航太とただ寄り添って寝たのは初めてだった。
目が覚めてからも起き上がる気になれず、ベッドの上に寝そべっていた。
「今日は予定、ねぇの?」
「ああ、ないよ。日曜日だからな」
オレは「ふーん」とだけ返し、カーテン越しに朝日の差し込む室内をながめる。
「何だか疲れてしまったし、今日はのんびり過ごすのがよさそうだ」
「航太も疲れるんだ。もっと体力あるかと思ってた」
「いや、精神的な疲労だよ」
航太が苦笑いをしながらオレを見た。
「そういえば、もう九月か。結局、プールしか行かなかったな」
「お祭り行きたかったけど、航太がそれどころじゃなかったから」
少しむすっとして言い返せば、彼が眉尻を下げる。
「そうか、ごめん」
「あと花火もしたかった」
「ああ……ごめん」
「別にいいよ。来年も一緒にいてくれるなら、その時でいい」
「……うん」
航太はオレの方へ体を向けると、腕を伸ばしてぎゅうと抱き寄せた。
「でも、その時には世界がどうなっているか、分からないのが怖いな」
「そうしようとしてるのは自分たちだろ」
「それはそうなんだが……せめて、世界が存続していることを願うよ」
オレも腕を彼の背中へ回した。分厚い胸板へ頬をすりつける。
「なぁ、航太。あいつらは何をしたいの?」
「物語を取り返そうとしているんだ。『幕引き人』が消した物語を」
「墓場で再生させてたのって、それなのか?」
「いや、あれは方法を探している最中にたまたま見つけたそうだ。彼らは『最初の一行』と呼んでいた。物語を再び動き出させるための、呪文みたいなものだと」
「じゃあ、本当の目的は他にあるのか?」
「一坂さんの話、覚えてるか? 彼女は自ら希望して大事にしていた物語を消去した。けど、そのせいで彼女は、精神的に不安定になってしまった」
「うん」
「北野の幼馴染は一方的に物語を消されたことで不安定になって、死んでしまったそうだ」
「死んだって、まさか自殺か?」
「うん。北野響は彼女の
「……でも、土屋さんに殺された」
「そうだ。だから今は双子の弟である北野が、姉の意志を引き継いで『幕開け人』になり、今度こそ物語を取り返そうとしているわけだ」
「そういうことだったのか」
「日南さんも同じだ。一坂さんの物語を取り返そうとして、彼らに協力している」
「その一坂さんって、記録課の人だっけ」
「ああ。少し前から、日南さんと交際しているそうだ」
なるほど。事情を聞いて納得はしたが、他にも聞きたいことはある。
「それで、パラサイトドリーマーが必要なのか?」
「ああ。おそらく北野と一坂さんはパラサイトドリーマーだ。二人が求めているものは手に入れられるだろう。でも、僕の求めるものは、僕では手に入らない」
「そんなことねぇだろ。航太、よく本読んでるじゃん」
「読んではいても、想像力があるとは限らないよ。それに、楓の方がパラサイトドリーマーに近いと思うんだ。お前の発想力があれば、きっと手に入れられる」
「土屋さんが北野響を殺した事実を?」
「ああ」
一度消されたものを取り返すのは、はっきり言って困難ではないかと思う。でも、航太はそうした不可能を可能にしようとしている。
「取り返すだけなら、アカシックレコードを破裂させる必要はないだろ」
「見つかるわけにはいかないんだ。混乱に乗じて取り返す方がいい。それに、彼らにとっては復讐でもあるんだ。大事な人の大事な物語を奪った、終幕管理局への」
「……そうか」
北野たち「幕開け人」のやりたいことは理解した。その結果、アカシックレコードが限界を迎えて破裂するであろうことも。
「あんまり自信ねぇけど、協力するって決めたからな。なってやるよ、三人目のパラサイトドリーマー」
航太は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、楓」