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第72話 習慣

 朝起きるとシバはいなかった。リビングの机の上に雑にメモ書きが置いてあった。


『仕事、夕方には帰る。P.S.まだ次の行き先は見つからん シバ』


「朝ごはん食べたかしら」


 寝癖のある髪を触りながら李仁は台所に行くと湊音が少しがっかりした顔をしている。


「ミナくんどうしたの」


「やられた。今朝食べようと思ってたパン一斤丸ごと無くなってる」


 湊音の握ってるのは一斤のパンが入っていた袋だ。流しにカップとバターナイフがある。

 李仁はもしかしてと冷蔵庫を見る。嫌な予感は的中していた。


「バターやチーズも無いからつけて食べたんだよ……日曜日の朝のお楽しみの厚切りトーストぉ」


 二人はがっくり。体調管理のためになるべくパンを食べる回数を減らしてご飯中心にしていたのだが、毎週一回日曜の朝だけパンの日にし、その時はとびっきり美味しいパンを選んで買って食べるのである。

 それが二人にとって幸せだったのだが、厄介者シバはそれをつゆ知らずぶち壊したのだ。


「むーっ! 晩御飯作ってやんない!」


 湊音はぷりぷりと起こりながら冷凍庫にあったピラフをお皿に入れて温める。


「まぁしょうがない。それに今日はあの日でしょ」


 李仁は苦笑い。湊音は頷く。


 あの日とは……二人は数年前からジム通いをして体調や健康管理をしてきた。

 そしてここ数年はパーソナルトレーナーをつけている。今日は二週間に一回のトレーニングである。


 二人はご飯を食べてシャワーを浴びトレーニングウェアに着替えた。マンションの共同ジムがあり、併設してるスタジオに入る。


「おはよっ、二人とも」


 そこにはもう人がいた。へそだしのトレーニングウェアを着た小柄の女性。


「ほんと相変わらず朝から元気ね」


 李仁と湊音は少し寝不足。彼女は溌剌な笑顔で二人を出迎えた。

 二人のパーソナルトレーナーでもあり、湊音とだいぶ前の婚活パーティーで出会い一時期付き合っていた水城明里である。もうかれこれ10年近くの仲である。


「もー、朝からテンション上げていかないと。私はこのあと夜7時まで体動かすのが楽しみでしょうがないの」


「さすが売れっ子トレーナー」


「これでもかつかつかのよ、さぁ準備体操から!」


 テンションが全く違う。明里はテンションの低い二人の背中を叩き音楽を流した。


「なんかやたらと元気よすぎない」


「男でもできたんじゃない?」


 と、二人は各々の位置についた。


 準備体操も終わりストレッチ、そして本格的なトレーニング。

 二人とも41才ともなり体はなんとか柔らかいのもこのトレーニングのおかげもあるのであろう。


 二人の結婚当初、マンションにパーソナルトレーナーのチラシが入っていて担当の写真がイケメンというだけで李仁が、勝手に申し込んだのが始まりであり、その担当が明里の夫であるトレーナーだった。


 明里自身はOL時代に湊音と別れた後にヤケクソで始めたジムでのダイエットをきっかけにジムトレーナーになって夫婦でパーソナルジムを経営、子供二人に恵まれた。


 夫が元恋人の湊音達の指導をしていることを知り、再開するのだがこのことがきっかけで色々あって(本当に色々ありすぎて)離婚原因の一つになって今は子供二人抱えて一つのジムを拠点に出張パーソナルトレーナーとして生活しているのだ。今や雑誌やSNSでも人気なのだが、地元での活動を大事にしている。


 1時間たっぷりトレーニングを終えたあと、一人一人この二週間の生活や食事などを管理したアプリを元に分析した結果を明里がタブレットで見せながら生活指導。

 李仁は自分の数値を見て前よりも悪くなってるのは実感しているようだ。


「お酒とタバコの量が増えてる。李仁さんはわかりやすいわ、こういうの隠す人いるけどあなたはちゃんと申告してくれる」


「ちゃんと申告したほうがちゃんとしたアドバイスくれるし……隠してもバレちゃうもん、明里には」


「そうかしら。あとデータも嘘つかない。睡眠データも見させてもらったわ」


 と、李仁の睡眠時間も表示される。スマホを見てる時間で起きているかどうかもわかるようだ。


「あら嫌だ、ほんと私たち明里ちゃんに全部筒抜けね、ねーミナくん」


 と李仁はストレッチしている湊音に声をかけるが、ん? という顔をしている。


「筒抜けって……さらけ出してるのは貴方達でしょ」


「かしらー?」


 明里と李仁は笑う。女子同士の会話かのよう。

 一通り李仁と湊音の半月分のコンディションと次のトレーニングの間までの指導が終わった。


 湊音たちは毎回彼女のために弁当を用意している。弁当箱は洗わなくてもいい使い捨てのペーパーボックス。すぐ食べられるようにとサンドイッチだったりおにぎりだったり、ホットドックだったり。


 月の2回の日曜日、明里も子供二人といたいところを湊音と李仁のために時間を割いてくれたからという気持ちもある。


「いつもありがとう。今日は何かなー」


 明里はボックスをあける。湊音は少し困った顔をしている。


「本当はサンドイッチの予定だったんだけどいろいろあっておにぎらず。色々具材詰めたから」


「ふぅん、いろいろあってか。二人とも体調とメンタルには気をつけて。隠れてこそこそしてても私にはわかるんだからね」


 そんな彼女もまだこれから夜まで仕事である。せっかく仕事入れるならと同じ日程で夜まで数組のパーソナルレッスンを入れているのだ。


 すると明里のバッグの中からスマホの着信音が。

 彼女はスマホのボタンを押した。


「あら。シバくん」


 と発した声に李仁と湊音はすぐさま反応した。


「今、シバって……?」


「あ、うん。シバ。ベビーシッターさん」


「ベビーシッター?!」


 明里が着信に出た。そこには子供二人を抱えたシバが映っている。


「シバ!」


『湊音、李仁?!』


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