目を覚ますと見知らぬ部屋に居た。
ここは何処だろうと思いながらベッドの近くにある小さな窓から外を見るけど、既に日が沈んでいて何も分からない。
私はいったい何処にいるんだろう?……いくら考えてもミュカレーと名乗った女の人と戦って以降の記憶が無い。
「……ここは何処なの?レースは何処……?」
思わず不安が言葉になって出るけど答えてくれる人はいない。
もしかしたら私が気を失っている間にミュカレーが戻って来て捕まったのかもしれない、そうならこの現状は詰みだ。
ここがマスカレイドがいる国であった場合、逃げ出す事すら不可能だと思う。
……私はもうレースに会えないのかな、もしそうなら私がこの世界にいる意味なんて無いと感じてしまう、コーちゃんやマローネさんという親しい友達がいるけど私の中ではレースの存在がそれ程までに大きくなっている。
……駄目だ、一人だとどんどん気持ちが変な方向に行く取り合えず部屋を出て様子を見なよう。
「……あれ?人の声がする」
ドアを開けようとすると聞きなれた声がする。
この声はレースとコーちゃんだ……、良かった掴まって連れていかれたわけじゃなかったんだ。
そう思ったら自然と涙が零れてしまう、もしかしたらもう二度と会えなくなってしまうのではと思っていたから不安で怖かった。
その気持ちが杞憂であった事が何よりも嬉しい。
「でも何を話しているのかな、暫く邪魔しないで聞いていようかな」
私がドアをゆっくりと開いて声の方向を確かめる為に部屋から顔を出すと、少し離れた所にレースの背中が見える。
そしてその向こう側にはコーちゃんがいるけど、レースと話しながら私の顔をじっと見ていた。
……どうやら気付かれてしまったみたいだ。
「うちにそんな早口で言われてもうちは職人じゃないからやめぇやっ!……取り合えず下の階を診療所を開設出来るように改築して上をレースとダーの愛の巣にするって事やろ?」
「愛の巣って……そんなわけじゃでも将来的には?」
コーちゃんが私にも聞こえるように声を大きくして話してくれている。
それにしても下を診療所にして上を私達の愛の巣にする?いったい何の話をしているのだろう。
それにレースも将来的にはって本当に何の話をしているの?。
「……見てるうちまで恥ずかしくなるからそういう顔する位なら反応するの止めてくれない?」
と言いながら私に指先で冒険者にしか分からないハンドサインをしてくれる。
『前方に注目』……つまりレースの話を良く聞いておけと言う事なのか。
いったいこれから何の話をするんだろう。
「ごめん……でもさ、ぼくはダートの事が好きだ。例え彼女が異世界の人だったとしても一緒に居たいと思うしダートがぼくの気持ちに応えてくれるならずっと傍に居て欲しい、この気持ちに嘘はないよ」
「……そういうのはうちじゃなくて本人に直接言うた方がええよ?」
あの……、私にその言葉が届いていますよ。
この人は私の事を受け入れてくれるんだと思うとそれだけで嬉しい気持ちになる。
レースがそう思ってくれているならその気持ちに応えたい、今すぐ彼の元に駆け寄って精一杯抱きしめられたいという気持ちが胸の中に溢れて行く。
でもこれはきっと、今は私に言っているんじゃないただ自分の気持ちを彼がコーちゃんに伝えているだけだからそんな事をしてしまったら彼の気持ちを傷つけてしまう気がする。
「それはそうだけど、ダートの前で言えるのか分からない」
「このヘタレが、まぁ……そこんとこはジラルドから逃げ続けていたうちが強くは言える事じゃないけどあんたらにはあんたらのペースがあるんやからゆっくりやればええよ。何かあったらうちとジラルドが力貸したるから安心しぃ?」
「……ありがとう」
コーちゃんの言うとおり、私達には私達のペースがあるから彼が気持ちを伝えてくれる日をゆっくりと待とう。
私の気持ちは彼と一緒に居たいって言う気持ちで固まっている。
後はレ―スがゆっくりと勇気を出してくれればいい。
そんな事を思いながら更に聞こうと思っていると、コーちゃんからのハンドサインで『後方待機』と指示が出る。
部屋に戻れって事だろうから一旦戻ってベッドに横になってようかな。
