言に、乗っかって、お前たちは、何を言っているのやら」


関羽が、余裕を見せようとした。その隣で、張飛も、うんうんと、頷いている。


「いや、ちょっと待ってください。おかしいですね。確か、姐さんと慕っていたはず。それを、女呼ばわりは、ないんじゃないんですか?」


いきなりの、とんちんかんな、つっこみに、皆は、言う男を見た。


孔明が、相変わらず、首をひねっている。


「うーん、兄じゃ、なのか、姐じゃなのか、それとも、女なのか、はっきりしない話だなあ」


「旦那様ーー!もう、いいからっ!」


菜児が、孔明の袖を引っ張った。


「さすが!鋭い!そこ、そこなんですよ、皆様!」


勢いづく、月英へ、皆の視線は再び戻った。


「兄と慕う主君が、新参者を可愛がる。それに、嫉妬して、あたいに、姐じゃと、懐いてくるということは、ちょいと!あたいが、野人達の主君になるってことですかっ!!」


おおお!!!と、場が、揺らぐ。


「確かに、どっちつかずだ」


「男か女か、はっきりしろっ!」


「いや、仮にも、主君だろ?裏切りじゃーねーのか?」


「っていうか、新しい奴が、入って来たぐれーで、嫉妬って、なんだよ?!」


「そりゃー、逃げられたらいけねーから、最初は、新しい奴を、ちやほやするもんだろ?」


おお、そうだ、そうだ、てめーらが、いちばん、理屈がわかってねぇーんだよ!


関羽と張飛は、飛んでくる、ヤジにしどろもどろになっていた。


確かに、言われてみれば、その通り、自分達が浅はかすぎた、とは、わかる。が、なにも、この場で、責めなくともいいだろう。それも、単に、姐じゃ、と、呼んだだけで、どうして、こうなると、関羽は、渋い顔をし、張飛は、怒りからか、顔が真っ赤になっている。


「別に、用無しと言われたわけでもないのに、なんで、嫉妬するまで、一人の主君にこだわるんですか?待遇に不満なら、辞めれば良いでしょう」


「くぅーー!!我らのことなど知りもせず、なにが、辞めれば、だっ!!!」


張飛が、怒りのあまり、ブルブルと震えていた。そして、今にも、握る燭台を、投げつけようとしている。


「うわあーー!!出たぞっ!張飛の火付けだ」


皆が一斉に叫んだ。

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