「はぁあ。一位逃しちゃったなぁ」
「やはり、店じまいをせずにやり続けるべきでしたね」
「確かに、一理あるかもね」
帰り道、蓮は残念そうにしながらも、どこか清々しい表情で言った。サキは一位を取るための最善策を静かに返す。
太陽はすでに完全に沈み、辺りは暗く、静かな帰り道だった。
「でも、俺は後悔ないから、まぁいいかな。だってクラスのみんなも、二位になって悔しいって思ってるけど、後悔はしてないって顔してた」
「まぁ、清々しい顔してましたね」
二人は、結果発表のあと、クラスの反応を思い返していた。
蓮の頑張りのおかげで、文化祭は良い思い出となった。
サキもまた、蓮と同じ高校に通ってよかったと、改めて感じていた。
心から、一生の思い出になった。そして、クラスメイトともより一層仲良くなれた。
――これもすべて、蓮のおかげだった。
「蓮くん」
そこまで思い、サキは胸の奥から熱がこみ上げてくるのを感じた。
蓮がここまで頑張ったのは、自分のためだと知っていたからこそ。
先日、進藤が教えてくれた、蓮の本当の気持ちをーー。
「どうしたの、サキ?」
サキが蓮の名を呼んで立ち止まると、蓮は少し遅れて振り返った。
サキは進藤との会話を思い出していた。
『そもそも、あいつが文化祭に本気で挑もうって言い出したのは、柳さんのためなんだよな。あいつ、俺たち男子を集めて、みんなの前で「柳さんがクラスに馴染める機会を増やしたい」って言ったんだぜ? しかも急に頭を下げてさ。俺、驚いたよ。あのヘタレがあそこまで真剣に頼み込んできて。……まぁ、そのあと女子のメイド服に釣られたやつも大半だったけどな。もちろん俺も柳さんのメイド服、見たいなって――』
『……は?』
『と、とにかく。今回のあいつの頑張りは、柳さんのためってこと、伝えといた方がいいと思ってな』
『……そうだったのですね。メイド服が見たいだけだと誤解してまして。……何故それを私に伝えてくださったのですか?』
『あいつの頑張りは、クラスのみんなもわかってる。だけど理由は、自分の欲求を満たしたいだけって思われてた。青春だの綺麗事を並べてるように見えてた。でも、柳さんだけには、あいつが頑張った本当の理由を知ってほしかったんだ』
サキは進藤の気遣いに感謝した。
嘘発見機を使ったあの日、サキは蓮が不純な動機で頑張っていると思い込んでいた。進藤に聞くまで、真意には気づけなかった。
「蓮くん、進藤くんから聞きました。今回の文化祭、私のために頑張ってくださったんですよね」
「……ふぁ?」
突然の言葉に、蓮は間の抜けた声を出す。今の一言で、すべてを察したようだった。
蓮はポーカーフェイスが苦手だ。キョトンとした顔を浮かべる。
「な、なんのことだか」
「蓮くんは、嘘をつくの苦手ですよね」
うわずった声に、サキは呆れながらも優しく笑みをこぼす。
言葉で言えばいいのに、変なプライドが邪魔をして。格好つけたがって。嘘も下手。
普段は「お家メイドプレイ」のために変な努力をしてしまう、ちょっとおかしい人。
でも、今回は――サキのために寝る間も惜しんで、本気で頑張ってくれた。
「……まぁ、サキのためって言われたら、そうかもしれないけど」
観念した蓮は、頬をかきながら照れくさそうに言った。
少し濁しているのは、照れ隠しなのだろう。
そんな不器用なところが、サキには可愛く思えた。
これ以上問い詰めても、蓮は認めないだろう。
ならば、サキがやるべきことはただ一つ。
「蓮くん。今から私が言うことは、ただの独り言ですので、聞き流してください」
「え?それはどういうーー」
「私のために、ありがとうございました。文化祭、本当に楽しかったです!」
蓮の疑問には応えず、サキは言葉を紡ぐ。
あくまで独り言。けれど、どんな形であれ、サキはどうしてもこの気持ちを蓮に伝えたかった。
真剣な眼差しで、サキは言う。
「蓮くんと過ごした今日という一日は、私にとって宝物です。きっと一生、心に刻まれ続けると思います。本当に、かけがえのない時間をありがとうございました」
言いたかったことを伝え終えると、少し気恥ずかしくなって視線を逸らす。
蓮も、どう返事をすればいいのか分からず、言葉に詰まっているようだった。
そして数秒の静寂の後、二人の視線が交差する。
居たたまれなくなり、お互いに笑い合った。
「帰りましょうか」
「うん……そうだね」
二人は短く言葉を交わし、並んで帰路についた。
こうして、二人の文化祭は終わりを告げ、日常が戻ってくる。
それでも今日というひと時は、かけがえのない宝物になった。