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第12話 教皇

 まるでこの世の者とは思えない美しい姿に思わず呼吸が止まりそうになる。

背中に鳥類の羽がある人種、今や見る事すら稀と言われるその姿は紛れもなくお伽噺にて語られる、天族そのものだ。


「どうしたのですか?、いつまでも扉の前で立っていると折角入れた紅茶が冷めてしまいます、背負っている方はそちらのソファに寝かせて良いので遠慮せずにどうぞお座りください」

「あ、ごめんなさい、レース、カエデちゃん、早く座ろう?」

「そ、そうだね」

「はい……」


 クロウをソファに寝かせた後にぼく達が椅子に座ったのを見てから、どうやったのか背中の翼が初めから存在してなかったかのように消すと彼女も座って紅茶を口に入れる。


「この通り毒は入ってないので安心してくださいね」

「ミコト様っ!毒なんてそんなっ!」



 カエデが立ち上がると焦ったように頭を下げる。

別に毒が入ってるか何て気にしてないのに、いったいどうしたというのだろう……。



「あれ?、そちらの方は何か不思議な顔をしてますね」

「不思議なって……、いきなり毒がどうのって言いだしたからどうしたのかなって思っただけです」

「あぁ、知らないのですね、ある程度の権力を持つ者がお客人を迎える時は、こうやって自ら持て成すのです、そしてまず初めに口を付けて安全である事を証明する義務があります」

「……そうなんですね」

「でもまぁ、毒何て入れる事なんて無いんですけどね、正直めんどくさい風習過ぎて早く廃れないかなぁって思うんだけどねぇ、堅苦しいのとか嫌いなのになぁって」



 急に砕けた口調になったから思わず彼女の顔を見てしまう。

最初の清楚な雰囲気はいったい何処に行ってしまったのだろうか……



「あぁ、後様なんて、そんな畏まらなくていいよ?出来ればミコトって呼んで欲しいなって」

「そんなSランク冒険者である、【教皇】ミコト様をそのまま呼び捨てにするなんてっ!」

「……ダメ?」

「えっと……、私にも栄花騎士団副団長と言う立場がですね」

「へぇ、副団長さんなんだぁ……?、でもさぁここは栄花じゃないんだから砕けちゃって良いんじゃない?、ちゃんとした公の場でしっかりとすればいいじゃん」


 初対面の印象がここまで凄い勢いで崩れる何て珍しい、それにしてもこの人がアキラさんの妹か、いったいどんな人なんだろうか。



「あぁそういえばまだ自己紹介がまだだったね、私はミコト、自由に生きてたら何時の間にか教会に匿われて、勝手に象徴的な存在にされて迷惑している天族の女の子よ、よろしくね、で?あなた達は?」

「あ、あの私はカエデと申します」

「ダートです、宜しくお願い致します」

「レースです、メセリーで個人で治癒術師をしています」

「……あぁ、あなたがレースなんだ、昨日兄貴から聞いたから知ってるよ?」



 アキラさんから聞いてる?しかも昨日?、いつ連絡したんだろうか。

いや待てよ、妹って言う事はアキラさんも天族なのかも知れないけど、どうして黙っていたのか気になってしまう、言えない理由があるのだろうか。

……って、良く考えると初対面の時に氷の翼を生やしていた記憶があるから、そもそもあの人隠してすらなかった。



「アキラさんからってどうやって連絡取ったのかな」

「……あれ、聞いて無い?私達天族は血族同士だと、どんなに距離が離れていても話したい時に話せるんだよね」

「なるほど……、カエデはアキラさんが天族だって事知ってたの?」

「はい、というよりも天族自体は実際何処にでもいるので知ってる者かと思ってましたが……」

「いや、知らないけど……、ダートは知ってる?」

「んー、私も知らないかな」



 天族がどこにでもいるって何を言っているのだろうか……、ぼくが今迄生きて来た中で知ってるのはアキラさんとミコトさんの二人だけだ。



「いやカエデっち、これが普通の反応だよ、私達は確かに何処にでもいるけど純血の天族は羽を隠しているし、殆んどは人族と血が混ざりあって自分がそれであった事すら知らない人が多いし、栄花が特殊なんだよね、あそこはほら天族や魔族が普通にいるじゃない」

