「……貴様、先程から何を言っている? 正気なのか?」
デュラハンは唖然とした様子で聞き返している。
そりゃそうなるわ。
最強スキルを捨てて料理人スキルを選ぶとかって、勇者として本末転倒ですもの。
だけどアスムは真顔で頷いている。
「よく言われるが、俺は至って正気だ。さらに、この二本の出刃包丁こと名刀『G』と『K』は、元々は伝説の金属ことオリハルコンを素材とした聖剣であり、これも料理人として不要と判断し、名のなるドワーフに依頼して出刃包丁に作り変えてもらった至高の逸品だ」
オ、オリハルコン!? 聖剣ですって!?
だからそんだけ切れ味いいんかい!
まさか固有スキルだけじゃ飽き足らず、聖剣まで出刃包丁に作り変えていたなんて……嘘でしょ!?
――全部『モンスター飯』のために!?
やっべぇよ、こいつ! 超やべぇ!
いったいどんだけやらかしてんのよ! てか、もうサイコパスの域じゃない!
「聖剣を出刃包丁にだと!? さ、流石にそれは嘘だな! そうか、勇者よ! それが貴様の策略か!? 突拍子のない変態じみた言動で私を狼狽えさせ、隙を突こうとする腹つもりか!? 危なかったぞ! その手には食わんからな!」
いえデュラハン隊長、その勇者はガチです。
だって目が真剣でギラギラさせているもの。
あれ絶対にモンスター飯のうんちくを延々と語っていた時と同じ目だもん!
「信じる信じないかは、お前の勝手だ。今ならまだ間に合うぞ。このまま退いてくれるのなら、俺は何もしない。見逃してやろう」
「見逃すだと! 舐めおって貴様!」
「舐めてはいない。事実を言っている。お前の動きは全て覚えた――俺に二度、同じ攻撃は通じない」
「ふざけおってぇぇぇ! 貴様とて我が〈
デュラハンは憤慨し両腕で大剣を振るいアスムに斬りつける。
しかしどんなに凄まじい剣撃だろうと当たらなければ意味がない。
アスムは断言どおり完全に見切っており最小限の動きでひょいと回避する。
「デュラハンの騎士よ。お前の固有スキル〈
「ぐぬぬぅ! 認めんぞ、貴様ッ!」
デュラハンは横薙ぎで刃を振るうも、アスムに触れることはない。
猛撃をあっさりと潜り抜け、デュラハンの懐へと侵入を果たす。
「お前の敗因はただ一つだ。初撃で俺を仕留めきれなかったことにある」
アスムは言い切ると、右手に持つ出刃包丁を天井に向けて投擲する。
真上にあたるそこには、頭部の兜が固定されて浮いた状態だった。
「なっ、まさか!?」
デュラハンは意図を悟るがもう遅い――。
グサッと鋭利な刃が額部分を穿ち、根本まで突き刺さる。
「ギャア――」
デュラハンは一瞬だけ悲鳴を上げる。
頭部の兜は万有引力の法則に従い落下して石床に転がっていく。
同時に胴体部分から力が抜け、糸を切られた操り人形のように膝を崩し倒れた。
鎧の隙間から闇の魔力が放出され煙のように消滅している。
そしてデュラハンは完全に動かなくなった。
アスムは頭部の兜に近づき、深々と刺さった出刃包丁を引き抜く。
「狩りをする上で標的の弱点を突くのは当然の戦術だ。既に〈
なるほど、だから懐に入っても胴体への攻撃をせずに頭部のみを狙ったのね。
おそらくデュラハンの胴体は物理的攻撃を無効化にする特性があったんだわ。
本来なら、あえて攻撃をさせて「貴様の攻撃など効かぬわ!」とイキリ散らかしマウントを取るつもりが、アスムにまんまと見抜かれたようね。
にしても調理用の固有スキルをここまで戦闘に活かし最大の武器として昇華させてしまうなんて……。
なんという才能! そして狂人ぶり!
称賛するべきだけど、根底が『モンスター飯』だから複雑な気分よ!
