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第83話 三人目のパラサイトドリーマー

 航太とただ寄り添って寝たのは初めてだった。

 目が覚めてからも起き上がる気になれず、ベッドの上に寝そべっていた。

「今日は予定、ねぇの?」

「ああ、ないよ。日曜日だからな」

 オレは「ふーん」とだけ返し、カーテン越しに朝日の差し込む室内をながめる。

「何だか疲れてしまったし、今日はのんびり過ごすのがよさそうだ」

「航太も疲れるんだ。もっと体力あるかと思ってた」

「いや、精神的な疲労だよ」

 航太が苦笑いをしながらオレを見た。

「そういえば、もう九月か。結局、プールしか行かなかったな」

「お祭り行きたかったけど、航太がそれどころじゃなかったから」

 少しむすっとして言い返せば、彼が眉尻を下げる。

「そうか、ごめん」

「あと花火もしたかった」

「ああ……ごめん」

「別にいいよ。来年も一緒にいてくれるなら、その時でいい」

「……うん」

 航太はオレの方へ体を向けると、腕を伸ばしてぎゅうと抱き寄せた。

「でも、その時には世界がどうなっているか、分からないのが怖いな」

「そうしようとしてるのは自分たちだろ」

「それはそうなんだが……せめて、世界が存続していることを願うよ」

 オレも腕を彼の背中へ回した。分厚い胸板へ頬をすりつける。

「なぁ、航太。あいつらは何をしたいの?」

「物語を取り返そうとしているんだ。『幕引き人』が消した物語を」

「墓場で再生させてたのって、それなのか?」

「いや、あれは方法を探している最中にたまたま見つけたそうだ。彼らは『最初の一行』と呼んでいた。物語を再び動き出させるための、呪文みたいなものだと」

「じゃあ、本当の目的は他にあるのか?」

「一坂さんの話、覚えてるか? 彼女は自ら希望して大事にしていた物語を消去した。けど、そのせいで彼女は、精神的に不安定になってしまった」

「うん」

「北野の幼馴染は一方的に物語を消されたことで不安定になって、死んでしまったそうだ」

「死んだって、まさか自殺か?」

「うん。北野響は彼女の復讐ふくしゅうのため、そして彼女の物語を取り返すために『幕開け人』になることを選んだ」

「……でも、土屋さんに殺された」

「そうだ。だから今は双子の弟である北野が、姉の意志を引き継いで『幕開け人』になり、今度こそ物語を取り返そうとしているわけだ」

「そういうことだったのか」

「日南さんも同じだ。一坂さんの物語を取り返そうとして、彼らに協力している」

「その一坂さんって、記録課の人だっけ」

「ああ。少し前から、日南さんと交際しているそうだ」

 なるほど。事情を聞いて納得はしたが、他にも聞きたいことはある。

「それで、パラサイトドリーマーが必要なのか?」

「ああ。おそらく北野と一坂さんはパラサイトドリーマーだ。二人が求めているものは手に入れられるだろう。でも、僕の求めるものは、僕では手に入らない」

「そんなことねぇだろ。航太、よく本読んでるじゃん」

「読んではいても、想像力があるとは限らないよ。それに、楓の方がパラサイトドリーマーに近いと思うんだ。お前の発想力があれば、きっと手に入れられる」

「土屋さんが北野響を殺した事実を?」

「ああ」

 一度消されたものを取り返すのは、はっきり言って困難ではないかと思う。でも、航太はそうした不可能を可能にしようとしている。

「取り返すだけなら、アカシックレコードを破裂させる必要はないだろ」

「見つかるわけにはいかないんだ。混乱に乗じて取り返す方がいい。それに、彼らにとっては復讐でもあるんだ。大事な人の大事な物語を奪った、終幕管理局への」

「……そうか」

 北野たち「幕開け人」のやりたいことは理解した。その結果、アカシックレコードが限界を迎えて破裂するであろうことも。

「あんまり自信ねぇけど、協力するって決めたからな。なってやるよ、三人目のパラサイトドリーマー」

 航太は嬉しそうに笑った。

「ありがとう、楓」

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