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第62話 反対の立場


 湊音はベッドで横になっていたが、警察からの電話で飛び起きた。すぐに向かおうとしたが、タクシーはなかなか捕まらず、偶然近くまで来ていたシゲさんの車に乗せてもらって病院へと急いだ。


 向かった先は、数年前にも李仁が倒れて運び込まれた、あの病院だった。胸の奥がざわつく。嫌な予感しかしない。


「俺は駐車場で待ってるから」


 と言うシゲさんを残し、湊音はひとりで病室へ向かう。受付で関係を尋ねられ、「パートナーです」と答えると、看護師はこちらをじっと見た気がしたが、すぐに部屋番号を教えてくれた。


 ドアを開けると、ベッドには点滴を受け、首元に包帯を巻いた李仁が静かに横たわっていた。


「李仁!」


 思わず声が出た。


「……ミナくん」


 返ってきた声は、普段の彼とは思えないほど弱々しかった。いつもなら冗談を言って笑わせてくれるのに、そんな余裕はなさそうだ。


 湊音は抱きしめるのをこらえ、ベッド脇の椅子に腰を下ろすと、そっと李仁の手を握った。李仁も力なく握り返してくる。


「ごめんね、心配かけて。倒れて……それから警察に事情を聞かれて、もう疲れちゃった」


「警察!? なんで……それに、その首の包帯……」


 李仁は視線を落とした。


「……シバと会ってたの」


 その名前を聞いた瞬間、湊音は息を呑んだ。言葉が出ない。


 李仁は湊音の手をぎゅっと握った。


「勝手な真似をして、ごめん。私がいけなかった……それに……」


 言葉を詰まらせる李仁。沈黙が落ちる。


「……あの」


「あのっ」


 二人、同時に声を発した。思わず目を合わせる。


「ごめん」


「……ううん。李仁、先に言って」


「ミナくんこそ」


 湊音は口を閉ざした。


「じゃあ、私から。……ミナくんが、またシバと関係を持ってること、なんとなく気づいてた。……でも、それだけじゃない。あなたがどんどん不安定になっていくのが、シバのせいだって思って……それで、私、会いに行ったの」


 湊音の目から、ぽろりと涙がこぼれる。次第に堰を切ったように、嗚咽がこみ上げてくる。


「……わたし、ミナくんが壊れていくのを見てるのが辛かったの。何をすればいいか、どう支えればいいかわからなくて……ずっと悩んでて……でも、気づいたら感情が爆発してて」


 李仁は震える湊音の頭を、そっと撫でる。


「ごめんなさい……ごめん……ごめん……! シバと……セックスした。なんども。でも、もう……もうあいつには、仕事以外では会いたくない。僕も、李仁も、どんどんボロボロになっていくのがわかるから……」


 湊音の涙は止まらず、李仁のシーツを濡らしていく。


「……それと、ね……」


 李仁は言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。何か大切なことを、言おうかどうか、悩んでいるのが伝わる。


「……李仁は、こんな僕いらないよね……?」


「何を言うの、ミナくん?」


「昔、李仁が浮気してふわふわしてたとき、すごく嫌だった。それを僕が、同じことして……傷つけて……」


 李仁はひとつ深く息を吸い、決意したように口を開いた。


「ミナくん、ちょっと落ち着いて聞いて」


「うぐっ、うぐっ……」


 湊音の嗚咽は止まらない。李仁は、それを見守るしかなかった。


 やがて、湊音の手を握ったまま、李仁のまぶたが静かに閉じられた。


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