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第35話

「よし、みんな。これであとは明日に備えるのみ。みんな、本当にお疲れ様!」

「おいおい、泣くのは早ぇっての。まだ始まってもいねぇんだからよ!」


 文化祭準備も佳境を終え、ついに本番を迎えるのみとなった。

 当初の予定通り、内装は机を並べて白いテーブルクロスをかけるのみ。真ん中には花瓶に花を生けている。

 シンプルな作りだが、それが一番良い。

 窓やカーテン、壁にも飾り付けを施し、そこそこの出来栄えとなった。


 蓮は教壇の前に立ってクラスメイトに感謝の念を伝え、今にも泣き出しそうな様子に、クラスメイトたちが突っ込みを入れていた。


「ほんと、大袈裟すぎですよ。どれだけクラスメイトのメイド服が見たかったんですか」


 サキはというと、小言を挟みながら呆れてため息をついた。

 サキも明日分のマフィンなどのお菓子を焼き終えており、あとは提供するだけ。

 状況を見て追加で作れるよう準備も整えていた。

 お菓子の焼き作業は、他の担当2人が主に担う。サキは当日、補助的な役割を担う予定だ。

 人手の足りない場所にヘルプとして入ることになっている。


 3日間通して行われる文化祭は数量に制限をかけることなく販売する予定だ。一位を目指すからだ。

 サキがため息をついたのは、やはり、自分以外の女の子のメイド服姿を見たいがために蓮が奮闘したと考えると、複雑な思いがあったからだった。


「よし、俺は最終確認してくる! 各自、きりのいいところで帰って、明日に備えて! また明日!」


 蓮はクラスメイトにそう言うと、小走りで教室を出ていった。


 まぁ、一生懸命なのは良いことだと思うか。

 初めは否定的だったクラスが一丸となった。その変化は誰が見ても一目瞭然だ。

 そんなことを思いつつ、サキも帰り支度を整えようとする。

 今日は派遣の仕事はないものの、途中まで一緒に帰ろうと思った。

 そんな時だった。


「柳さん、ちょっといい?」


 帰り支度を終えた進藤が、背負っていたバッグを片手に、サキに声をかけてきた。


「どうかされましたか?」

「少し、氷室のことで話しておきたいことがあってな」

「蓮くんのこと?」


 突然のことで、サキは思わず聞き返した。


「あいつがなんで文化祭に必死なのかって話。さっきクラスメイトのメイド姿が見たいって言ってたのが聞こえたからな」

「……聞こえてましたか」

「誤解されるのも可哀想だなと思ってさ」


 「誤解」という言葉に、サキは小さく首を傾げる。


「誤解も何も、本人が言ってたんですよ? クラスメイトのメイド服が見たいって」


 嘘発見器を使ったことは黙って、サキはそう返す。


「氷室は、肝心なことだけは口に出さないんだよな」


 サキの声は少し早口になっていて、苛立ちが少し滲み出てしまっていた。

 その様子に、進藤は呆れたようにため息をついた。

 それはサキに向けたものではなく、教室の外にいる蓮に向けたものだった。


「やっぱり、あいつ本意を伝えてないじゃん。あんまり俺が言うべきことじゃないけど……まぁ、俺も明日いい思いさせてもらうし、お節介焼いてやるか」


「はい?」


「……いや、今のは忘れてくれ。独り言だ」


 進藤は、つい口にしてしまったことに気づき、慌てて口を塞ぐ。

 すぐに話を本題へと戻した。


「そもそも、あいつが文化祭に本気で挑もうって言ったきっかけは――」


 その言葉に、サキは目を見開いた。






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