「そっか、他所の国だと知らない事が普通なんだって、カエデっち!?」

「うん、あなたはカエデっちで、そっちはダートっち、そして君はレースくん」

「ダ、ダートっち……」

「そだよ?……でね、兄貴からジラルドくんと、元Aランク冒険者のスイちゃんを探して見つけたら教えて欲しいって言われたんだけどぉ」



 勿体ぶるような仕草をしながら紅茶を口に運んで一息に飲むと、テーブルに置いてあるポットを手に取りカップに紅茶を注ぐ。

ぼく達にも『おかわりはいかが?』と聞いてくるけど、まだ残っているから断る。



「ジラルドくんはこっちで保護してるんだよねぇ……、先月位かなぁ重傷を負った彼がここに逃げ込んで来てさぁ、教会内で騒ぎになったんだけどさ」

「え?ジラルドさんがここにいるの?」

「いるにはいるんだけどぉ……」


 ダートの問いに何とも歯切れが悪い反応をするけど、もしかして彼に何かあったのだろうか……。


「あなた達に手紙を送った後に昏睡状態になっちゃって、ずっと寝てるんだよねぇ……、昨日兄貴に言われたから私の部屋に移動させて様子見てるけど全然起きる気配もないし……、気になって今日私の術で見てみたらさ」

「……見てみたら?」

「特殊な術で意識を夢の中に落とし込んでずっと修行してるみたいなんだよね……、条件はあなた達が来たら眼を覚ますんだってさぁ、迷惑過ぎない?」

「それは何ていうか……」


 本当に迷惑過ぎるけど、安全な場所に逃げるのは必要な事だと思うからジラルドに関してはしょうがないと考えるしかないか……、でも彼が無事みたいで良かった。

何かあったらコルクが悲しむから、そんな姿をぼくは彼女に見せたくない。


「まぁ、私の奇跡を使えばいつでも起こせはするんだけど理由を知った以上はそのままにしといた方がいいじゃん?だからそのままにしといたのよ」

「……なるほど、ところで奇跡って?」


 この人も奇跡と呼ぶのか、教会に所属している人達はそんな人ばかりな気がする。

ちゃんと治癒術という名前があるのだからそう呼べばいいのに……


「うん奇跡、皆が言う治癒術とは別でね……、私は死んだ人に他の人の命を使って蘇らせる事が出来るし、肉体が欠損したら元に戻す事が出来るの、まぁこれは私特有の能力なんだけどさ、詳しくは次に会う時が来たら教えてあげるよ」

「カエデ、これって本当なの……?」

「はい……、それ故に幽閉されてしまい、奇跡を起こす女神として教会の象徴にさせられてしまったのです」

「あ、レースくん信じてないなぁ!?まぁいいけどさ、出ようと思えば実はいつでも出れるんだけど、喧嘩は好きじゃないからこうやって大人しくしてるのよ」


 悪戯な笑みを浮かべたミコトは手元に魔力で作られた光の玉を作ると、握るようにして消してしまう。

……魔術を学んだから分かるけど恐ろしい程の魔力の圧縮だ……、不用意に触れたらその瞬間に飲み込まれてしまうそんな恐怖を感じる。


「って事で迷惑だからさっさと連れて行ってくれない?その間にこの人の治療しとくから」

「あ、はいっ!レース、カエデちゃん、ジラルドさんのとこに行こ?」

「そうですね、レースさん行きましょうか」

「あぁ、うん……」

「彼は私の後ろの部屋にいるからね」


……立ち上がるとダートがぼくの手を握ってくれる。

身体が恐怖で震えている事に気付いて気を使ってくれたのかもしれない。

彼女の手の感覚で気持ちを落ち着かせながらミコトさんの後ろの部屋の扉を開くと確かにジラルドの姿があった。

ぼく達は彼の元に近づいて行くと扉が閉じるのと同時に彼女が囁く声で『ルディが拾ったあの子、父親の若い頃に雰囲気似て来たじゃん』という言葉に思わず振り向いてしまうが、その時には既に姿が見えなくなっていたのだった。

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