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第22話 ぼくがぼくであってぼくじゃない

 簡単な朝食を作って食べた後に、二人に書き置きを残して四人で屋敷から出て村の中を歩いているけど何だろう。

村人の顔に余裕が無いというか酷くやせ細っていて中には木の皮を齧っている人もいる……。


「カエデちゃんこれって……」

「えぇ酷いですね、ここの領主の性格が村の人達から伝わります」

「何ていうか酷いね」


 ぼく達の姿を見た村人が何か物欲しそうな顔をしているのを見ると何か渡した方が良いのかなって思ってしまうけど……、ぼくの気持ちを察したのかトキがこっちを見て口を開く。


「あんた、こいつらに何か渡そうと思ってるなら止めなよ?この国では強く無ければ奪われるんだ、つまりこの国で生きる能力がなかったっていうだけなんだよ」

「でも……、それをミュラッカが何とかしようと」

「なら今すぐこの状況を変える事が出来るって言うのかい?、あの綺麗事を口にする王女様が本当に覇王になって変える事が出来るならそれは大変良い事だと思うけど、行動を起こすまではこうやって苦しむ犠牲者が出るんだ、悪いけどこれが現実なんだよ」

「……そっか」


 馬車の中でトキがこの国出身で、山の中に住んでいるドワーフという珍しい種族である事を聞いてはいるから、彼女なりにミュラッカの考えに思う事があるのかもしれない。

でもそれが例え綺麗事だったとしても、現状を変えようという思いは大事な事だと思うし。彼女が覇王になったら必ず達成するとぼくは信じている。

まだ妹と出会って一ヶ月位の関係ではあるけど、兄であるぼくが信じてあげなくて誰がこの国で彼女を信じてあげるというのか。


「レースさん、一応これから死絶傭兵団に会う訳なのですが一つだけ約束して欲しい事が……」

「約束して欲しい事?」

「はい、戦闘になった場合心器の能力である【空間移動】だけは絶対に使わないでください……、そしてあなたがあちらで聞いた事、見た事をこちら側でカーティスに、いえ私達には絶対言わないでください」

「使わないのは分かったけど……、あちら側の事を言わないでってどうしてなのかな」

「栄花でキリサキ家の者しか閲覧する事を許されない特別な資料室があるのですが、話してしまったら聞いた人物がその瞬間にあちら側へ引っ張られてしまうそうです、つまり異世界から転移して来たダートお姉様が引き込まれて異世界転移者だと何者かにバレてしまった場合何が起きるか私には分からないので……」


 眼を覚まして少しずつあの空間での記憶を思い出せるようになっては来たけど、確かにあの人はぼくに『あなたの周りに異世界から来た人や転生者はいますか?』と言っていた記憶がある。

更にはぼくの心を読んで既にダートが異世界から来た女性だという事がバレてしまっているけど……、これをどう伝えればいいのか。


「でも……、その事なら」

「レースさん、言いましたよね?言わないでください」

「……わかった」

「レース大丈夫だよ?例え何があったとしてもあなたの事は、この未来のお嫁さんである私がちゃんと守るから」


 ダートが笑顔でそう言ってくれるけど大事な人を守りたいのはぼくも同じで……、近いうちに迎えを寄越す的な事を言っていた筈だから、その時までに何とかしないとダートがどうなるのか分からない。

