「お前に『幕引き人』をやめさせるわけにはいかない」
部屋へ帰るなり、航太が真剣な顔をしてオレへ言った。
「……何でだよ」
オレは少しむっとして返したが、航太は息をつきながら鞄を食卓の上へ放るように置いた。苛立ちをあらわに椅子を引き、腰を下ろす。
「お前、やめたいなんて少しも思ってないだろ」
そう言われると否定はできない。オレは静かに向かいの席へ腰かけた。
「だけど、仕事と航太、どっちかを選ばなきゃいけないなら、オレは航太を選ぶ」
「……そういうことじゃない。僕はお前を危険な目に合わせたくないんだ」
航太が顔を上げてこちらをじっと見つめる。
「僕はお前に幸せでいてほしい。そのためなら何だってする。だから、お前はどうか何もしないでくれ」
「航太のためなら、オレだって何でもするよ」
気持ちは同じはずなのに、航太はじわりと目に涙を浮かべた。
「そうじゃないんだ。楓の気持ちは嬉しいけど、お前は関わっちゃダメなんだ。人生を棒に振るような真似も、もう二度としないでほしい」
眼鏡を外して航太は声を震わせる。
「今日は間に合ったからよかったけど、楓を犯罪者にはしたくない。楓には楓の人生があるんだから、平和なままでちゃんと幸せになってほしいんだ」
ああ、航太もやっぱり地球人なのか。
にこりと微笑みながら、オレは返した。
「オレの幸せは航太といることだよ。航太のそばでくだらない話をして、笑ったり、怒ったり、泣いたりすることだ」
航太が小さく首をかしげ、オレは続ける。
「そのためなら何だってする。だって、そうしないと航太がどこかに行って、帰ってこないかもしれない」
「……そうか。ごめん、僕が悪かった」
航太はうつむき、涙が食卓へぽつりと落ちる。
「最初から全部、話しておけばよかったんだな。でも、裏切ったと思われたくなかった。彼らに協力したら世界がどうなるか、最悪の想定だってできていたのに……ごめん、楓」
「いいよ、航太」
やっぱり宇宙育ちのオレと、地球育ちの航太では難しいんだ。見えている世界が違いすぎる。
「だけど、勘違いしないでほしい。僕はあくまでも、自分自身の好奇心で動いている。日南さんは僕を仲間に引き込むつもりはなかったし、周りに裏切り者だと知らせてもいいとさえ言った。だから、本当にこれは僕の意思なんだ」
どっちでもいいな、そういうの。言い訳にしか聞こえないし。
でもオレは航太を信じるよ。
「分かった」
きっと航太もすぐに忘れるんだろう。自分の言動が誰かを傷つけても、すぐに忘れてまた誰かを無自覚に傷つける。哀れで愚かな地球人と同じ種類の、少し賢い側にいるだけの人間だった。
それでもオレは航太が好きだから、信じるよ。
「本当に分かってくれたか?」
「うん。オレもあいつらのこと知っちゃったし、乗りかかった船なんだから協力しようと思う」
「いや、そこまでは……」
「でも、知りたいんだろ? 人間とアカシックレコードを、確実に量子もつれで結ぶ方法」
航太が小さく息を呑み、いつの間にか止まった涙を指先で拭う。
「ああ、知りたい。それを僕は探している」
「だったら、オレは航太に協力するってことにする。それならいいだろ?」
「……分かった。そういうことにしよう」
航太がうなずき、オレはほっとして頬をゆるめた。