「終わったぞ、ユリ」
二刀の武器を腰元の鞘に収めるアスムに言われ、私は〈
「……むにゃ、もう朝かえ? アスム、妾は腹が減ったぞ」
ラティは眠い目を擦りながら訴えている。
こ、こいつ寝てやがった!
アスムがあれだけカッコよく激戦を繰り広げていたってのに、この魔王は呑気にうたた寝してたわ! しかもお腹空いたって……さっき竜田揚げ食べておかわりまでしてたよね!?
それに、そこに転がっている遺体全てはあんた達の忠実な部下だった近衛隊なんですけど!
「ラティ、流石にもうここで調理はできない。見てのとおり不衛生だ。片付けるだけでも数時間は費やすだろう。それに手持ちの食材は邪神の肉しかないぞ。俺が持つ『種族図鑑』によると、デュラハンと魔族は食すべきではないと書かれているからな」
アスムはしれっと言うと懐から一冊の本を見せている。
モンスター飯にも彼なりのマイルールっぽいのがあるみたいね。
種族に近い亜人系モンスターの食材は倫理的にNGとかかしら?
ところで『種族図鑑』ってなんなの?
んなことよりもよ!
「早いとこ、この城から出ましょう! またもたもたしていると魔王軍の本隊とか来るわよ!」
「ユリの言うとおりだ。食材は撤退した後に狩ればいい。俺がすぐに作ってやる。それでいいな、ラティ?」
「わかったのじゃ」
私とアスムの説得をラティは素直に応じている。
ついさっきまで魔王だったとは思えない従順さ。やはり以前の記憶がないようだ。
こうして本当ならしなくてもよかった戦闘を終え、私達は魔王城から脱出した。
途中、アスムが負った軽傷は私が回復魔法で治癒しているわ。
実体を得たことで女神パワーは使えないけど、
そうしてアスムが潜入したとされる水路を渡り、ようやく外に出た。
直後、どこからか馬の蹄の音が聞かれる。しかも相当な数だ。
「……どうやら魔王軍の本隊が戻ってきたようだ。あのまま留まっていたら、連中とも戦わなければならなかったぞ……」
耳を澄ませてアスムは呟く。
なんでも彼が雇った仲間の固有スキル〈
さっき戦った近衛隊もそうだったけど、いち個人のスキルとは思えない能力ね。
アスムもたった一人で魔王城に潜入する大胆かつ無謀な勇者だけど、相応に作戦を練った上で挑んだようだ。
だから余計に不思議なのよね、他に仲間とかいないわけ?
すると物陰から気配なく小柄な何かが飛び出してきた。
「な、何!?」
私は魔族兵だと思い聖杖を握りしめ身構える。
「ユリ安心しろ、俺が雇った仲間だ。ずっと隠れていたのか、ニャンキー?」
名前を呼ばれた小柄なそれは「ニャア」と頷いた。
――どう見ても猫だ。
しかし二本足で立ち普通に歩いている猫。
身長は1メートルほどしかなく全身にモフっとした毛並みを持ち、両耳と長い尻尾は茶色で他は真っ白な全身。革製の上着を羽織っており両手は人間と同じ五本指で、背中には大きなリュックサックを背負っていた。
思い出したわ、この猫は『ミーア族』よ。
人族と同等の知能を持ち言葉も流暢に話せる知的種族だ。
力は低いが素早さと軽快さ、高い所から落ちても着地できるなどバランス感覚に長け、危険察知能力も人族より遥かに優れている。
見た目に反し手先が器用なことから冒険者の
アスムから「ニャンキー」と呼ばれたミーア族は、その可愛らしく大きな青い瞳で私とラティを交互に見据えた。
「アスム、その二人は誰ニャ?」
「詳しいことは後で話す。それより魔族達の誘導ご苦労だった。流石いい仕事をする」
「〈
そうか、あれは全てニャンキーの仕業だったのね。
あんな大勢の魔族兵達を誘導させるなんて凄い力だわ。
私が感心する中、アスムは「ああそうだった」と口にする。
「二人に紹介しよう。彼はニャンキー・フォールド。俺が雇った
「よろしくニャア」
え? 今なんて言った?
モンスター飯の師匠ですって!
このニャンコがアスムを狂わせた張本人なの!?