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第27話 アスム・ヒストリー「火蓋」

 フォルドナ王国に緊張感が走る。

 ついに魔王軍による侵攻の兆しがあったからだ。

 その数は1万兵を優に超える大軍だという。


 ノイス国王は各同盟国に呼びかけ兵を招集し、これを迎え撃つことにした。

 その中には勇者であるユウヤ、リン、ナオの姿もある。

 ちなみに同盟国で勇者はこの三人だけであった。

 他の同盟国は神の恩恵こそ受けているが、『勇者召喚儀式』が行えるのは『転生』と『転移』の二極女神を祀るフォルドナ王国のみと古くから定められていたからだ。


 まぁ導きの女神ユリファこと私も、『勇者転生』は年に一度にして転生先の信仰国もランダム制と決めていたからね。

 下手にラノベ脳に侵された勇者ばっかだと、逆に魔王軍よりタチ悪いでしょ?



「……ユウヤ様、どうかご武運を」


「はい、シーリア王女。必ず勝って戻って来ます!」


 王女が見守る中、騎馬に乗ったユウヤは手を振って出陣する。

 以前からシーリア王女は何かとイケメンであるユウヤに目をかけており、周囲からは「実は付き合っているんじゃね?」疑惑も浮上していた。


 そんな二人のやり取りを傍で見ていたリンとナオはじっと凝視している。

 だがそれは嫉妬とかではないようだ。


「……雄哉、お姫様と仲良くするのは別にいいと思うけど、私達は『転移者』よ。魔王を斃したら元の世界に戻ることを忘れたら駄目よ」


「ひょっとしてユウちゃん、この異世界に留まるつもり?」


 リンとナオは同級生であると同時に幼馴染でもある。

 二人はユウヤの気性を知っているだけに、もし魔王を討伐して地球に戻る時が訪れた際、ちゃんと「シーリア王女と別れられるのか?」という意味の問いだ。


「ぼ、僕はそんなつもりは……シーリア王女は良くしてくれるし身分のある方だからね。期待に応えたいと思っているだけだよ。勿論、日本に戻りたいと願っているさ」


 ユウヤの返答に、リンとナオは「ならいいけど……」と表向きでは納得した。

 だが二人の幼馴染は知っている。


 彼こと『堂上 雄哉』は日本でも少しピントがズレた部分があることを――。

 裕福な家庭に生まれたユウヤは幼い頃から優秀で成績がトップクラスでスポーツ万能。

 物腰の柔らかさと持ち前のルックスも相まって学校の生徒達から強い信頼と高い人気を持ち、頻繁に女子に告白されるほどモテていた完璧超人だ。


 だが完璧すぎる故に、自分が常に正しいと信じて疑わないところがある。

 したがって自分本位で思い込みが強く、特に協調性のない者には有無を問わず除外しようとする悪癖が備わっていた。

 まさにアスムに対しての態度がそれとなるが……アスムの場合、彼も相当イッちゃっているので、ある意味ユウヤが正しいと言えるだろう。


 しかし、そんな地球で失敗や挫折を経験したことのないリア充の王子様だからか、他人にも自分の理想を押しつけてしまうモアハラ気質なところも否めなく、幼馴染の二人も彼を頼り慕ってこそいるが一線を引き距離を置く部分もあった。


