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第5話:首だ! 首をよこせぃ!

 時代の流れとは、こうも劇的な進化を遂げるものなのか。


 すっかり変わり映えしてしまった街並みを目前に、京次郎はそう思った。


 馴染みある日本家屋も確かにあるが、その数は極めて少ない。


 ほとんどが小奇麗でかつ、擬洋風建築でもない建物ばかりが群集している。 


 道行く人々にも、京次郎は目を丸くした。


 すれ違う者の中に、明らかに人でないものがいた。


 それらは等しくモノノケ、あるいは妖怪と呼称される類のモノ。


 過去、人間の英雄などによって討伐される運命にあった彼らがここでは我が物顔で歩いている。


 偏見や差別もなく、むしろその関係性は総じて良好と言えるだろう。


 日ノ本はすっかり変わってしまった。京次郎はふと、物思いにふける。



 ――1000年前、地球に巨大な隕石が衝突した。


 人類は絶滅し、文明は事実上壊滅した。


 だが、時の流れと共に新たな人類がここ――地球に再び君臨した。


 俺は、奇跡的に難を逃れた唯一の旧人類ということらしい。


 らしい、というのもその実感があまりにもなさすぎるからに他ならなかった。


 幸か不幸か、こうして生きている。ならば他にも生き残りがどこかにいるかもしれない。


 そんな淡い期待を、どこか抱いている自分に京次郎はふっと自嘲気味に笑った。



「――、ねぇそこの君。めっちゃかわいいね、どこからきたの?」



 突然、一人の男がやってきた。後ろには三人の男が控えている。


 ならず者の類か。彼らの身なりはお世辞にも、善良な市民とは言い難い。京次郎はスッと目を細めた。



「もし暇してるならさ、俺たちと一緒に遊ばない?」


「君、見たことない顔だね。俺たちが色々と案内してやるよ」


「……あぁ、そういうことか」



 京次郎は納得した。


 彼らは、目前にいるのが男ということにまったく気付いていないのだ。


 だからこうして気安く話しかけてきたのだろう。騙すつもりは毛頭ないが、こうもあっさり騙されたのが実に滑稽で仕方がなかった。



「……悪いが、俺はお前たちに構っている暇はない。命が惜しいのならすぐにどいたほうがいい」


「ひゅ~気が強いねぇ。いいねぇ、そういうほうがめっちゃ燃えるんだわ」



 男の手に、一条の杖が握られた。


 全長一尺約30.3cmほどの木製。


 随分と痛んでいるのは、それだけ使ってきたからだろう。


 見てくれは確かに悪く、今にも簡単にぽきりと折れそうな雰囲気をひしひしと発していた。



「痛い目に遭いたくなかったらさ、俺たちのいうことを聞いておいたほうがいいぜ?」


「ほぉ。具体的にどんな風に遭わせてくれるんだ?」


「例えば、こんな風にな! ファイアボルト!」


「ッ!?」



 杖の先端より放たれるそれは、轟々と激しく燃える炎だった。


 炎はまっすぐ空を切り裂き、京次郎の後ろにあったゴミ箱へと直撃した。


 けたたましい衝撃音の後、それは瞬く間に炎によって包まれる。



「お嬢ちゃんだって、あんな風にはなりたくないだろ?」


「なるほど……」



 これが、魔法というものか。京次郎はゴミ箱だったものに視線をちらりとやった。


 あっという間に消し炭になり、その火力が如何に高かったたかがうかがえる。


 実に興味深いし、おもしろくなってきた。不敵な笑みと共に京次郎は腰の大刀を静かに抜いた。


 刃長二尺三寸一分約67cmの白刃で、激しく燃える焔を彷彿とする刃文がとても美しい。


 次の瞬間、男たちが盛大に笑った。



「お、おいおいお嬢ちゃん! どんな杖だそりゃ! そんな無駄に長い杖でいったい何ができるっていうんだ?」


「お前たちは刀を知らないのか?」


「刀……あぁ、なんかすっげー昔にあったっていう武器だろ? そんなもんが怖いかよ。今時近接戦闘なんか流行んねーし」


「魔法で遠くからドドーンッってやったほうが手っ取り早いし安全、でしょ?」


「なるほど、まぁ確かに一理はあるな」



 種子島は日ノ本に大きな衝撃を与えた。


 剣や槍のように大した修練も必要ない。必要な工程さえしっかりと憶えてさえすれば、昨日まで農民だった者が翌日には大将を討ってしまう。


 だがそれは、自らの手で討ったという実感が薄れてしまう。


 加えて武器の性能を己の力だと過信してしまう。事実、そうやって驕った者を京次郎は等しく斬った。



「――、先に抜いたのはお前たちだ。刀であれなんであれ、一度相対したからにはもちろんそれ相応の覚悟はあるんだろう」


「はぁ? 何言って――」



 男の右腕が宙に舞った。


 鮮血がわっと舞い、辺りにはたちまち濃厚な鉄の香りによって包まれる。


 一瞬の静寂の後、断末魔にも似た悲鳴が青々とした空に昇った。



「な、なんだこい……ぎゃあ!」


「ひ、ばばばバケモ……がぁぁぁぁぁぁっ!」



 応戦しようとした男たちを容赦なく斬っていく。


 彼らを斬る京次郎のその表情は、ひどく退屈そうだった。



「……この程度の実力か。それでよくもまぁ、そこまで威張り散らせたもんだな」



 魔法とはどのようなものなのか。未知の力に対しかつてないほどの興味を抱いた。


 できるのであれば魔法とぜひとも一度死合ってみたい。皮肉にもその願いはあっさりと叶った。


 期待外れにも程があった。この男たちよりももっと強い魔法使いはいないのだろうか?


