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かき氷

 それは夏祭りの夜の出来事だった。ぼくは浴衣姿の彼女を初めてみた。


「あたし、夏祭りに来たのはじめて」


「へえ。そうなんだ」


 彼女の結い上げた栗色の髪が、アセチレンの光の中で踊っている。ぼくは縁日の人混みではぐれないように、彼女の手を握った。彼女も今日ばかりはしっかりと握り返してくる。


 彼女は北欧からの留学生で、日本の文化を勉強しに来ているのだ。


「わあ、面白い!」


 お面売場で彼女が子供のように目を見張る。ぼくは彼女にお面をひとつプレゼントすることにした。迷ったあげく、彼女が選んだのは猫のキャラクターのお面だった。ぼく自身は仮面ライダーを購入した。猫のお面をおでこにかぶった彼女の白いうなじがまぶしかった。


「あれはなんですか?」


「金魚すくいだよ」


「やってみたいです」


 彼女はしゃがんで『ポイ』という名前の和紙でできた天眼鏡の形をした道具を使って金魚を追い始めた。彼女は赤い金魚ばかりを追い求めた。でもあっという間にポイが破れてしまった。


 それでも彼女は楽しそうに笑っていた。金魚すくいのおじさんがお情けで金魚を1匹くれた。


「ありがとうございます」


 彼女は金魚の入ったビニール袋を目の高さに上げて瞳を輝かせた。


 ぼくらはお参りを済ませた。


「蒸し暑いね。かき氷でも食べて帰ろう」


 ぼくは彼女をかき氷屋につれて行った。そこには色とりどりのシロップが用意されていた。イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイ、それにみぞれ。


「何にする?もっとも色が違うだけで、味はどれも同じなんだけどね」


「イチゴがいいです」


「OK。じゃあぼくはブルーハワイで」


 ぼくらは、各自のかき氷を持って境内の裏に回った。そこは縁日の薄明りだけで、人影もなく静かな場所だった。ぼくらは本堂の裏に腰をかけた。


「頭がキーンと来るからね」


 ぼくはそう言ったが、彼女はすでにかき氷をおもいきり頬張ってしまったらしく顔をしかめていた。


「あのね、上アゴの“三叉神経さんさしんけい”が冷たいのを痛いとカン違いして脳に伝わってしまうんだ」


「オーノー」


 彼女は泣きそうな顔になる。ぼくはもらった金魚の入ったビニール袋を彼女の額に当てた。


「こうやって額を冷やすと少しは緩和されるよ」


「・・・ありがとう。少し良くなった」


「ゆっくり口の中で氷を溶かしながら食べるといいよ」


「うん。おいしいですね」


 ぼくらはかき氷を食べ終わった。


「青いでしょ」ぼくはベロを出して彼女に見せた。ぼくの舌は別の生き物のように見えたことだろう。


 彼女も微笑んで舌を出した。小さな舌が真っ赤に染まっていた。それは可愛くて、官能的でもあった。


「可愛いね・・・・・・」


 ぼくは思わず彼女を抱きしめて唇をかさねた。


「・・・・・・」


 彼女の両腕がぼくの首に回る。彼女の手から金魚の入ったビニール袋が地面に落ちた。長いキスの後、彼女はぼくの耳たぶに唇を寄せてささやいた。


「なぜわたしが氷イチゴにしたか分かる?」


 彼女の甘い吐息がぼくの首筋にかかる。


「あなたの生血いきちを吸っても目立たないからよ」


 しまった!彼女は吸血鬼の末裔まつえいだったのか・・・・・・

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