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第61話 誰のせい

 とある車内。


 運転席には李仁、助手席にはシバが座っていた。窓を少し開けて、シバが無言でタバコに火をつける。灰がこぼれるのも構わず、吸ってはすぐ煙を吐いた。


「久しぶりだな。……なのに、湊音のスマホから偽って呼び出すとは。卑怯なマネするじゃないか」


 シバは黒縁メガネに無精髭、黒のシャツにジーパンというラフな格好。頭は相変わらずボサボサだ。


「……そうでもしないと、会えないと思って」


「はは、俺に会いたいなら自分でメールすりゃよかったのに。『シバに会いたい、キスがしたい、シバのが欲しい』……とかさ」


「最低ね。本当に。……どんどん廃れていく。まるで、昔の刑事だったなんて嘘みたい」


「おいおい、何年前の話してんだ」


 車内は煙たく、タバコの独特な匂いが充満してくる。李仁は顔をしかめた。


「そういや、タバコやめたんだってな。湊音が言ってた。コレ吸わせたらむせたって。お前も同じく、やめたんだ?」


「……ええ」


「よくやめられたな。感心するよ。二人とも、体でも壊したか?」


 そう言ってシバは携帯灰皿に吸い殻を押し込み、すぐにまた次の一本に火をつけた。


 二人はかつて恋人同士だった。李仁はバーテンダー兼情報屋、シバは刑事。後腐れなく別れたつもりだったが、シバの荒れた私生活に呆れた李仁は、彼を避けるようになった。


 それだけではない。今やシバは、湊音をしつこく付き纏い、心を乱す存在となっていた。


 李仁は後悔していた。湊音とシバを引き合わせたのは、剣道教室の助っ人を頼んだ自分だった。その頃、李仁と湊音は付き合い始めたばかり。湊音はまだ、自分の性的指向に戸惑っていて……。異性に惹かれる経験を通せば、何かが変わるかもしれない。そんな浅はかな思惑があった。


 結果は最悪だった。多くの女性を魅了してきたシバに、湊音が恋に落ちるのは時間の問題だった。


 そして湊音とシバは結ばれ、ほどなく李仁との関係も深まっていったが――李仁の知らぬところで、シバと湊音の関係は終わっていなかった。


 突然消え、また現れ、再び姿を消し……そして今また、湊音の前に現れたシバ。剣道場にまで顔を出し、湊音の身体を弄ぶような真似までしている。


「……あなたが、ミナくんを壊したのよ」


 李仁の声は震えていた。


「は? 何言ってんだよ。『調教してやってくれ』って言ったのお前だろ」


 シバは嘲るように笑いながら、李仁の頭を撫でた。李仁はすぐにその手を払い除ける。


「……あの頃のお前はもっと悪かった。俺、けっこう見逃してやってたんだぜ? 情報もらってたし。可愛いペットだった」


「おもちゃみたいに……! 無碍に扱ってたくせにっ……!」


 その瞬間、シバの左手が李仁の首を掴んだ。締めるように、強い力で。


「湊音とお前が出会わなければ、よかっただけの話じゃないのか? ……あいつが、こっち側に来ることもなかった」


 李仁の抵抗する手が、だんだん弱くなる。


「……わたしのせいだって……そう言いたいの?」


「自覚ないのかよ、このアバズレが」


 力はさらに強くなり、李仁は目を閉じる。涙が頬をつたった。


 その姿に、シバがふっと手を離す。李仁は崩れるように前に倒れ、呼吸を荒く繰り返した。


「……殺すわけ、ないだろ……バカかお前は……」


 それでも、李仁は泣きながら笑っていた。


「何笑ってんだよ。気持ち悪い……」


「殺してくれても……よかったのよ……。もう、限界なの……!」


 声を荒げ、李仁は咳き込みながら泣き叫ぶ。シバも、今まで見たことのない李仁の姿に固まった。


「ミナくんのこと……どうすればいいのかわからないの……! もう嫌。もう嫌なの! 殺して、殺して……私のことなんて!」


「李仁っ……落ち着け! なあ、李仁!」


 そのとき――


「どうしましたか!」


 警察官が車に駆け寄ってきた。近隣住民が通報したらしい。


 やばい、とシバは思った。しかし、取り乱し、泣き叫ぶ李仁を見て――


 黙って、その身体を抱きしめた。


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