「もうじき同盟軍と合流するぞ。魔王軍が約1万に対し、我らは三万で迎え撃つ。防衛線を突破されないよう阻止することが、お前らの任務だぞ」


 騎士団長のガルドがユウヤ達にそう説明する。

 この一年間で教育係である彼とは師弟関係を築き、互いに打ち解け合う仲だ。


「わかってますよ、ガルド先生。僕がみんなを守ってみせます!」


「遠距離なら私の弓が有利ね……頑張ります」


「わ、私も魔法でみんなの支援をするからね! で、でも……」


「ナオ、でもって何だ?」


 ユウヤの問いに、ナオはぼそっと呟く。


「――明日夢君、結局間に合わなかったね」


「そうね。もう一年が経つのに……」


 リンも同調し厚い雲で覆われた空を見上げた。


「二人とも何を言っている? あいつは元々適当な奴だったじゃないか。ねぇ、ガルド先生?」


「ん、ああ……確かにイカレ勇者だが適当ではなかったぞ。ああ見えて嘘だけはついたことがなかった……ただ誰よりもトチ狂っていただけだ」


「僕より酷い言い回しじゃないですか……まぁ、所詮そういう奴ってことだ。明日夢に期待しても意味はない、僕達で十分じゃないか?」


 ユウヤの言葉に、リンとナオは「う、うん……」と頷く。

 だが三人の勇者達にとっては初陣であり実戦でもある。

 不安があって当然のことだ。


◇◆◇


 ぶ厚い黒雲が暗海の如く広大に空を覆い陽射しを遮断している。

 ここ数年、まともに太陽を見た者はいない。

 一説では魔王が侵略地を拡大させるほど、闇の魔力による瘴気で空を覆うことが原因だとか。

 その影響は侵略地以外にも多大な影響を与え、各国の田畑や家畜にも害を成し食料問題へと発展しつつある。


 遥か彼方から敵影が近づいて来るのが見えてきた。

 魔王軍が防衛線へと接近している。

 奴らもこちら側の陣形に合わせる形で、移動しながら横一列に並び戦列を整える迅速な運用術を披露していた。


「間もなく軽装歩兵が突撃してくるぞ! 弓隊は矢の準備を! リン頼むぞ! ナオは支援魔法で兵達の強化をしてくれ!」


「わかりました!」


「頑張りましゅ(軽く噛む)!」


 ガルドの指示でリンとナオは臨戦態勢を整える。


「〈無限の魔力形態インフィニティ・マナモード〉! 〈最上位級の身体強化魔法ハイエント・フィジカルアップ〉!」


 ナオは全軍の身体能力を大幅に強化させる。


 オオオオオオオ――ッ!


 ほぼ同時に魔王軍が襲撃を仕掛けた。

 先陣を切る敵の軽装歩兵の大半は、洗脳した他国の捕虜兵を改造した腐屍ゾンビ兵と骸骨スケルトン兵ばかりだ。

 魔王軍にとっては捨て駒であると同時に、同族である者にとっては心理的恐怖を与える効果を生む。


 しかし、


「食らいなさい――〈審判の矢ジャッチメント・アロウ〉!」


 リンは数本の光の矢を天空に向けて射った。


 刹那、


 ドドドドドドド――ッ!


 落雷の如く頭上から高出力の光粒子レーザー群が降り注ぎ、軽装歩兵は次々と吹き飛ばされ壊滅状態となる。

 ナオの支援補助魔法で強化されたとはいえ恐ろしい破壊力だ。


 だが辛うじて討ち漏らした軽装歩兵が近づきつつある。

 数は百も満たない程度だ。


「二人ともやるなぁ。なら僕だって!」


「まてユウヤ、一人で行くな!」


 ガルドの制止を無視し、ユウヤは単身で駆け出した。


「――〈至高の剣撃波シュプリーム・ソードウェーブ〉!」


 ユウヤは剣を抜き迫り来る敵陣に向けて剣を振るった。

 その剣身から真空の刃が発生し、機関銃の如く高速に撃ち放たれる。

 疾走する飛燕の刃に全ての軽装歩兵は斬り刻まれ殲滅した。


「お、おお……これが勇者様の力!」


「勝てる! 勝てるぞぉぉぉ!」


「勇者様万歳ッ! 我らに勝利を!」


 その圧倒する強さに兵士達の士気が向上した。

 ほぼ同時に後を追うガルドがユウヤと接触した。


「ユウヤ、勝手に行くな! 何かあったらどうする!?」


「すみません、ガルド先生。けど敵の出鼻は挫きましたよ」


「た、確かにそうかもしれんが……」


 ユウヤの言うとおり、ほぼ一瞬で前衛部隊が壊滅させられたからか、魔王軍の動きが止まっている。

 一見して臆したかのように見えるが……。


(嫌な予感がする……ここは本陣に戻るべきだ)


 歴戦の至高騎士クルセイダーガルドの直感が疼いた。


「――なるほどな! 貴様らが勇者か!? なかなか骨がありそうだ!」


 不意に威勢のよい声が飛び、一人の戦士が数人の魔族兵を引き連れて近づいて来る。

 無論その戦士も魔族だ。

 全身が亀の甲羅に模した強固そうな肉体を持つ異形の巨漢の姿。

 逞しい上半身には隆々とした大蛇が巻きつかれている。その大蛇は尻尾がなく両先端が頭部と奇怪な姿をしていた。


「あいつは嵌合改造キメラ型の魔族! 幹部クラスか!?」


 ガルドが言い放つと、魔族は不敵に口角を吊り上げる。


「如何にも! 我こそは魔王軍四天王の一人、玄武のダドラだ! この領地を侵略し勇者抹殺が任務である!」


「し、四天王ッ!? もろ魔王の側近じゃないか……バカな!」


 驚愕し戦慄するガルド。

 無理もない。

 四天王といえば魔王に次ぐ強大な力を誇示する実力者だ。

 そんな懐刀の一人が堂々と姿を見せるとは思いも寄らなかった。

 さらにこのダドラという魔族は、最初から侵略ではなく『勇者抹殺』が目的のようだ。


「つまり僕は当たりを引いたって事じゃないですか! やい、ダドラと言ったな! 僕は雄哉だ! お前に一騎打ちを申し出るぞ! かかって来ぉぉぉい!」


「威勢の良い勇者だ! 気に入ったぞ、小僧ッ! 望み通り応じてやろうぞ!」


 勇者ユウヤVS玄武のダドラ。

 戦いの火蓋が切って落とされた。


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