寮へ行くと下の交流スペースでミルクティーを飲んでいるアキラさんが居た。
彼はぼくを見ると、テーブルに置かれているのとは別のティーポットを懐から取り出して新しく紅茶を淹れてくれると椅子に座るように促してくる。
「何やら急いでいるようだが、一度紅茶でも飲んで落ち着け」
「それどころじゃ……」
「いいから飲め、昨今の貴様は良い方向には変わって行っているが、たまに余裕が無くなる時があるからな、今みたいに自分の考えを相手に伝えたい時は一度間をおいてから話す癖を付けなければ言いたい事も伝わらなくなるぞ」
「……はい」
椅子に座ると言われた通りに口にいれると、すっきりとした味にレモンのような香りがして、何となく気持ちが落ち着きそうな気がする。
もしかしたらアキラさんは、ぼくの状況に合わせて気持ちを落ち着かせる効果のある紅茶を淹れてくれたのかもしれない。
「落ち着いたか?」
「はい……、ありがとうございます」
「なら何があったか話して見ろ、貴様がそこまで余裕を無くしているという事は余程の事なのだろう?」
「実は……」
アキラさんにジラルドの手紙の事と、カエデに他言無用と言われていた事を伝えた後に、彼に明日直ぐにトレーディアスに行く事を伝えると険しい顔をしてしまう。
「姫に他言無用と言われた事を私に話した事は聞かなかった事にしておくが、今回は私が行かない方がいいだろう」
「えっ?出来れば一緒に来て欲しかったんだけど……」
「行きたい気持ちはあるのだが、私の能力はジラルドとコルクを助ける事に向いていない」
「それでもジラルド達を助けるってなると、もしかしたら戦わなければ行けなくなるかもしれないから、アキラさんがいてくれた方が……」
断られてしまったけどアキラさんには来て欲しいと思う。
今でなら分かるけど、喧嘩する程に仲が良い二人だから内心は凄い心配な筈だ。
「戦闘になったとしても貴様はもう充分に戦えるだろう?」
「……アキラさんはジラルドの事が心配じゃないの?」
「心配に決まっているだろう?、だがな私は戦いにおいては刀を使う戦士ではあるが能力面では氷の魔術を使った広範囲殲滅に特化しているからな、大人数での行動には不向きなのもある……それに」
「それに……?」
「戦闘になった場合、救出対象のジラルド達を巻き込む恐れがある戦力を同行させるのはリスクが大き過ぎる……、だから私は同行が出来ない」
本当は今にでも飛んでいきたいという気持ちが伝わって来た。
もしかしたら、仲が良かったように見えて実はジラルドの事なんてどうでも良いと思ってるんじゃないかと疑ってしまったのを反省する。
少しでもアキラさんの気持ちを考えたらそんな事が無いって直ぐに分かる筈なのに……
「故にアンかヒジリのどちらかを同行させるべきだと思うが、前者の場合アンなら救出に向いていると思うが、ポルトゥスの事を考えると目立ちすぎるだろう……」
「なら消去法でヒジリさん?」
「そうなるな、後で私から声を掛けておくから明日合流すればいい」
「お願いしますっ!」
ヒジリが付いて来てくれる事になったけど、正直ぼくは彼女の事が分からないから大丈夫なのか心配になる。
とは言え消去法でもアキラさんが、任せられると思った人だから大丈夫だと信じよう。
「後は……、トレーディアスには現在二名の栄花騎士団最高幹部が、指名手配中の元Aランク冒険者が潜伏している可能性があるとの事で、捜索の為に滞在しているから必要あればヒジリを経由して彼等の助力を得た方がいいだろう」
「もしもの時はそうするよ、一応助けてくれるかもしれない人達の名前と特徴を聞いてもいいかな」
「そうだな、名前はソラとラン、二人は猫の獣人族で兄妹だ、兄の方はエメラルドグリーンの髪を持った青年で、妹の方は青白い特徴的な髪色をしているから兄の方は兎も角、妹の方は直ぐに分かるだろう……、まぁどちらも癖が強いがな」
「成程……、なら会う時はランさんを目印にして見ます」
「後はそうだな……、トレーディアスの首都には私の妹が滞在していてな、ミコトと言う名なのだが、あちらに着いたら教会を訪ねてこれを渡せばきっと力になってくれるだろう」
アキラさんはそう言いながら手紙を書くと、懐から純白の羽を象って作られたブローチを取り出して渡してくれる。
「アキラさん、手紙は分かるけどこのブローチは……?」
「私がアンと結婚した時に祝いにくれた特注のブローチで、妹の手によって特殊な術が込められているからな、これを持って行けば問題なくミコトに会えるはずだ……、貴様を信じて預ける以上無くさないようにな?」
「はい、何から何までありがとうございます」
「同行出来ない以上は出来る限りのサポートはするのは当然だ……、ジラルドの事任せたぞ」
「必ずジラルドとコルクを助けて、この町に帰ってくるね」
……椅子から立ち上がり玄関から診療所の物置部屋に戻ろうとすると、「この後特にやる事が無いなら、明日に備えて休んでおけ」とアキラさんが声を掛けてくれる。
ぼくは頭を下げて感謝の意を示すと診療所に戻ると、ダートやカエデはどうやら上の居住スペースにいるようで何やら話している声がする。
二人にアキラさんと話した事を伝えようと一階から二階へ上がるとそこには満面の笑みでダリアを抱えている師匠の姿があった。