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第130話 本当の目的・前編

 あれから三週間が経っていた。オレは航太に連れられて、昼休みに開発研究部へやってきた。

「待ってたよ、千葉くん。いつ来るかなって思ってたんだ」

 と、類沢さんは明るく笑って迎えてくれた。

「すみません、仕事内容が変わってバタバタしていたものですから」

 航太はにこやかにそう返してからたずねた。

陸田りくたさんはいらっしゃらないんですか?」

「ああ、実地調査してる。虚構世界の様子を確認しにね」

 なるほど、開発研究部もこの事態を重く見ているようだ。たしか類沢さんは破砕機周りの担当だと言っていたから、同室の研究者もそうした専門から調査へ駆り出されているのだろう。

 オレたちがそれぞれ椅子に座ったところで、類沢さんが言った。

「で、記憶の結合に関して聞きたいのか、それとも幽霊のことかな?」

「現実世界への影響についても、です」

 航太の返答に類沢さんは真剣な顔をしてうなずく。

「アカシックレコードが破裂してから、実にいろいろな事が起きてるよな。俺たちも調査はしてるけど、まだまだ分からないことだらけだ」

 オレは黙ってクリームパンにかじりついた。この事態を招いたのはまぎれもなくオレたちであることが、心を重たくさせる。

 しかし何も知らない類沢さんは言った。

「あの日に『幕開け人』が一斉送信した『物語』のせいで、アカシックレコードが破裂したのは確実だ。でも、そのことを認めて公表してしまうと、世間は混乱して大変なことになる」

「ええ、そうですね」

 微妙な顔で航太が相槌を打つ。

「だから国の方ではまだ調査中、ということにしてるわけだけど……SNSを見ると、もうだいたいの人が分かっちゃってるっぽいな」

 全国民がSNSをやっているわけではないが、それでも事実として拡散されているのはたしかだ。そのため、国に不信感を抱き始めている人もいる。

「国としては『幕開け人』を探して逮捕したいだろうに、記憶分子が結合してるせいで痕跡すら探せない。だからこそ、千葉くんたち現場の人に頑張ってもらわなきゃならないんだ」

「そうですよね」

 航太が視線を落とし、オレもため息をつく。

「けど、一日に二件が限度ですよ」

「ああ、それは聞いてる。正しい形に戻すってのは、なかなか難しいよな。本当にそれが正しいかどうかも、ぶっちゃけ誰にも分からないからなぁ」

 と、椅子の背にもたれて両腕を上へと伸ばす。その手を頭の後ろで組み、類沢さんは何度目かのため息をついた。

 なんとなくオレは航太と目を見合わせるが、互いに何も言わなかった。

「かといってテキトーに分離したら、その記憶の持ち主の記憶も改竄かいざんされることになる。まったく頭が痛いよ」

 類沢さんの口から聞いて、初めて理解できた気がした。

「ということは、やはりSNSで騒がれている、記憶が混濁したような人たちというのは……?」

「大いに影響があるってことを証明してるね」

 類沢さんはふと座り直して航太の方へ身を乗り出す。

「ほら、前に千葉くんたちが調査したあの虚構。ロックがかかってたり、殺人事件が起きたりしてただろう? あの虚構を消去した後、作者が精神的に不安定になったそうじゃないか」

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