蓮たちのクラスは最終日を迎えた後も人気は途絶えることなく、早々に完売となった。
最終日は一人一つまで。なくなり次第終了という旨を朝に一度伝えた。マフィン等が売り切れとなった後、放送部に頼んで校内放送で知らせてもらったのだ。
そして片付けを一通り終えると、午後には自由時間となった。
「サキ、お化け屋敷行こうよ!」
「は、はい」
「人生に一度きりの文化祭なんだし、そんなもたもたしてる暇はないんだから。早く行こうよ!」
「……へ?」
(……命令権の使い道、なくなっちゃいましたね)
そして、自由時間になったサキは蓮に手を引かれて文化祭を回っていた。
サキはハイテンションな蓮といることに、少し戸惑っていた。
内心サキがそう思っていた理由は、「命令権を使って蓮と共に文化祭を回る」という計画があったからだ。
ただ、その時には手を繋いで回ったり、少しからかうような意味も込めて。
蓮の少し恥ずかしそうな顔が見たい――そんな考えもあったのだが、いきなり手を引かれて戸惑っている。
(ど、どうしてこんなことに)
もちろん嬉しいことには変わりない。当初の目的は達成している。
ただ、無意識の蓮にしてやられていると思うと、少し悔しかったりする。
「さぁ! 俺たちの青春はこれからだ!」
目をキラキラと輝かせながら手を引く蓮は、自分がこんなにも胸がドキドキしていることなど一切気にしていないようだ。
気持ちはわかる。文化祭で人生一度きりの思い出作りに本気になる蓮だ。
今まではずっと店側で忙しくしていた。その気持ちが爆発したのもわかる。
それでも、サキは自分を少しだけ意識させてやる。
そう決意を新たに、手を引かれるがままに蓮に連れられていった。
「やっぱお化け屋敷、雰囲気出てるなぁ」
「……そうですね」
「さっきから歯切れが悪いけど、どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
(……なんか、恥ずかしいです)
サキは学年でも注目の的である。
容姿端麗、頭脳明晰。
人柄も良いときた。それが男と一緒にいるだけでも注目を浴びるわけで。
それが異性と手を繋いで歩いているとなると、自然と注目は集まる。
いつもは蓮に異性を近づけさせないように、わざとアピールを続けているが、今日に限っては恥ずかしい。
それは、いつもは自分からしているが、されることには慣れていない。
サキは攻めるのは好きだが、攻められるのは苦手らしい。
いつも通りの自分を見失いつつあった。
「文化祭といったらお化け屋敷が定番だよねぇ。サキ、よかったら入りたいんだけど……」
蓮はサキの反応を窺うように聞いてきた。
「蓮くんの行きたいところに行けばいいではありませんか?」
もう、なるようになれ。
サキもお化け屋敷には興味があるし、蓮が手を引いてここに連れてきたのだ。
拒む理由もないわけで。
「あ……」
「何か忘れ物?」
「いえ……なんでもありません」
サキは王道すぎるが一番蓮を意識させられる作戦を思いつき、少しだけ声を上げてしまう。
お化け屋敷は定番中の定番。暗い空間で男女二人きり。
意識させられるチャンスだと考えた。
サキはポーカーフェイスでいつも通りの顔を作り、すぐに誤魔化した。
「行きましょうか、蓮くん」
「お、おう」
やることが決まれば、実行するまで。
急に手を引かれたことで驚く蓮。だが、促されるまま身を任せて、二人は並んだ。
「……結構雰囲気あるね」
「作り込まれてますね。それに、少し寒いです」
お化け屋敷に並んだ二人は、20分後に順番が回ってきた。
内装は薄暗く、冷房が効いているのか少し寒い。雰囲気を醸し出すためか、隙間風や物が落ちたような音源がちらほら聞こえる。
足元には血糊で作られたであろう足跡が、進行方向に沿っていくつも残っている。壁は真っ暗であまり見えないが、簡易的なレンガがいくつも積まれていた。
「足元だけ気をつけてね」
壁に右手を当てながらゆっくりと進んでいく。楽しんでいるのか、話し声も弾んでいた。
(よし……このままいけそうですね)
サキはそんな蓮に対して、自分を意識させようとする。未だ目をキラキラさせている蓮に、自分を意識させようと行動に移す。
「ええ、本当ですね」
サキは蓮の言葉にそう返しながら、自然な流れで腕を組んでいく。
完全に密着した状態になる。
サキはわざとらしくならないよう、最新の注意を払う。あくまでさりげなく、自然に。
「ちょっと……私、こういう雰囲気、苦手かもしれません」
蓮の耳に届くギリギリの小声でそう呟く。これこそサキの作戦だ。
ここまでされて意識しない男などいない。いくら鈍感な蓮でも、意識しないわけがない。
「なら、このまま近くにいていいから。ゆっくり歩くから、早かったら言ってね」
(……あれ?)
いつにも増して紳士的。いつもはヘタレで変人の蓮だが、何故か今の蓮はかっこよく見えてしまう。
……というより、視線は周りを向いているような?
「……ありがとうございます。蓮くんって、優しいんですね」
とりあえず自然な流れになるようにそう返す。だが、内心サキは少し焦っていた。
(はい? いつもなら動揺しているはず)
今の蓮は、例えるなら夢中になって汚れなき紳士の青年。
「蓮くんは、文化祭、一生懸命でしたね」
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません。進みましょうか」
ため息混じりに呟く。蓮には声が届いておらず、聞き返すが、サキはなんでもないとすぐに誤魔化した。
サキは妙な虚無感に陥り、すべてが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
変に考えすぎなのは良くない。蓮のことだ。校内で女の子たちの間に広がっている噂は知らないだろう。それに、せっかくの文化祭だ。楽しんだ方がいいに決まっている。
サキはそう内心で結論づけた。
「さあ、蓮くん、文化祭目一杯楽しみましょうね!」
「お、やっとサキも乗り気になったね! 時間は有限だ!」
「はい!」
サキは楽しむことに専念することにした。その後、2人は文化祭を大いに楽しんだ。
そのせいで、春の来ない男子生徒からは悔しそうな嫉妬の視線を向けられていたという。
気がついたら文化祭は終了時間となり、校内のアナウンスがそれを告げた。校内にいた人は流れるように外へと移動していた。
生徒は各自クラスに向かい、片付けを始めていた。
『本日の文化祭、グランプリの発表となります』
そして、集計が終わり、運命の結果発表がきた。
『ーー3年D組のお化け屋敷!!』
アナウンスが流れて、蓮たちのクラスは惜しくも2位であった。僅差での優勝を逃してしまった。
最終日に出し物を中止にしたのが勝敗を分けたのだ。だが、それを咎める者は誰もいなかった。
クラス一丸となって成し遂げた。それが、クラス全員の何よりの心に残る勲章であったのだ。