もし探している能力を持っていたら確実に引き込まれてしまうのかもしれないと思うと不安になる。

それにあの人なら目的の為なら何でもすると思うし、ぼくもその時は協力するだろう……、あれ?何で協力するんだ?ぼくがダートを守らなければいけないのに……


「あんた……、ボケーッとしてどうしたんだい?」

「あ、いや何でもないよ」

「そっか……、姫ちゃんちょっと用事を思い出したから一緒に来て貰っていいかい?」

「え?このタイミングで用事ですか?」

「昨日の夜話してくれた事に関して確認したい事があるんだよね」


 昨日の夜の事?もしかしてあちら側にいた時に、大事な話をしていたのだろうか……。

もしそうだったらぼくも知っておいた方がいい気がする。


「……そういう事ならしょうがないですね、直ぐに合流出来ると思うのでレースさん達は先に死絶傭兵団の方々に接触しておいてください」

「悪いね二人共、ちょっとだけ離れるよ」


 カエデとトキの二人が何処かへ歩いて行ってしまうけど、どうやらぼくに聞かれたくないのかもしれない。

しょうがないから目的の場所に先に行こう。


「うん、じゃあレース先に行ってよっか」

「え?あ、うん」

「……ん?どうしたのぼーっとしちゃって」


 なんだか頭の中がぼんやりとする、雲が掛かって思考が上手くまとまらないような……、自分が自分ではないような。

ぼくはここにいるのにいないような不思議な感覚。


「レース?ねぇレース?大丈夫?」

「大丈夫だよ、ちょっと考え事をしていただけだから、早く行こうか……死絶の所へ」


 口が勝手に言葉を発して、身体が言うことを聞かずに勝手に動いて行く。


「死絶……?、レースちょっと待って……あなた本当にレース……?」

「本当にって……何を言ってるの?」


 まるで頭の中に部屋があって、その中から勝手に動く自分を眺めている気持ちになる。

ダートが心配してくれているのに最早自分の意志では動く事すら出来ない。


「だよね……、ごめんね?」

「別にいいよ……、確か死絶は村の畑に居るんだよね?」

「うん、そうみたい……、出来れば敵対しないで仲良くなれたらいいね」

「とりあえず着いた見たいだから死絶の姿を捜してみようか」

「うん」


 村の畑には、虹色に染められた髪を持つ独特な民族衣装を着た帽子の女の子に、紫色の髪を持ち魔術師のローブを着てととんがり帽子を頭に乗せた女性……、そして長い赤髪にシルクハットかぶった民族衣装の男性が畑を弄っている姿が見える。

そして少し離れた所に『紫色の長い髪を持ち、青い瞳をした一見して女性にも見える程に美しい人』が何やら毒々しい液体の入った物を持って考え込んで……、見つけた。

私を裏切った愚か者【死絶】カーティス・ハルサーが!


「カーティスなら大丈夫、彼は必要のない戦いをする事を嫌がるもの……、当時一緒に居た私がそれを一番知っているから……だから会いに来たの、一度私とパスが繋がった彼の身体を借りてね」

「やっぱり……、レースじゃないっ!?あなたは誰なの!?」

「それは後で話してあげますから、今は黙っててくれませんか?異世界から来たお客様?」

「……あなたっ!レースの中から出ていってよ!ねぇっ!」


 ダートさんが騒ぐから死絶の仲間がこっちを見てるじゃない。

しかもカーティス何て私の方を見て懐かしい人を見たような顔をしてる……、これは気付かれちゃったかなぁ。


「なになにー?あなた達どうしたんすか?こんな所で来て夫婦喧嘩っすかー?」


 魔術師のローブを着た女性が私に近づいてくるけど、敵意を隠しきれていないのはマイナスポイントかなぁ。

私が不審な動きをしたら何かしますって言ってるようなものじゃない。


「いや、ここにいるカーティス・ハルサーさんを訪ねに来たんだけど……、誰が彼か分からなくて喧嘩になっちゃったんだよね」

「そうなんすねー、親父―っ!この人が親父に用があるって!」

「親父……?」

「あ、自己紹介がまだだったっすね、うちは親父の娘の一人で『ネフィーラ・ハルサー』って言うんす、宜しくっす!」

「……ネフィー、彼女は君の手に余るから他の団員を連れて一旦安全な所で待機していて欲しい」


……ネフィーラの自己紹介を聞いて驚いちゃったけど、カーティスは昔から色んな種族との間に子供を作っては元居た世界を豊かにする方法を探していたから、この子もその過程で出来た娘なんだろうなぁって思う。

そんな事を思っていると、カーティスが私に近づいて危険な人認定をしてくれたけど本当にどうして私だって気付いたのかな。

昨日私の所に来たレース君にパスを繋げて、いざという時に一回だけ乗っ取って使える身体にしたから、彼の身体で動けば上手くカーティスに近づけると思ったんだけどまさかバレちゃうなんてなぁって思いつつ、シャルネちゃんは久しぶりの再会を喜ぶのでした。

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