椅子に座って少しだけ仮眠をする筈だったのに気づいたら頭に柔らかい感覚がある。
もしかして彼女がベッドまで運んでくれたのかもしれない。
取り合えず起きて患者の様子を見に行かないと……ゆっくりと目を開けると彼女の顔が見える。
何が起きているのだろうか……?予想出来ない光景に思わず思考が停止してしまう。
「おぅ、良く眠れたかよ?」
「えっと…これはいったい」
「そりゃあおめぇ、考えたら分かるだろ」
もしかして柔らかい物は膝枕というものでは?どうして膝枕をされているのかが理解出来ないけれど何があったのだろうか
「まだ寝ぼけてんのか?起きたんなら早く座るか立てよ」
「えっ…えぇ」
言われた通り急いで座るけれど現状を把握する事が出来ない。
何故膝枕をされているのか、どうして床で寝ていたのか?何から聞けばいいんだろう。
それに彼女の口調がいつもの感じに戻っているのも気になる。
さっきまでのしおらしい態度は何だったのか……、とは言えしつこく聞いたら怒られそうだから聞かない方が良いと思う。
「俺の足を堪能すんのは良いけどよ……痺れる前に早くどいてくれよ」
「え?あっ、そんなんじゃなくて、兎に角ごめんなさい直ぐどきますっ!」
確かに柔らかくて気持ち良かったけど堪能していない筈だ。
それよりも患者さんの様子が心配になる。
急いで立ち上がると立ち眩みがしてしまい尻もちをついてしまう。
「おぃ、おめぇ大丈夫か?」
「少し立ち眩みをしてしまっただけです……」
「ならいいけどよ……、無理だけはすんじゃねぇぞ?」
彼女からかけられる優しい言葉に思わず困惑してしまう。
そんな優しい言葉をかけてくれるような人ではなかった筈だが……違ったのだろうか?
ただ、今はそんなことよりも患者が無事に回復してくれているかどうかが大事だ。
「ダートさん、私が寝ている間に患者さんが起きる気配はありましたか?」
「あ?……いやそんな事無かったと思うぜ?」
どうやらまだ寝ているようで安心する。
ぼくが寝ている間に容態が急変していたら起こしてくれただろうし、そろそろ症状が安定して来ているだろう。
患者さんが寝ているなら今のうちに患者の状態を確認しに行こうか。
「なら様子を見に行ってきます」
「おぅ、またふらつくんじゃねぇぞ?」
「えぇ、気を付けますね」
彼女に見守られながら立ち上がりゆっくりと移動する。
診療所の中に入ると患者が放心した顔で座っていて困惑してしまう。
……起きてないって言ってた筈だからさっき起きたばかりなのかもしれない。
「せんせぇ…、俺の腕が片方無くなって……」
ぼくの顔を見てかうれた声で話し掛けてくる。
目を覚ましたら腕が無くなっているという恐怖は本人にしか分からない所があるだろう。
何せいつものように森を開拓しようとしたらモンスターに襲われて意識を失い、目が覚めたらあるべきものがないのだから怖くない訳が無い。
「でも…良かった、先生俺の腕生やしてくれよ…治癒術なら出来んだろ?」
「いいえ…残念ながら…失った物を戻す事は……」
確かにぼくの新術を使えば腕を生やして戻る事は出来るだろう。
けれどそれはぼくだから出来る事であって他の治癒術師が同じ事をしようとしてもそれは不可能だ。
この人はきっと、治癒術を万能な力だと勘違いしてしまっている。
「なっ!なんでだよ!」
「一度失ったものは、もう戻らないんです」
一般的な治癒術では失った物は何が合っても治せない。
ただ一般の人は治せると勘違いしてしまう人が多いからしょうがないのかもしれない。
「……先生……、もしかして俺が魔力を扱えないからってバカにしてんのかっ!?」
「いえ、そのような事は……」
「うるせぇ!出来ないなら俺を助けたりすんじゃねぇよ!!」
患者の気が動転しているのかだろう、立ち上がり大声で詰め寄って来たと思うと無事な方の腕で殴りかかって来る。
咄嗟に後ろに下がりこぶしを受け流そうとするがそうしてしまうと患者を転倒させてしまい怪我をさせてしまう危険性がある為、体で受け止める事にした。
殴られた体が勢いよく体が壁にぶつかり大きな音を出す。
「っ!」
「こんなんじゃこの村で生活なんて出来やしねぇ!俺の腕を返せっ!」
何度も何度もぼくの身体を殴り続ける。
暫くして気が済んだのだろうか……、ふらふらとした足取りで診療所を出てどこかへ行ってしまった。
彼がぼくを殴って気が収まるならそれでいい、それに患者の気持ちを考えるとこれくらいの痛みはしょうがないだろう。
「おぃっ!レースっ!どうした!?なにがあった!」
「いえ、問題ないので気にしないでください」
「今の音で何もないは嘘だろっ!ドアを開けろ!」
……どうやら心配させてしまったようで申し訳ない気持ちになる。
ドアを勢いよく叩きぼくの名前を呼ぶ、彼女が診療所に入って来れないように咄嗟に鍵を閉めて入って来れなくする。
これ以上この人に心配かけさせたくはない。。
これで今日は気を失うのは二度目か……、そう思いながら意識を手放した。