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夢で会いましょう

 深夜の大阪。ここは繁華街の雑居ビルの一室である。


 不眠症であるわたしはあることを一度調べたことがある。どうせ黒ずくめのこの男は知らないとは思ったが、一応尋ねてみることにした。


「人間て、どれぐらい眠らんとっていられるのやろうな?」


 椅子にもたれかかって男はめんどくさそうに答えた。「我慢して、11日らしいよ。よう知らんけど」手には拳銃が握られている。


「なに知っとったんか」


 ヤクザにしては博識なやつだとわたしは思った。


「ギネスブックでね。ベトナムで40年とか、トルコで50年も眠らへん人間もおるせやで。せやけど、それは起きながらにしぃ、睡眠を取れる特殊なひとに限られるらしいんやけどな」


 わたしは監禁されてすでに3日を過ぎていた。その間、一睡もしていない。この見張り役の男も同じだろう。


「あんた、ふつう交代があるだろうに。なんで誰もけぇへんの?」


「人手不足やねん」


「さよか」


 わたしはそろそろ限界に達しようとしていた。後ろ手に縛られたロープをなんとか外そうと努力はしてみたものの、あと少しのところで、睡魔がわたしを猛烈な勢いで飲みこもうとしていたのだ。


※※※※※※


 わたしは私立探偵である。


 ある人物から麻薬シンジケートのルートを探るように依頼されていたのだ。しかし証拠を掴んだとたんにバレてこのザマだ。


 いまヤクザたちは依頼人を血眼になって捜している。依頼人が捕まるまでに、なんとかここを脱出しなくてはならない。


 わたしはもう一度両腕に力を込めた。するとさきほどまで鋼鉄のように堅かった縄が、腐ったゴム紐のようにプツンと音を立てて切れてしまったではないか。


 わたしの足元に縄が蛇がとぐろを巻くように落ちたのを見た男は、電気仕掛けのおもちゃのようにすくっと立ち上がった。そして正確にわたしの両脚をめがけて発砲してきたのである。


 脚を狙ったのは、依頼人が見つかるまでは生かしておくようにと言われていたのだろう。銃弾はわたしのつま先あたりで、った豆が弾けるように跳ね上がった。


 わたしはそのまま男に突進した。男は今度は銃口をわたしの心臓に向けて構えた。紙袋が爆ぜたような「パンパン」という乾いた音が立て続けに響く。銃弾のひとつが今度はわたしの頬をかすめた。抵抗したら殺せと言われていたのだろう。


 背後の壁に親指が入るほどの穴が開いた。わたしは男の胃のあたりをめがけて強烈な左フックをお見舞いした。男は息をつまらせてその場に倒れた。


 うまく行き過ぎている・・・・・・。


 これは夢の中だからだろう。わたしの脳は夢の中でも暗躍していた。部屋を飛び出す。ちょうど表玄関から外回りの連中が帰ってきたところに出くわしてしまった。


「なんやジブン!」


 男たちが血相を変えて追って来る。わたしは階段を駆け上がって屋上に出た。追手もすぐに駆けあがってきた。地上5階建てのビルである。隣のビルまでは最低4メートルはありそうだった。


 これは夢の中だ。


 わたしは勢いをつけて跳躍した。空中を走るようにバタバタと脚を動かした。するとなんとか隣のビルの端に足がつく。ずるりと滑って落ちそうにはなったが、なんとか持ちこたえることができた。


「アホか。ここまでおいで」


 すると追手はどこからか梯子はしごを持ち出してきてビルとビルの間に即席の橋を掛けはじめたではないか。その他の者は一斉に拳銃を撃ち始める。足元にバチバチと閃光が走った。


 わたしはとりあえずビルの屋上の突き当りまで逃げた。仕方がない。これは夢だ。だが夢の中でも撃ち殺されるのはごめんだ。わたしはビルから果敢に下に飛び降りた。飛び降りようとした道路は、ちょうど走行中の貨物トラックが通過中だった。さすがは夢である。


 しかし上空から舞い降りたわたしと、走行中のトラックの荷台では、当然のことながら進行方向が違う。


 そのためわたしは着地と同時に、トラックの後方めがけて転がってしまった。そのまま行けば、アスファルトの道路に投げ出されるところだった。しかかし、そこもまた夢の中である。なんとか荷台の最後尾につかまり、九死に一生を得た。


 ところが、わたしを追って、ビルから飛び降りて来たヤクザが数人いたらしい。3人が次々とわたしの頭上を悲鳴をあげながら振り落とされて行った。


 それでもひとりだけはなんとか踏みとどまった。男はニヤニヤ不敵な笑いを浮かべながら近づいてくる。そしてわたしの眉間に銃口を向けた。


「これで終いやな」


 男が引き金を引こうとした次の瞬間、道路にせり出していた看板が、男の後頭部をしたたかに打ちえた。ドラを鳴らしたような盛大な音がして、男がわたしの頭上を越えて行った。路面でキャベツが潰れたような音がした。


※※※※※※


 ようやくトラックが停車した。ドライバーが異変に気付いたのだろう。


 わたしはよろつく足で地面に降り立った。するとトラックの前方に人影が現われた。


「ほら言うたやろ。彼なら生き残るって」


「ほんまやな」


 依頼人の京香きょうかとヤクザの親分だった。そう、依頼人の京香は親分の娘なのだ。


「ほなら、この人と一緒になっていいのね」


「しゃあないなあ。約束やからな」


 そうか、京香の依頼は単にわたしの生存能力を試すためだったのか!京香はわたしに抱きついてきた。


「合格だって!よかったわね」


 わたしは京香の胸に抱かれながら意識を失い始めた。


 (あれ?どこからが夢で、どこからが現実だったのか・・・・・・)


 わたしの背筋に冷たいものが流れた。

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