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第10話 この国の在り方

 それにしても着替えが遅いなと思っていると、遠くから先程帰って来たと王城内で聞こえた、覇王ヴォルフガング・ストラフィリア……、ぼくの本当の父親が歩いてくる。

いったい何があったのだろうかと彼の方を見ると着ている服の所々に血が滲んでいた。

自身の血かそれとも返り血か分からないけれど、戦場から帰って来たかのように見えるその姿は表情は獲物を狙う野生の肉食獣のようだ。


「……お前ヴィーニを見なかったか?」

「見てないけど?」

「見てないだと?、あの馬鹿者は何処に行ったというんだ」

「ぼくは彼に近づきたくないので分からないよ、それに会議中だった筈なのにどうしてここに?それにその姿はどうしたの?」

「公には言えない事が起きから俺だけ急いで帰って来た、迎えを待つ時間が惜しかったのでな俺の魔術で作った雪狼に乗り急いで戻ろうとしたのはいいが、まさか自国の民に剣を向けられて逃げる事になるとはな」


 つまり何かが起きて急いで帰って来たけど、国民に剣を向けられてダート達より後に戻って来たのに彼女達が来るよりも早く王城に帰って来たという事か……。

そんな事が可能なのかと思いはしたけど王家が栄花に行く時は、何処にあるのか分からないけど現覇王と王位継承権を持つヴィーニ、そして覇王近衛騎士と言われる精鋭しか知らない、王族の隠れ家にあるという専用の扉から行くらしいから、そこからなら王城に早く着くのかもしれない。


「俺はヴィーニを捜しに行く、もし見かける事があったら直ぐに騎士に報告せよ」

「……わかった」


 ぼくにそう言うと護衛を付けずに一人で何処かへ行ってしまう。

この国の王が襲われたとなったら騒ぎになると思うんだけど、どうして王城内の雰囲気が落ち着いているんだろうか。


「……部屋の中まで聞こえてたけど、まさか父様が襲われる何て思わなかったわね」


 着替え終わったミュラッカが白と紫を組み合わせたドレスの上に上半身を守る白いの鎧と、両腕に同じ色の籠手を着けた姿で部屋から出て来り。

確か鎧ドレスと言う名前らしいけど、王女であれど守られる弱い存在ではなく自ら戦う事が出来るという、ストラフィリアの王女として力を示す為の衣装らしい。


「聞いてたなら出てくれば良かったのに」

「出て行っても今の私には何も出来ないわ……、それに近いうちに死んでしまう人の前で平静を装える自信が無いもの、しかもその場に立ち会って覇王を継承しようとしている何て知られたくないじゃない」


 ミュラッカからしたらそうかもしれないけど、個人的には一緒にヴォルフガングと話して欲しかった。

あの人はぼくを見る度に何故か懐かしい顔をするけど、何処か辛そうな眼をするから出来れば話したくはなかったりする。

この一ヶ月の間で何度か話す事があったから人となりはある程度分かりはしたけど、ぼくに対してどう接すればいいのか分からないという気持ちがあるのは理解出来たし、ぼくも同じ気持ちだから距離感が縮まる事も無い関係が続いていたから、二人きりとなるとどうしても気まずいんだ。


「兄様って本当に顔に感情が出るわよね、何を考えてるのか分かりやすくて逆に困るけど、そういう所が父様にそっくりで嫌いじゃないわ」

「……え?」

「とりあえず最初にどうして周りがいつも通りなのか気になっているみたいだけど、それは父様なら直ぐに解決してくれるだろうという、貴族と騎士の信頼から来るものでしょうね」

「それでも少しは心配したりするものじゃ?」

「ストラフィリアの人間は、国の隅々に至るまで父様の強さを知っているから誰もしないわよ」


 この国は強さが全てと言うのは知ってはいたけど、それって強くなればなるほど孤独になるという事な気がする。

あの人は誰にも頼る事が出来ず、そして誰にも助けて貰う事も無く一人で戦うしかないのかと思うと悲しい気持ちになりそうだ。


「でもこの雰囲気で王城内を回るのは無理そうだから私の部屋で話しましょう?」

「そうしようか、通路で話すような事ではないと思う」


 ミュラッカが私室への扉を開けて部屋に入って行くのに続いて一緒に入ると、中に設置されているテーブルの周りに置かれている椅子に対面になるように座る。


「……これは栄花騎士団の副団長さんとダート義姉様が来た時にも話すんだけど、私が覇王になったらそういう風習を変えたいと思っているの」

「どうやって変えるの?さっきの王城内の雰囲気を見ると難しいと思うけど」

「それは……、最初は父様と同じ力を示して従わせる事になると思うけど、そこから徐々に変えていければいいと思ってるわ、まずは私から助けを必要とする国民達に手を差し伸べるの、この国は個人の武力や財力又は生産力とかって言うように何らかの力が無いと生きる事が難しいじゃない?、だからそういう力を持ってない人達を支援して生きられる力を付けてあげればもっと良くなると思うの、これは若い頃の父様がやろうとして出来なかった事でもあるから意志を継ぎたいというのもあるわ」

「……良いと思うよ」

「ならそう言ってくれると思っていたわ、だから私はまずはそれを成す為の力を得る為に覇王になるの、そうすれば兄様も自由になれるし、私も目標に近づく事が出来る」


……正直言ってその言葉を聞いた時、『理想ばかりの綺麗事なら誰でも言えるよ』と言いたくなったけど我慢した。

何故なら一生懸命自分の国を良くしようとしている妹の気持ちを踏みにじり傷つけてしまうような気がしたからだけど、もし本当に出来たなら確かに良い国になると思う。

ぼくが知る限りでも、ミュラッカはそれが出来る程の武力と財力を既に持っている人物だと思うからそこに【権力】が入れば必ず実行は出来るだろうと感じるけど、どうしてぼく達の父親が若い頃にやろうとして出来なかったのか、その理由を知らなければ、彼と同じ事を繰り返す気がする。

そんな事を思いながら適当に相槌をしながら暫く妹の話を聞いている最中に扉をノックする音がした。

誰か来たのかもしれないと思っていると、扉の向こう側から『失礼致しますっ!カエデ様及びダート様と言う、ミュラッカ第一王女様がお呼びしたというお客様をお連れ致しました』と言う声が聞こえたのだった。

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