「……それにしても、今迄自分の気持ちをはっきりと言おうとしなかったレースが、ここまでちゃんと人に意志を伝える何て何があったんだろう」
多分ジラルドさん達と話している時に何かがあったんだろうけど、レースが話してくれるまでは聞かないでおこう。
そんな事を思いながらベッドに横になって色んな事を考える。
これからこの家に住むという事なのだろうけどそうしたら前の家はどうなるのだろうか、そもそもどうして引っ越す事になったんだろうかと思うけど、ミュカレーが起こした魔術による暴風で窓が割れていたのを思い出した。
多分家の中もそのせいで色々と悲惨な事になってしまい、人が暮らせる状態では無くなってしまったのかもしれない。
……もしそうなら私はレースと二人きりで居られる事が出来るあの家が好きだったから、それに一緒におはようって挨拶が出来て、いただきますやごちそうさまも言えて、ただいまとおかえりが言える環境がとても素敵だったから悲しくなる。
「ダー?入るよー?」
そんな事を考えて気持ちが沈んで来ていた所にコーちゃんが入って来る。
私がベッドに横になっているのを見ると困った子を見るような顔をして近づいて来て部屋に置いてある椅子に腰かけた。
「さっきの色々と聞いたと思うけど、これからダーとレースはこの家に住む事になる事になったんよ」
「それは分かったんだけど……前の家はどうなったの?」
「あのミュカレーっちゅう奴のせいでボロボロにされてもうてなぁ、最初は家を職人さんに直して貰う予定やったんやけど、マローネさんに相談しに行ったらこの家を紹介されてな?更にあの人から修理にお金を使う位なら新しい家を買ってどうだと提案されて住む事になったんよ」
私の予想通りだったけど、マローネさんからの提案だったのかと思うとあの人ならいいそう。
たまに私達の家に遊びに来たり診療所に用事があって来る時に距離が遠くて辛いと言っていたから、町の中に移転して欲しかったのかもしれない。
それにその方が行きたくても遠くて行けないという人達も来れるようになるからお金が今迄以上に入るようになる。
あの人の事だから、そうやって私達の収入が増えれば結果的に服屋が儲かるだろうしそれに家の改築を考えると職人さん等にもお金が入るようになって町の経済が回るとか考えてそうだなぁ。
……マローネさんってこの町が出来た時からいるらしくて長くいるせいで気付いたら皆の顔役になってたと以前話してたのを覚えてるけど、領主や町長が考えるような事をこうやってやったりしてるのを見ると本当にただの服屋の店主なんだろうかと疑問に思う時があったりする。
「流れは分かったんだけど、こういう家って買うと凄い高いでしょ?……お金とか大丈夫だったの?」
「それなら白金貨一枚という格安で購入したから大丈夫やねぇ……、ただ改築する費用を入れると最終的には白金貨十枚程になるだろうけど、診療所が開設したら直ぐに取り戻せるんやないかなぁ」
「……家の金庫に十五枚あるから大丈夫かなぁ」
お金の問題はなさそうで安心したけど、後は引っ越しの準備になるけど必要な物は空間収納に入れて運べば大丈夫かな。
「まぁ、後の事はレースと話しながら決めて行けばええよ」
「うん、そうするね?ありがとうコーちゃん」
「ええんよー、取り合えずあいつが帰ってくるまで適当にお喋りしよーって事で聞いて欲しい事があるんやけどね?ジラルドの奴がさぁ――」
……前の家の方が良かったと思いはしたけど、もしかしたらこの家の方が良いかもしれない。
だって良く考えたらコーちゃんやマローネさんの所に遊びに行ったり出来るし、相談したい事があったら直ぐに二人に頼る事が出来る。
レースに出会ってから変化してばかりの私の世界がまた一つ広がった気がした。
そして考えても意味は無いって分かっていても叶うなら一度で良いから元の世界に戻って両親に彼を紹介したいなと思ってしまう。
……もしかしたらの話だけど、マスカレイドに会う事が出来たら彼ならそれが出来そうな気がしてもしかしたらレースと一緒に帰れるんじゃないかと心が揺れている私がいた。
もしそうなったら二度とコーちゃん達に会えなくなるかもしれない、この世界か元の世界どちらかを選ぶとしたら私はどうしたら良いんだろうね。