 血振をしながら、京次郎は横目をやった。男たちは一応生きてはいる、が重症であることにはなんら変わらない。


 早急な治療をしなければ、彼らが辿るのは仲良くそろって失血死だ。



「ななな、なんなんだお前はぁ……」


「なにをそんなに驚くことがある。お前たちだってこれまでにも数多くの無抵抗な人間にその力を見せつけてきたんだろう? たまたま今日、お前たちよりも強い奴が現れた。それだけにすぎんよ」


「ど、どうか……どうか命だけは助けてくれぇ」



 男が醜くも命乞いをしてきた。


 京次郎はそれを、盛大な溜息で返した。



「何を寝ぼけたことを言ってるんだ? 一度仕掛けてきた以上、お前らに残された道は二つ……俺を倒して逃げるか、それとも俺に殺されるか。この二つだけだ」



 京次郎は再び構えた。上段の構えだ。白刃が狙うは男の首である。



「ままま、待ってくれ! な、なんだってする! なんだってするからどうか――」



 最後まで、男の口から言葉が紡がれることはなかった。


 仰々しい死に顔を浮かべ、宙を舞った男の首がやがて地をころころと転がる。


 仲間の悲惨な死を目前にした残党たちに、戦意はもう欠片さえも残っていなかった。

 どうにかして必死に逃げようとする彼らを、京次郎は静かに背後からとどめを刺した。



「やれやれ。運がいいというべきか、それとも悪いというべきか……まぁいい。いいように考えれば運がよかった、そういうことにしておくとしよう」



 とりあえず、これで当分は資金面で困る必要はないだろう。


 男たちの首を風呂敷に摘め、その場を後にする京次郎の表情は実に清々しい。



「――、いらっしゃい。とりあえず、アンタ何者だい? お嬢ちゃん……」



 濃厚な血の香りを纏う京次郎に、その者が警戒心を露わにするのは至極当然だった。



「――、先程人相書きを見てきた。この首が人相書きの者たちだろう?」


「なっ……あ、あんた一人でダンダ団の連中を倒したっていうのかい!?」



 ギルド内がひどくざわついた。


 信じられない、まさかと言った声があちこちで次々と上がる。


 タカマガハラの南端にある口入れ屋……もといギルドでは、数多くの依頼を取り扱っている。


 それこそ見廻り組……現在では防人さきもりというようだ――の手にはあまる犯罪者の取り締まりなどなど。


 おあつらえ向きなものが多く、京次郎にとっては手に職といってもよかった。


 これならば、わざわざ“あいどる”の”すたっふ”として働く必要もあるまい。



「あ、あいつらはあれでもAランク指定されていたんだぞ? それなのに……」


「大したことはなかったぞ。それよりも、生死問わずと高札……ではなく、掲示板にあった人相書きにそう書かれていたぞ?」


「あ、あぁ……確かにそうだな。それじゃあ、これが報酬だから」


「毎度どうも」



 報酬を手にし、京次郎はさっさとギルドを後にした。



「――、何をやってるのキョウジロウ」



 ギルドを出てすぐに、エレナとばたりと出くわした。


 マスクや帽子といったもので素顔を隠してこそいるが、声を聴けばすぐにわかった。


 アイドルは有名であればあるほど、素顔を晒すことは危険につながりかねない。


 よってこれは当然の配慮だった。ただし、生きづらくはあるだろうが。



「お前こそ、どうしてこんな場所にいるんだ?」


「いいから質問に答えて」



 どういうわけか、彼女の顔には強い怒りの感情が滲んでいる。


 理由は、皆目見当もつかない。だがエレナが凄まじく怒っている。それだけは不動たる事実だった。



「何をしているもなにも、ちょっとそこで人相書きの男たちと出くわしたもんだからな。“ぎるど”とやらに行って金に換えてもらってきた」



 ほら、と京次郎は得意げに手にした封筒を見せつけた。


 中にぎっしりと詰まった紙幣の束の重みが、より嬉しさを与える。



「人を、斬ってきたの?」


「先に仕掛けたのは向こうから。それにやつらは防人を何人も殺した手練れの悪人。なら逆に斬られたとしても文句はないだろう」


「……キョウジロウ。今日の夜、私たちがどんな活動をしてるのかその目でちゃんと見て」


「なんだ突然」


「いいから! 必ず見ること! いいわね!」


「本当になんなんだ? あぁわかったわかった。どの道俺は“すたっふ”とやらなんだ。お前らの活動をきちんと見ておくのも仕事の内だからな。ちゃんと見ればいいんだろ」


「……絶対よ」


「なんだったんだ……?」



 さっさと立ち去っていく後ろ姿を見送る中で京次郎ははて、と小首をひねった。


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