この前村に行ってから気付いたら三日程立っている。
あの日は家に帰ったら色々と疲れていたから適当にコーンスープに動物の乳とチーズを混ぜてパン入れた物を温めた物を出したけれどダート曰く【レースが今迄作って来た中で一番美味しい】と言われて普段手間をかけて作ってる料理がまずいと言われてる気がしたけどそれが顔に出ていたのか、いつも美味しいけどこれは特別美味しいって事と言い訳をされてしまって内心悲しくなってしまった。
「……今日もまた気付いたら明け方かぁ」
家からあんまり出ないとあっという間に日が暮れて、直ぐに朝が来るしそれに気づけないで徹夜をしてしまう時も多々ある。
特に新しい術を作ろうとしている時は気づいたら一週間が終わっていたりもしてその間に診療所に来た人達と何を話したのか、ご飯は何を食べたのか……しまいには今日一日ダートとどんな会話をしたのかすら曖昧になってしまう。
一度心配になって彼女に聞いた事あったけど、彼女曰く最初は心配になったけど慣れたらしい、他には口数が減るだけで普段も何も変わらないと言われはしたけどその間にご飯を作ってくれたりしてくれる人がいるありがたみを実感する……一人だとここまで集中する事が出来なかったから感謝してもしきれない、今度村に行くことがあったらダートが欲しい物を買ってあげたりして日頃の感謝を伝えてもいいかもしれない。
「とはいえダートが欲しい物か……」
そういえばここ三日彼女としっかりと会話をした記憶がない……それにダートにも定期的に村に出ろと言われるけど新しい術の開発が忙しくてそれどころじゃなかったりする。
彼女が冒険者を続ける以上はあの魔術を使うのを止める事は出来ない為ぼくも何らかの形で力になりたいと思っている……とは言ってもぼくは魔術に対する適正が無いので遠くからかっこよく魔術で相手を倒すとかは出来ないだろう。
ならどうすればいいのかというと、体内の血流の動きを操作して一時的に運動能力を上げる身体能力の強化を目的とした術の開発であるけれどそれをぼくに使う場合どうすればいいのかまだ試せていない。
昨日は薬草採取のついでにモンスターに試しに掛けてみたら予想通りの強化が出来たけど心臓が耐えきれなかったのだろう……徐々に動きが鈍って行き暫くしたら死んでしまった。
これをぼくに掛けるとしたら……治癒術を心臓に常に掛けた状態になるだろうから切れた後の負荷が高すぎるし実用的ではないと思うけど、もしかしたら強いモンスターの動きを狂わせて行動を阻害出来るかもとは思うけど実践する環境が無かった。
「レース……もしかしてまた寝てないの?」
隣から声が聞こえて思わず体が跳ね上がる。
何回かノックしてみて反応無かったら入って良いとは言ってはいるけど、気付かないうちに人が近くにいるというのは心臓に悪い。
「昨日も寝てないよね?……集中してる時はいつもこうだけど一体最近は何をしているの?」
ついこの前までは性格を魔術で変えていたけれど、家に帰ってからはそれを使わない状態で増えた気がする。
ダートが良いなら構わないど、ぼくとしては今迄見て来たのはあのきつい性格の彼女だった為違和感があるのはしょうがない……けどまぁこういう非日常も何れ慣れるだろう。
「ん?あぁ、そうだね今はこういう術の開発をしていて……」
昨日試した新術の実験内容を詳しく説明する。
最初は興味深そうに聞いていたけれど途中から呆れた顔に変わり、しまいにはこいつバカだなぁって顔に出して来た彼女を見てぼくが何か間違えているのか心配になる。
「どうして強化を図ろうとして心臓を破裂させて相手を倒す攻撃型の治癒術を生み出してるの?」
「それは……身体能力を上げて患者の元に早く到達して治癒術を直ぐ使えるようにしたかったんだけどその過程でたまたま生まれただけで」
「へぇ……色々と考えてるのね」
本当は君の変わりに少しでも戦えるようになりたいと言いたいけど、そんな事を言うのは何か照れ臭くて言えない。
「……それよりも動きが速くなるだけなら掛けられた側はいずれ動きになれてしまうし…レースは分からないと思うけど強いモンスターは心臓等の臓器も私達では想像も出来ない位に頑丈だからその術を使っても直ぐに適応してくると思う」
「……じゃあどうしたら良いかな?」
「えっとそうね……ちょっと待ってね?」
ダートが紙を手に取ると簡単な絵を3枚描いてくれた。
モンスターの絵とそれに対峙している人の絵だけれど、一枚目はモンスターの攻撃を避けていて、2枚目は攻撃を避けきれずに攻撃されていて……3枚目は攻撃をかわして攻撃をしようとして攻撃に当たっている。
これはいったい何なのだろうか……。
「えっとね?一枚目なんだけど、戦っていて相手の動きを見切ってかわしているとするでしょ?その最中で動きが急に変わったら私達もモンスターの動きを見切る事が出来なくて当たってしまうの……逆に遅くなっても感覚が合わせられなくて反撃の最中に攻撃が当たってしまう……それならどうすればいいと思う?」
「どうすればいいって……」
「それに相手はモンスターで過酷な自然の世界を生きる生物なの、戦いに関するセンスは私達よりも遥かに高いし、そういう術の影響による感覚の狂いにも直ぐに対応してくるから最初は良くても暫くしたら利用されて不利になってしまう」
成程……実際に戦っている側の意見を聞くのはこういう時凄い参考になる。
こういう事なら最初からダートに相談した方が良かったかもしれないけど……どうしてその発想に至らなかったんだろう。
それに師匠がいつも言っていたっけ……一人で考えてダメなら皆で考えれば良いって、どうして忘れていたのだろうか、取り合えず次からは分からなくなったら彼女に頼ろうかな。
「じゃあどうすればいいのって話になるんだけど、レースは治癒術師でしょ?あなた達治癒術師は観察眼に優れているからこそ出来る事があると思う。相手に近づいて接触さえ出来れば身体的特徴を治癒術で解析して見えた弱点を確実に攻撃出来るけど……戦いに秀でてるかどうかと言われたら対人間以外は精々冒険者でもC位よ」
「つまり……?」
「あなたはそこまで強くないんだからそうやって一人でやろうとせずに戦える私達に任せてしまえばいいの、それに私はレースの護衛なんだからあなたの事は私が守るし守らせて欲しい」
そんな君を無理させたくないからこうやって新術の開発をしていたのにそう言われたら何も出来ないじゃないか……。
そう思ったらどっと体が重くなり凄まじい眠気に襲われた……どうやら集中が切れてしまったらしい……意識が遠のいて行く。
「でも逆にこの新術で肉体全体の速度を上げるんじゃなくて、肉体の一部の動きを早くしたり遅くする事が出来たら相手の自爆を誘ったり出来るかも……って眠いならちゃんとベッドで寝なさいよ……」
「あぁ……ごめんそうする」
……何か重要な事を言っていた気がするけどぼくの頭に入って来ない……起きた時に覚えていたら聞けばいいか。
それにダートの口調が少しだけぼくの知っている彼女に近くなっている気がする……もしかしたら暗示で変えた性格が本来の性格にも影響をしているのかもしれない。
それもそうか……本来の性格に上書きしたら影響を受けるのは当然の事で使えば使う程彼女が彼女で無くなっていくのだろう。
本人は気付いていないのかもしれないけど早めに何とかしてあげたい。
そんな事を思いながら意識を落として行った。