意識を無くしたダートを休ませる為にコルクの部屋を借りて寝かせる。
それにしてもどうしたんだろうか……あんなに普段は気丈な彼女が過呼吸を起こして意識を失うなんて思わなかった。
あの場面ではコルクに反撃して返り討ちにするものだと思っていたから想像と違って困惑してしまう。
もしかしたらこちらが気付いていなかっただけなのかもしれないけどそれならどうして気づけなかったのだろうか。
一緒に暮らしている以上気付けて当然だと思うんだけど……
「レース……いつまでダーの寝顔眺めてんだっ!寝かせたなら早く来なよっ!」
「え?あ……ごめん」
大きな声がして振り向くと機嫌を悪くしたコルクがぼくの事を睨みつけている。
確かにダートの事が気になって見つめていたけれど疚しい気持ちがあるわけでは無い。
むしろ自分自身が何故彼女の変化に気付けなかったのかと自問自答していただけだ。
「とりあえず話の続きするからさっきの部屋に来な……うちは先に戻るけど居なくなったからってやらしい事すんじゃないよ?」
「なっ!」
やらしい事なんてする訳がない。
そもそもダートとはそのような関係ではないしなる気もないんだ。
彼女は護衛でぼくは護衛対象、そんな二人がそのような関係に進展するわけがないし……そもそも生まれてこの方誰とも付き合った事が無いのにそんな事をする勇気があると思っているのか。
「思春期のガキがやらしい事って言われて何考えたんだろうねぇ」
「何考えたって……そんな言い方されたら勘違いしてもおかしくないと思うんだけど……」
「へ―……つまりダーの事をそういう気持ちで見てるって事だね?年下の少女に欲情する変態治癒術師さん?」
これは何を言ってももうそっち方面に弄られてしまって終わらない。
それにこういう時に突然ふざけて来るのは彼女の悪い癖で相手の精神を揺さぶるような事を態と言って相手を困らせたり焦らせて自分のペースに持って行こうとする悪癖がある。
この流れに乗せられてしまったら最後まで手玉に取られるだけだ。
「これ以上遊ばれたくなかったら一緒に来な」
そういうとぼくの手を掴んで強引に引っ張って行く。
部屋に戻る間に一緒に暮らしてるんだから寝顔の一つや二つ見ても減る物ではないのにと思うけど、今それを言ってしまうと確実にコルクのおもちゃにされるだけだ。
「もうあんたとやり合う気は無いから座りなよ」
「なら喉渇いたからお茶を貰っていいかな……ゆっくり話そう」
「あんたねぇっ!……今入れてくるから少し待ってなっ!」
ぼくはまた何かやってしまったのだろうか……ダートに自分の気持ちをしっかりと伝える練習しろと言われていたから今の気持ちを伝えたんだけど間違えて居たのかな?
もしかしたら伝え方が悪かった?……そんな事で悩んでいるとコルトがお茶を持ってきてぼくの前に置いた後に椅子に座る。
「まずは二つ聞きたいんだけど、A級冒険者があんたとこで助手をしている事の説明とうちを連れて行きたい理由を教えてくれないかい?」
「それは……」
コルクになら話しても良いだろう……素直に師匠からの依頼の内容とぼく宛の手紙の内容を伝える。
そして栄花騎士団が今回の開拓に同行する事になり村で唯一の治癒術師であるぼくに一緒に来て欲しいと相談を持ち掛けて来た事と……それに対してダートを一緒に連れて行く事でその要求をのんだ事を話した。
「それでどうしてうちが一緒に行く事になるんよ?」
「後一人枠が空いてるって言われたからだね」
「……それを説明してる時に言えやっ!ややこしいんだよ!」
テーブルを勢いよく叩いて怒りを露わにするコルクに困ってしまう。
ゆっくり話そうと言ったのはそっちなのに怒るのは違うのではないかな……
「……話は分かったけどそれよりもダーの問題の方が大きいと思わない?だって異世界人って事はこことは違う世界から飛ばされて来たって事やん?……嘘だと思いたいけどあの化物が嘘をつくとは思えないからほんとなんでしょうね……」
「師匠が言うならそうだろうね……それに私達の研究って事はマスカレイドも関わってるだろうし……」
「だよなぁ……あのじじいもいんよねぇ」
マスカレイド……コルクにじじいと呼ばれた人はぼくの師匠と同じ賢者の一人で魔術と科学を掛け合わせた魔科学という新しい技術を作り上げた偉人だ。
彼のおかげで世の中に魔導具等の便利な道具が生まれ様々な面で豊かになったけれど……ぼく達が知ってる彼は自分の為ならいかなる犠牲も問わない狂人でもある。
「その研究にダーが巻き込まれてこっちに来たんやろ?……それであんたに面倒見ろって無茶苦茶やん」
「まぁ……いつもの事だから」
「あんたねぇ……何の為にこの村にうちと一緒に移り住んだか忘れたん?」
忘れる訳がない……治癒術の禁忌を侵したのが一番の理由だけれどそれ以外にも師匠から自立したいという気持ちもあったのは確かだ。
あのまま師匠に助けて貰ってばかりだとぼく自身がダメになる気がしたからこの村に来たのに結局の所師匠の言う事を聞いてしまっている。
「って言っても今回ばかりはしゃーないわ……うちもこんなかわいい子が送られて来たら面倒見てまうもん……で?昨日はお楽しみでしたね?」
「コルク……?」
「昨日ダーに行ったんよ?今より仲良くなりたいなら入浴中の札を下げずに先にお風呂入って浴室パニックを起こして吊り橋効果で二人の仲がより親密にって」
札があったからそんな事は起きなかったけど……ダートがあの時先にお風呂に入っていたのはコルクのせいだったのか……本当にこの人は碌な事をしない。
それにこうやってふざけられては話が進まなくなる。
「今ふざけると話進まないから止めない?」
「んな言わんとしゃーないやん……あんたも知ってるやろ?うちは真面目な雰囲気を保つの苦手やってん…だからこの通り堪忍して~って思うんだけどダメ?ダメなら泣くよ?すぐ泣くよ?目薬持ってるから泣けるよ?」
「言葉遣いもそうやって態とおかしくするし目薬も使わないでください……コルクのそういう所は分かってるから後で存分にふざけていいよ……でもダートの話が進まなくなるから後少し我慢して欲しい」
コルクは目薬を店の中に投げると深呼吸して真面目な雰囲気でぼくの顔を見る。
良かったこれで会話が続けられそうだ。
「ダーの話に戻るなら伝えたい事があるんけどええか?女同士の秘密と前に言うたけど……あんたも知っといた方がええやろ」
「知っといた方がいい事?」
「あんたが今迄見て来たダーは魔術で上書きした作り物で……本物のダーはあのか弱い女の子やで?」
……ぼくが今迄見て来たダートが作り物と言われ頭が混乱してしまう。
コルクがその事を何故知っているのだろうか分からないけれど……どうして今伝えたのだろうか。
ただ確かにこれからも一緒にいる以上は彼女の事をもっと理解した方がいい。
先程のように取り乱した姿に指摘されるまで気づけないのは嫌だから……それに他人同士が一緒に暮らすという事は相手を理解しないとうまくいかないって事は師匠と一緒に居た時に嫌でも経験している。
コルクが今から教えてくれる事をしっかりと聞こうと彼女の眼を見て真剣に聞くように心の準備をする。
本当は本人から聞きたかったけど……今聞く事はぼくのうちに秘めてダートが改めて教えてくれるまでいつも通りに接してあげよう。