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第38話

「はぁあ。一位逃しちゃったなぁ」

「やはり、店じまいをせずにやり続けるべきでしたね」

「確かに、一理あるかもね」


 帰り道、蓮は残念そうにしながらも、どこか清々しい表情で言った。サキは一位を取るための最善策を静かに返す。

 太陽はすでに完全に沈み、辺りは暗く、静かな帰り道だった。


「でも、俺は後悔ないから、まぁいいかな。だってクラスのみんなも、二位になって悔しいって思ってるけど、後悔はしてないって顔してた」

「まぁ、清々しい顔してましたね」


 二人は、結果発表のあと、クラスの反応を思い返していた。

 蓮の頑張りのおかげで、文化祭は良い思い出となった。

 サキもまた、蓮と同じ高校に通ってよかったと、改めて感じていた。

 心から、一生の思い出になった。そして、クラスメイトともより一層仲良くなれた。

 ――これもすべて、蓮のおかげだった。


「蓮くん」


 そこまで思い、サキは胸の奥から熱がこみ上げてくるのを感じた。

 蓮がここまで頑張ったのは、自分のためだと知っていたからこそ。

 先日、進藤が教えてくれた、蓮の本当の気持ちをーー。


「どうしたの、サキ?」


 サキが蓮の名を呼んで立ち止まると、蓮は少し遅れて振り返った。

 サキは進藤との会話を思い出していた。


『そもそも、あいつが文化祭に本気で挑もうって言い出したのは、柳さんのためなんだよな。あいつ、俺たち男子を集めて、みんなの前で「柳さんがクラスに馴染める機会を増やしたい」って言ったんだぜ? しかも急に頭を下げてさ。俺、驚いたよ。あのヘタレがあそこまで真剣に頼み込んできて。……まぁ、そのあと女子のメイド服に釣られたやつも大半だったけどな。もちろん俺も柳さんのメイド服、見たいなって――』

『……は?』

『と、とにかく。今回のあいつの頑張りは、柳さんのためってこと、伝えといた方がいいと思ってな』

『……そうだったのですね。メイド服が見たいだけだと誤解してまして。……何故それを私に伝えてくださったのですか?』

『あいつの頑張りは、クラスのみんなもわかってる。だけど理由は、自分の欲求を満たしたいだけって思われてた。青春だの綺麗事を並べてるように見えてた。でも、柳さんだけには、あいつが頑張った本当の理由を知ってほしかったんだ』


 サキは進藤の気遣いに感謝した。

 嘘発見機を使ったあの日、サキは蓮が不純な動機で頑張っていると思い込んでいた。進藤に聞くまで、真意には気づけなかった。


「蓮くん、進藤くんから聞きました。今回の文化祭、私のために頑張ってくださったんですよね」


「……ふぁ?」


 突然の言葉に、蓮は間の抜けた声を出す。今の一言で、すべてを察したようだった。

 蓮はポーカーフェイスが苦手だ。キョトンとした顔を浮かべる。


「な、なんのことだか」

「蓮くんは、嘘をつくの苦手ですよね」


 うわずった声に、サキは呆れながらも優しく笑みをこぼす。

 言葉で言えばいいのに、変なプライドが邪魔をして。格好つけたがって。嘘も下手。

 普段は「お家メイドプレイ」のために変な努力をしてしまう、ちょっとおかしい人。

 でも、今回は――サキのために寝る間も惜しんで、本気で頑張ってくれた。


「……まぁ、サキのためって言われたら、そうかもしれないけど」


 観念した蓮は、頬をかきながら照れくさそうに言った。

 少し濁しているのは、照れ隠しなのだろう。

 そんな不器用なところが、サキには可愛く思えた。

 これ以上問い詰めても、蓮は認めないだろう。

 ならば、サキがやるべきことはただ一つ。


「蓮くん。今から私が言うことは、ただの独り言ですので、聞き流してください」

「え?それはどういうーー」

「私のために、ありがとうございました。文化祭、本当に楽しかったです!」


 蓮の疑問には応えず、サキは言葉を紡ぐ。

 あくまで独り言。けれど、どんな形であれ、サキはどうしてもこの気持ちを蓮に伝えたかった。

 真剣な眼差しで、サキは言う。


「蓮くんと過ごした今日という一日は、私にとって宝物です。きっと一生、心に刻まれ続けると思います。本当に、かけがえのない時間をありがとうございました」


 言いたかったことを伝え終えると、少し気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 蓮も、どう返事をすればいいのか分からず、言葉に詰まっているようだった。

 そして数秒の静寂の後、二人の視線が交差する。

 居たたまれなくなり、お互いに笑い合った。


「帰りましょうか」

「うん……そうだね」


 二人は短く言葉を交わし、並んで帰路についた。

 こうして、二人の文化祭は終わりを告げ、日常が戻ってくる。

 それでも今日というひと時は、かけがえのない宝物になった。




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