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第29話

     土曜日の早朝。

 学校が休みの日に蓮は流水の屋敷に足を運んだ。中間考査で負けてその約束を果たすためだ。 

 サキの部屋に案内された蓮をメイド服を着ているサキが出迎えた。


「それでサキ、俺に何を命令するつもりなの?」

「見てわかりませんか?」

「えっと……その執事服がすごく見覚えがある気がする」


 サキの自室は本棚に机、ベッドがあるシンプルな部屋。10畳ある大きな部屋で家具が少ないので少し寂しく感じる。

 蓮はサキの部屋に入るとそう思ったが、一番に視界に入ったのは見覚えのある執事服だった。

 蓮はまだ罰ゲームで何をするか聞かされていないがなんとなく予想できてしまった。


「早く着替えてください。もうすぐ朝礼が始まるのですから」

「……はい」


 蓮はサキに促されるまま執事服に着替える。

 朝礼、と聞いて蓮はなんとなく察した。

 蓮は以前アルバイトをした経験があり、なんとなくこの先の流れがわかった。


「これから忙しくなりそうだ」

「察しがいいですね。私からの命令は今日一日私の命令を聞いてもらいます」

「なんか、怖いんだけど」

「今日一日馬車馬のごとく働いてもらいますからね?」

「笑顔で言われても嬉しくないよ」


 笑みを浮かべるサキに蓮は遠い目をした。蓮はサキと共に朝礼に向かった。

 朝礼が終わり次第業務が始まったが馬車馬のごとく……と言われ働き始めた蓮であったが少しだけ拍子抜けしていた。

 仕事自体は大変で忙しいが前回のアルバイトをした時に比べれば比較的楽であった。


「蓮くん、そこ拭き残しがあります」

「あ、ごめん」

「今日の私は先輩なんですよ?何故タメ口なんですか?」

「も、申し訳ありません」



「慣れてきたらもう少しペースを上げてください。時間は有限なのですから!」

「はい!」



「蓮くん料理をする時は真心を大切に。我々使用人は旦那様にとって最善を考え、真心を持って職務を全うしなければだめです。ただ仕事こなすというだけではダメなのですよ?」

「も、申し訳ありません!」



 サキからの細かい指摘はあるものの、みるみる業務が上達していく。

 蓮は確かに業務はこなすたけだと考えていた。人のため、真心を大切にするなど考えもしなかった。

 蓮は普段見れないサキの姿に頼もしいと感心していた。新たな一面を知れたのだった。


 そんなサキと蓮の1日の業務はあっという間であった。


「蓮くんお疲れ様でした。屋敷内での仕事はこれで終わりです」

「……あはは。やっぱ疲れるね」


 少し早めであるがサキと蓮は仕事を上がらせてもらった。

 サキはお茶の入ったカップを手渡しながら労う。蓮はというと、椅子に腰掛けて休んでいた。


「さ、仕事もひと段落したし帰ろうかな」


 一息ついて十分な休息を取った蓮は時間を見てそろそろ帰ろうとする。


「蓮くん、何を言っているんですか?まだまだこれからではありませんか?」

「……はい?」


 だが、サキは蓮を引き止めた。


「屋敷内での仕事はと言ったではありませんか?今帰っては早めに上がらせもらったことの意味がなくなってしまいますよ?」

「……へ?」


 蓮は訳が分からず首を傾げるのだった。





 サキの思惑はというと、蓮に専属執事として残り時間を過ごすというものだった。


「お、お嬢様。……大変お待たせして申し訳ありません」

「蓮、主人である私にその態度はなんですか?」

「申し訳ございません。慣れていないもので」

「言い訳しろとは言っていませんよ?」


 普段着に着替えたサキは蓮にお嬢様呼びをさせて奉仕をさせている。

 いつもの逆の立場になっている。

 サキは奉仕してくれる蓮に対して新鮮に思い常に笑顔でいた。


 蓮は朝からサキに指導されたこともあり、及第点といったところだ。

 ただ、蓮は恥ずかしさもあり落ち着きがないが。その姿にサキは笑いを堪えるのに必死だった。


「ふふふ。前から一度試してもらいたかったんですよね。……新鮮ですね」

「お褒めに預かり光栄ですよお嬢様」

「……なんですかその不敵された態度は。少し生意気ですね。お仕置きが必要かしら?」

「ほ、ほんと洒落にならないのでやめてくれない?」

「……タメ口なんていい度胸ですね」

「申し訳ありませんでした!」


 サキの機嫌がどんどん悪くなり、蓮はその場で土下座する。

 サキはこのシチュエーションをとことん楽しんでいる。

 サキは椅子に座りながら足を組む。

 だが、サキが一つ失念していることは楽しすぎてノックオンが聞こえていなかったことだろう。


「何?足でも乗せて欲しいのですか?」

「違います!誠心誠意の経緯をですね!!」

「土下座すればなんでも許してもらえると思っていませんか?」

「そんなことありません!!」

「……サキってドSなんだね」


 この場にいないはずの第三者の声。

 サキは扉に視線を向けるとそこには一条がなんとも言えない表情で唖然としていた。


「……いや、これはですね」



 サキは恥ずかしさのあまり顔がまるまる赤くなる。

 一条は蓮が来ていたので晩御飯でも一緒にどうかという誘いをしに来たのだが、扉をノックしても反応がなく声は聞こえていたのでゆっくり扉を開けたのだ。

 そうしたら、足を組んで座っているサキに土下座している蓮の姿を目撃した。

 なんとも言えない空気が流れる中、一条はゆっくりと扉を閉めながら一言。


「ごゆっくりー」

「ちょっと待って違うんです!」


 サキはその場から立ち上がると一条を呼び止める。

 その後誤解を解くのに少しだけ時間がかかったのだった。




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