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第82話 宇宙育ちと地球育ち

「お前に『幕引き人』をやめさせるわけにはいかない」

 部屋へ帰るなり、航太が真剣な顔をしてオレへ言った。

「……何でだよ」

 オレは少しむっとして返したが、航太は息をつきながら鞄を食卓の上へ放るように置いた。苛立ちをあらわに椅子を引き、腰を下ろす。

「お前、やめたいなんて少しも思ってないだろ」

 そう言われると否定はできない。オレは静かに向かいの席へ腰かけた。

「だけど、仕事と航太、どっちかを選ばなきゃいけないなら、オレは航太を選ぶ」

「……そういうことじゃない。僕はお前を危険な目に合わせたくないんだ」

 航太が顔を上げてこちらをじっと見つめる。

「僕はお前に幸せでいてほしい。そのためなら何だってする。だから、お前はどうか何もしないでくれ」

「航太のためなら、オレだって何でもするよ」

 気持ちは同じはずなのに、航太はじわりと目に涙を浮かべた。

「そうじゃないんだ。楓の気持ちは嬉しいけど、お前は関わっちゃダメなんだ。人生を棒に振るような真似も、もう二度としないでほしい」

 眼鏡を外して航太は声を震わせる。

「今日は間に合ったからよかったけど、楓を犯罪者にはしたくない。楓には楓の人生があるんだから、平和なままでちゃんと幸せになってほしいんだ」

 ああ、航太もやっぱり地球人なのか。

 にこりと微笑みながら、オレは返した。

「オレの幸せは航太といることだよ。航太のそばでくだらない話をして、笑ったり、怒ったり、泣いたりすることだ」

 航太が小さく首をかしげ、オレは続ける。

「そのためなら何だってする。だって、そうしないと航太がどこかに行って、帰ってこないかもしれない」

「……そうか。ごめん、僕が悪かった」

 航太はうつむき、涙が食卓へぽつりと落ちる。

「最初から全部、話しておけばよかったんだな。でも、裏切ったと思われたくなかった。彼らに協力したら世界がどうなるか、最悪の想定だってできていたのに……ごめん、楓」

「いいよ、航太」

 やっぱり宇宙育ちのオレと、地球育ちの航太では難しいんだ。見えている世界が違いすぎる。

「だけど、勘違いしないでほしい。僕はあくまでも、自分自身の好奇心で動いている。日南さんは僕を仲間に引き込むつもりはなかったし、周りに裏切り者だと知らせてもいいとさえ言った。だから、本当にこれは僕の意思なんだ」

 どっちでもいいな、そういうの。言い訳にしか聞こえないし。

 でもオレは航太を信じるよ。

「分かった」

 きっと航太もすぐに忘れるんだろう。自分の言動が誰かを傷つけても、すぐに忘れてまた誰かを無自覚に傷つける。哀れで愚かな地球人と同じ種類の、少し賢い側にいるだけの人間だった。

 それでもオレは航太が好きだから、信じるよ。

「本当に分かってくれたか?」

「うん。オレもあいつらのこと知っちゃったし、乗りかかった船なんだから協力しようと思う」

「いや、そこまでは……」

「でも、知りたいんだろ? 人間とアカシックレコードを、確実に量子もつれで結ぶ方法」

 航太が小さく息を呑み、いつの間にか止まった涙を指先で拭う。

「ああ、知りたい。それを僕は探している」

「だったら、オレは航太に協力するってことにする。それならいいだろ?」

「……分かった。そういうことにしよう」

 航太がうなずき、オレはほっとして頬をゆるめた。

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