「百万台のデバイスに情報を一斉送信するとなると、どうしてもサーバーが必要になる。最低でも五十台はないとダメなのに、それを用意するお金も場所もない」
北野がそう説明し、航太が困ったように言う。
「ああ、それが問題か」
「しかも、たった一度きりの計画に大げさな費用をかけるわけにもいかないし」
どうやら彼らは大きなサーバーを必要としているらしい。
「俺は基地局をハッキングして、何回かに分けて送信するのを提案したんだけど」
「それだと時間がかかります。それに、一斉送信じゃないと効力を発揮しません」
「企業向けのソフトを使うことも考えたけど、そこから足がつくのも嫌だしなぁ」
「レンタルサーバーでも同じだよな。そのためにペーパーカンパニーを作るのも面倒だし、厄介なことになりかねない」
彼らは犯罪者。「創造禁止法」に違反し、「幕引き人」の邪魔をする「幕開け人」。
「どこかにでかいサーバー転がってませんかね? 一時的にハッキングしても問題なさそうなやつ」
でも、よく考えればオレももう犯罪者だ。彼らと大して変わらない。なら、口を挟んだっていいんじゃないか?
そっと立ち上がり、部屋の入口近くで佇む。
「終幕管理局のサーバーじゃ、ダメか?」
彼らが一斉に振り返り、オレは力ない声ながら続ける。
「RASのサーバーも兼ねてるから、容量はでかいし、十分耐えられるはずだぜ」
すると航太がひらめいた。
「それならできる。開発研究部に頼まれたとでも言えば中へ入れてもらえるし、何より僕は顔が利く」
「えっ、じゃあ千葉くんが実行役ってこと?」
驚くそいつを視界の端に
「オレがやってもいい」
「楓!」
航太が声を上げてオレのそばまで駆け寄った。
「何言ってるんだ、お前」
信じられないといった様子の航太へ、オレは精一杯冷静に答えた。
「航太こそ、何言ってるんだよ。汚名返上できたって言っても、またやらかしたら今度こそおしまいだろ? 『幕引き人』をやめてぇならいいけど、そうでないならオレがやる」
航太は以前、まだ「幕引き人」をやめるつもりはないと言った。だから、オレがやる方がいい。
でも航太は納得しなかった。
「万が一バレたら、どうするんだ?」
「その時はやめりゃいいだろ、『幕引き人』を」
「っ……」
航太が悲しそうな顔をして背中を向ける。めずらしく苛立った様子で、ソファへ乱暴に座り込んだ。
北野がオレを見ながらたずねた。
「あなたはハッキングできるんですか?」
「……うん。航太たちの位置だって、コネクトビーコンを使ったハッキングで手に入れた。追跡は自分で作ったアプリを使った」
「自分で作ったって言った?」
と、パソコンチェアに座った痩せ型の男がこちらを見る。
「オレ、宇宙育ちなんだ。コロニーができる前は宇宙ステーションに住んでた。十三歳の時にステーションのシステムに入り込んだら、めちゃくちゃ怒られたけどすげー褒められた」
初めてのハッキングがそれだった。痩せ型の男はつぶやく。
「天才の彼氏も天才、ってか」
オレは天才じゃないけど、否定するような余力はなかった。
「ということは、十分に可能なわけですか」
北野が迷うような素振りを見せて考え込む。
しかし、痩せ型の男が明るい調子でさえぎった。
「とりあえず、今日のところは保留にしよう。はい、次の議題」
オレはまだ信用されていないようだ。当然か。