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第36話

 梗華高校の文化祭が始まった。

 蓮のクラスはというと、蓮が予想していた以上に盛況だった。

 とても喜ばしいことなのだが、予想以上の反響にクラス総出で稼働することとなった。


「氷室くん、これ以上列が増えるのはまずい!」

「なら、整理券を配って! 俺が今、急いで作るから!」

「わかった!」


「マフィンの焼きが間に合わない!」

「なら、代わりのお菓子を出すから!」

「わかった!」

「今から並ぶお客さんにはマフィンがなくなるかもしれないって伝えて!」


 繁忙期が、いつまでたっても終わらない。

 客足が途絶えないのだ。蓮は事前に準備をしていたので、予想の範囲内で収められている。

 トラブルは回避できているが、それは店内に限った話だ。


「おい、いつまで待たせるんだよ!」

「おせーよ! 他にも回りたいとこあるんだけど!」

「可愛い子がいるって聞いたから来てやったのに!」


 他校から来た生徒による、迷惑なクレーム。

 こんな忙しい時に。蓮のクラスからは殺気があふれ、周りのお客さんも居づらくなってしまう。

 蓮はため息をこぼすと、サキに視線を向けた。しかし、サキは嫌そうな顔をしていた。


「サキ、お願い」

「面倒ごとを押し付けないでください」

「お願いだよ! あの人たちガラ悪いし、俺には無理だって」

「小心者」

「サキ、その辺で……」

「チキン」

「サキさん、その……」

「臆病者、意気地なし、腰抜け」

「う……」

「いちゃつくな!」

「べ、別にいちゃついてねぇし!」


 サキによる罵倒が続く中、二人のやり取りにクラスメイトがツッコミを入れる。

 サキは毅然とした態度を取り、蓮は顔を赤くして否定した。


「……はぁ。わかりましたよ」


 どうせこのまま長引けば、雰囲気は悪くなる一方だ。

 サキはしょうがなく、問題を起こしている他校の生徒の元へと向かった。


「なんーー」

「他のお客様のご迷惑になりますので、これ以上言いたいことがおありなら私がお聞きしますよ?」


 何か言わせるより、手早い対応を。

 サキは殺気を含む笑みを浮かべ、男子生徒たちは萎縮してしまう。


「「「す、すみませんでした……」」」


 男子生徒たちは周囲に謝罪をした。それ以降、この生徒たちは騒ぐことなく大人しく過ごした。


「いやぁ、さすがの手腕だ。学校最強は伊達じゃない」

「……蓮くんにも同じ笑顔を向けて差し上げましょうか?」

「す、すみません。今の失言は撤回いたします」


 その後、戻ったサキは、蓮がデリカシーのない言葉を発したので笑顔でそう言った。

 女の笑顔は怖い。それを身に沁みて感じた蓮だった。


 その後も、蓮たちのクラスは忙しく、クラス総出で切り盛りする日々が続いた。


――どうしようか?


 そんな忙しそうにするクラスメイトたちを見て、蓮は悩む。

 このまま店をフル回転させれば、優勝は確実だ。

 だが、当初の目的を忘れてしまっている。


 人生で一度きりの文化祭を楽しむ。だが、このままでは店を切り盛りして終わってしまう。

 皆は忙しそうにしているが、文化祭自体を楽しんでいるわけではない。


「氷室、俺たちの青春は店番で終わるのか」

「進藤、しっかりしろ。大丈夫だ。文化祭でお前の青春は来ないから安心しな」

「……お前、東京湾に沈めるぞ?」

「怖いからやめてね」


 乾いた笑みを浮かべた蓮と進藤は、そんな軽口を叩いた。

 進藤は蓮に食ってかかろうとしたが、すぐに新しい客が来たので矛を収めた。

 忙しく、楽しんでいないクラスメイトたち。ただただ疲れ果てて、体を動かし続けている。


 明日は文化祭最終日。

 材料も少なくなりつつある。

 このまま買い足せば、最終日も営業はできなくはない。


「みんな、相談があるんだけど……明日は店じまいにしないかい?」


 文化祭2日目終了時、蓮はみんなの前でそう言った。

 戸惑いからか、唐突なことすぎてどう言葉を発せばいいかわからないのか、クラスは静まり返った。

 蓮はそんなクラスメイトたちに、少し微笑んで言葉を続けた。


「人生に一度の高校の文化祭だよ? みんな働いてて、2日目が終わったけど苦しそうにしてる人も何人もいる。こんなの文化祭じゃないよ! 最終日は、みんなで楽しく文化祭回らない?」


 蓮の言葉に、頷く者も少なくなかった。中には歓喜の笑みを浮かべる者もいた。

 その後、話し合いをした結果、蓮たちのクラスは残りの在庫を完売次第、出店を取りやめることを決めた。




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