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第52話 非日常の終わり

 マスカレイド達を逃がしてしまった後ぼく達は、気を失っているトキとミュラッカ、そして幼いルミィをシンに任せてヴィーニを探す事にしたけど見つける事が出来ずにいた。

もしかしたらヴォルフガングとガイストの戦いに巻き込まれて跡形も無く消えてしまったのか、それともマスカレイド達が連れて帰ったのかと思ったけど、後者の場合はケイスニルがガイストだけを担いでいたからそれは無いだろう。


「もうそろそろ日が暮れますね、夜をこのまま外で過ごすとなると危険ですけどどうしましょうか……」

「どうするって言われても、この雪に沈んだ街の中で休めるような場所は無いと思うけど」

「……レース、カエデちゃん、それって凄い危険な状況じゃない?食料と水は私の空間収納の中にある程度入れてあるけど、温まる場所が無ければ凍死してしまうかも」


 陽が少しずつ沈んで行き、反対側の空は暗くなり始めている。

確かに二人が言うようにこのままだと危険だと思う、特にこの国の夜は過酷な程に冷えるから暗くなったら誰も外に出る事も無く屋内に篭る事が多い。

そんな環境で夜を過ごすのは余りにも危険過ぎるだろう。


「ダリアが掴まってる時、街の風景を見たりとかした?」

「特に拘束されてなかったから領主の館を歩き回ったり窓から外を見たりしたけどよぉ……、大きな建物が一つある位で後は特に何も無かったぜ?ほらあそこの窓が雪から顔を出してるとこ」

「多分あれは冒険者ギルドの建物かも、ヴォルフガング様の雪崩に街が飲み込まれていたからすっかり同じようになってしまったものかと……」

「ならあそこの窓壊して入ろうぜ?、栄花の人間ならギルドの魔導具で移動出来るんだろ?それでさっさと王都に戻って城に帰ろうぜ?」

「ですねそうしましょ……、いえ、そうしよっか」

「……?そんな無理に口調変えようとしなくていいんじゃね?、逆に無理してるみてぇで気持ち悪いよ、んーまぁでも何か理由があって変えようとしてるならしょうがねぇのかも?、難しい事は分からねぇけど取り合えず俺はルミィ達を迎えに行くから転移する準備しといてくれよな」


 ダリアが不安定な足元を気にしてないのかドレス姿のまま走って行く。

冒険者ギルド内に入ったら一旦室内を温めておいた方が良いだろうかとは思うけど、外と室内の温度が極端に違い過ぎると心臓に負担が掛かるからやりたくてもやめた方がいいだろう。

特にミュラッカの場合、血を失い過ぎた反動で心臓に過剰な負担が掛かっていた筈だから、その状態で更に体に負荷をかける訳には行かない。

そう思いながら窓を魔術で作った、雪の塊をぶつけて壊して中を覗き込むと……


「……これはもしかして転移用の部屋?」

「ですね、転移の魔導具がある部屋は基本的に安全な場所に作る様に規則付けられているおかげで助けられましたね、そうでなければ今頃雪崩に飲み込まれてどうしようもなかったかもしれません」

「でも、ここから飛び降りて中に入るにしても少しだけ高いから危ないんじゃ」

「それなら私の土属性の魔術で階段を作るのでそれで降りましょう」


 カエデが心器のガラスペンを顕現させると、空中に階段のようなっ図面を書き上げるとそれを窓の中へと移動させて拡大しその形に合わせて土の魔術を使って整形していく。

いつも思うんだけど、本当に便利な能力だ。


「これで降りられますが……、このまま栄花を経由して行くより団長と副団長だけが使える権限を利用して、直接王城付近に移動しようと思います」

「王城付近って……?」

「魔導具の中にある術式の一部を書き換えて、設定されている数値を入力すれば移動できるます、本来であれば何も書かれていないのですが……」


 転移の魔導具付近の壁にある小さな箱を開けて術式の書かれた基盤を取り出すと、ガラスペンを使い0の数字を二つ書き込んで行く。

そして中にしまって蓋をすると……


「これで大丈夫です、王家の隠れ家と呼ばれる王族しか使う事が許可されていない場所へと移動出来るようになりましたから、後は皆が来るのを待つだけですね」

「それって勝手に使っていいの?」

「今回ばかりはしょうがないと思います、先王が隠れ家の場所をミュラッカ様に教える為に私が場所を把握しておく必要があると思うので例外的処置です……、まぁ後で団長に怒られると思いますけど事情を話せば分かってくれる筈です」

