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精霊馬

 ぼくらは毎年お盆になると、割りばしでこしらえた脚をつけられ牛馬になる。


 ぼくらを総称して霊馬しょうりゅううまというのだそうだ。


 もっとも馬になるのはキュウリ君のほうで、本当のぼくの呼び名は精霊牛しょうりゅううしである。キュウリ君の名前が優先されることにはいささか憤りもあるのだが、なにしろスマートでカッコいい方が主役にされやすいのはこの世の常である。紫色の牛というのも珍しいが、緑色の馬もまずいないだろう。


 どうやらぼくらはご先祖様の乗り物らしい。


茄子なす君それではご先祖様をお迎えにあがるよ」


 快活にキュウリ君が言う。


「妖怪たちに気をつけて」


「だいじょうぶだよ。ぼくの駿足なら妖怪なんて軽く振り切ってやれるさ」


 そう言い残すとキュウリ君は、青空の彼方に駆けあがって行った。


※※※※※※


 ご先祖様の久しぶりの下界生活もあっという間に過ぎて行った。


 さて、ご先祖様はこれから天界に戻るのである。名残りおしい現世の人間は、少しでもお別れを遅くできるように、鈍足の牛であるこのぼくにご先祖様を送らせるのだ。


 しかもぼくの良いところは、スピードはないものの、供物であるお土産をいっぱい天界に積んで行けるところにある。


「ご先祖さま。今年の下界は楽しんでいただけましたでしょうか?」


「うんうん。みな息災でなによりだった」


「天界とはどんなところなのですか」


 ぼくはゆっくり歩きながらも、ご先祖様を極力退屈させないよう話題作りに余念がない。


「下界とあまりかわらんよ」


「え、そうなんですか?」


「うん。強いて言うなら、欲がない世界という感じかな」


「欲ですか」


「そう、食欲、物欲、金銭欲、性欲、睡眠欲、名誉欲・・・・・・何もありはしない」


「はあ。そうなんだ」


 その時、前方から真っ赤な妖怪が現れた。


「置いて行け・・・・・・」


 妖怪は恐ろしい顔でそう言った。


「茄子よ。なにか差し上げなさい」


 ぼくは言われるままに、お供えの花を置いて行った。


 するとまた別の妖怪が現れた。今度はオレンジ色の妖怪であった。


「置いて行け」


 ご先祖様はゆっくり頷いた。ぼくは渋々ローソクを渡した。


 すると次に黄色い妖怪が現れた。ぼくは線香をあげた。


 次の緑色の妖怪が現れたときには浄水じょうすいをご飯と一緒に置いた。


 天界に着くまでに様々な色の違う妖怪が現れるのだった。


 ぼくらは飲食おんじきを次から次へと渡して進んで行った。


 水色の妖怪には汁物を、青い妖怪には煮込み料理を、そして紫の妖怪には和え物を、最後の白い妖怪には漬物を置いて行ったのだった。


 天界に着いたときには、もはや供物は何も残っていなかった。それでもご先祖様が、とても満足げな顔をしておられるのが不思議だった。


※※※※※※


「それで、茄子君。今年も天界につくまでに、何もかも妖怪たちにあげちゃったってわけ?」


「うんそうなんだよキュウリ君。茄子だけに、成す・・すべもなかったんだ」


 キュウリ君は心の中だけでこうつぶやいた。(このボケ茄子)

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