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第8話 拳狼

 訓練所に入ると心器の手甲剣を両腕に顕現させたクロウと訓練用の木槍を手に取って軽く振って感覚を確かめているヒジリの姿があった。


「君は心器を使わないのか?」

「あなた程度の人に使う程あたしの心器は安くないのー、ごめんねー?」


 彼女は挑発するように言うと、相手を馬鹿にするような笑みを浮かべてクロウを見る。

その姿を見た彼は武器を構えると獣のような唸り声をあげなら脚を狼の脚に変えて姿勢を低くする。


「冒険者を馬鹿にした態度が気に入らないな……」

「だって本当の事じゃない?、それとも図星を指されて頭に血が昇っちゃったぁ?かわいそー」

「……その余裕が何処まで持つか見させて貰おうっ!」


 狼の脚が持つ強靭なバネを使い勢いよくヒジリに走って行く。

真っすぐに向かうと思っていたけど、時折左右にも移動しながら彼女に近づいて行くが……


「……ヒジリちゃんのペースに呑まれてますね、あれだと当たりませんよ」

「当たらないってカエデちゃん、クロウさん凄い速さだけど」

「あの人の速さに追いつける人はいませんよ、だってヒジリちゃんは……」


 カエデが意味ありげに間を置くと、眼を細める。

そして彼女が口を開くと同時にクロウがヒジリに向かって心器をヒジリの胸部へと突き出した。


「……栄花騎士団の中で最速の誇る戦士ですから」


ぼく達の前からヒジリの姿が消える。

いや、これは消えたんじゃない、ぼく達の目で追えない程の速度で移動したんだ。

現に彼女がいた場所から少しだけ遅れて衝撃が訓練所の入り口付近で待機しているぼく達の場所に届いた。

いったい、何をすれば人体でそれ程の速度が出せるのか分からない。

生身の人体が耐える事が出来る衝撃を越えている筈だからこそ、この速度が以下に異常なのかが良く分かる。


「……き、消えたっ!?」

「消えてないよー?、ただあたしは歩いただけ―、クロウくんが遅いんだよ?」

「この俺が遅い……?」

「遅い遅いっ!だって、慣れない武器を持ってるおかげで動きが単調でだっさいもん、クロウくんさぁ、拳狼って名前なのに手甲剣何て選んじゃうってもしかして頭足りないのー?」

「何処まで君は人を侮辱する気だっ!」


 確かに心器を使えるようになるまで彼は武器を使っていなかった筈だ、そう思うと確かに動きが以前よりも悪くなった気がする。

以前アキラさんと、クロウ達が戦った時は拳と脚を使った徒手空拳の使い手だった筈だ。

でも、手甲剣を選ぶ?心器は形を選ぶ事が出来るのだろうか。


「カエデちょっといいかな……、心器って選べるの?」

「心器はその人の心象風景の具現化なので基本的にその人が使い慣れている武器等が、権限されやすいんですけど、分かりやすい例だとマスカレイドみたいに工房を顕現させたり、私みたいにガラスペン出したり、獣人族の場合は心の中の獣を表に出すとかがありますね、特に後者の場合は獲物を捕らえるというらしいですが……」

「……つまりケイスニルみたいになるって事?」

「あぁ、三カ月前に交戦した指名手配の元Aランク冒険者ですよね、彼の心器が良い例だと思います……、獅子の獣人の筈なのに蝙蝠の羽と蠍の尾、お伽噺に出てくるマンティコアの姿そのままだった筈なので、きっと心の中の獣、面倒なので区別する為に内なる獣と言いますがそれが、怪物の姿だったんだと思います」

「という事はカエデちゃん、クロウさんも内なる獣を表に出す事が出来たら……?」


 ぼく達がこうやって話してる最中も、クロウが必死に手甲剣を突き出したり、横薙ぎにしているけどその度にヒジリの姿がブレたり消えたりして当たる事は無い。

それどころか……


「まるでワンチャンのお遊戯だねー、狼の獣人じゃなくて、わんこの獣人ってなのれば?、ほら、クロウちゃんっ!お座りっ!」

「……がっ!」


 クロウの攻撃を躱すと木槍で彼の首に叩きつけると、そこから身体の力が抜けたかのように倒れてしまう。

武器も衝撃に耐えられなかったのだろう……、当たった所から折れて壊れてしまった。


「出来なくは無いですが、心器の形を変える事は容易ではありません……、ですが彼の場合はそれ以上に身体の一部を獣化していないのが問題かと」

「そういえばクロウさんが全身獣化した姿を見た事無いかも……」

「確かにって、クロウの様子がおかしい……」

「えっ……!?」


……倒れ込んだクロウから獣が唸るような声がすると、両腕にある心器の姿が消えて全身が茶色い体毛に包まれて行き、顔が狼に変化して行く。

四肢が柔軟な獣の脚になり、その姿はまるで自然の中で生まれた生粋の狩人であることを感じさえる。

姿が完全な獣になると、口に手甲剣の刃が咥えられ、尾の先端にも括り付けるような形で再び顕現した。

その姿はまるで【拳狼】では無く、【剣狼】と言うのにふさわしく、感じる強さは今迄感じていたものとは比べ物にならない。

ヒジリもそれを感じ取ったのか、折れた木槍を投げ捨てると心器の槍を出して肩に担ぐと『あっちゃー……、やり過ぎちゃったかもこれ完全に意識失って暴走してんじゃん、後でクロウくんにちゃんと謝っとこ』と言いながら、遠吠えを上げて飛び掛かるクロウを迎え撃つのだった。


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