「その時は私も出来る限り説明するからね?」

「お姉様……、ありがとうございます」


 そのまま誰も話す事も無く静かな時間が過ぎていたけど、暫くして完全に陽が落ちてしまったのか空が暗くなってしまったダリア達が到着したのか上の方で声が聞こえて来る。


「冒険者ギルドが無事に残っているとは思わなかったな……」

「だろぉ?俺が場所を覚えてたから見つける事が出来たんだぜ?」

「ダリアちゃん凄いのっ!」

「だっろぉ!!、俺様に感謝しろよなっ!」


 思っていた以上に元気な声にどんな反応をすればいいのか分からなくなるけど、今はダリアのその元気さがありがたく感じてしまうから不思議だ。

そのまま騒がしく皆で階段を降りて来てぼく達の方に合流すると……


「連れて来たから早く行こうぜ?もうすっかり暗くなって冷えて来たから安全な場所に行きたいからよぉ」

「えぇ、準備は出来てるので負傷者を運んでいるシンさんを先頭に転移の魔導具をご利用ください……、確か私が団長から聞いた話では隠れ家に転移後扉を開けてその先にある玄関から外に出ると、近くに王城が見えるそうなのでそのまま進めば正門前に着くらしいので、そのままシンさんに付いて行ってください」

「道中にモンスターが出たらどうする?、現状前衛がいないぞ?、特に夜は夜行性の獣が増えるが……」

「こればっかりは出会わない事を祈るしかありません」

「……しょうがないか」


 シンはしょうがないという顔をすると先に転移の魔法陣にミュラッカとトキを抱えた状態で入って行くと、ダリアとルミィが手を繋いで続いて行く。

それに続く様にぼく達も転移の魔導具から移動すると……、テーブルに4人分の椅子に人数分の食器が入っている食器棚があり、それらは長く使われていないようで埃が積もっていた。


「……ここでゴスペルとガイストがヴォルフガング達と一緒に小さい頃暮らしていたのかな」

「かもしれませんね、この埃の積もり方的に十年以上は経っているでしょう」

「この隠れ家は当時のまま時間が止まっていたって事か……、そういえばゴスペルは何処に行ったの?」


 ヴォルフガングとガイストの戦いが終わって以降そういえばゴスペルの姿を見ていない。

もしかしてあの戦いに巻き込まれてしまったのだろうか……


「あいつなら、ヴォルフガングの遺言が聞こえたとか言った後に『やらなければいけない事がある』と言って何処かへ行っちまったぜ?」

「やらなければ行けない事?」

「あぁ、何をしようとしてるのか分からねぇけど……、多分俺達が必死にヴィーニを探しても見つからなかった事から考えるとあいつが助け出したんじゃねぇかなって思うかなぁ」

「何でダリアはそう思うの?」

「何でってそりゃあいつ、ヴィーニと一緒にいた時間は嫌いじゃなかったとか、愛おしい弟とか言ってたから生きてると分かったらほっとけなかったんだと思うぜ?」


 ゴスペルの中でヴィーニは大事な家族だったんだなと思いつつ、皆に続いて隠れ家から出ると綺麗な夜空と月明かりを反射して美しく輝く雪の大地、そして周囲にはこの家を隠すように背の高い樹木で覆われている立地で一般人であればモンスターを恐れて近づく事すらない気がする。

そしてカエデの言っていたように王城が見えるけど……


「この森を通るってどう見ても危険だよね」

「……父様が一度ヴィーニに話してる事を聞いた事あるわ、特殊な魔術を掛けられているとかで覇王と王位継承者がいるのなら王城の門から出て東に向かえば安全に辿り着き、隠れ家からは扉から真っすぐ進めばいいって」

「ミュラッカ目を覚ましたの?」

「えぇ、転移の魔導具を通った時の不快感で起きたけどまだ身体がだるいから動けそうにないけどね、現にこの場を知っている近衛であれど父様やヴィーニが居ないと同じ所をぐるぐると回るだけで辿り着けないらしいわ、でも今は私が居るから安全に帰れる筈よ、シン様重いと思うけど王城までこのままお願いしますね」

「……あぁ、お前がこうなったのは俺のせいだからな」


……彼女の言うように真っすぐ進むと迷うことなく王城の正門前へとたどり着けて、寒空の中ヴォルフガングの帰りを待っていた騎士達の気遣いにより王城内に入る事が出来た。

その後、ミュラッカの姿を見た王城内の騎士や貴族達により騒ぎが起きたが、彼女の覇王ヴォルフガングの戦死と彼の意志を継ぎ王位を継承し新たな覇王へとなった事を伝え、大事な話は後日傷が癒えてからするから今は大人しくしているようにと伝えると、慌ただしかった彼等は落ち着きを取り戻しそれぞれの仕事へと戻って行く。

その姿を見て、あぁこの国では父の価値は【覇王】という立場でしかなかったのだと悲しい気持ちになりながら、ぼく達はこの国で起きた非日常から、この国での日常へと戻って行くのだった。

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