「お父様はどうして、塩ギルドや塩の専売について私に教えなかったのですか?」
いい加減、私も気づいている。
これは知っててあえて言わなかったやつだ。
「うーん……塩ギルドの盟主はロンダキルア辺境伯――俺の親父だ。で、俺の……ごほん、父さんの親父はな、ちょっと変わった人なんだ」
「変わった……?」
ママンの顔を見てみれば、何とも苦々しい表情。
「ロンダキルア辺境伯領における塩の話をするとなると、親父の話は避けて通れないから……言い出しにくかった。すまん」
「……いえ、そんな」
謝られるのもバツが悪い。
「親父なぁ……本音を言うと、父さんはお前を親父に会わせたくない」
「どういう方なんですか?」
「例えば、ものすごく強い武術や魔法の使い手が
ここに3名ほどいますね。
「お前ならどう思う?」
「そりゃ心強いと思いますよ。ただでさえここは魔物が多いんですから」
「だよな? しかし親父は違うんだ。『力が暴走する心配はないのか!?』とか、『危険なやつだ! 見張りをつけて遠ざけておけ!』ってなる」
「あー……」
「だから、お前が【勇者】だという件についても、親父への伝え方にはいろいろと悩んだ。『勇者の存在が魔王国にバレて、魔王国を刺激したらどうする!』ってなりそうだからな」
あれかー……イージスの盾なんて構えるから、相手が槍を投げてくるんだ的な。盾を撤廃なんてしたら、それこそ大喜びで撃ち込んでくるっちゅーねん。
でも人族最前線を守る辺境伯様がそんなんで大丈夫なのか?
パパンの父親だから、てっきり武闘派だと思ってたんだけど……そりゃ『戦争最高! ヒャッハー!』な人よりはまだ理性的かもしれんけどさ。
「
あと、手紙には【
「――――……」
言葉も出ない。
パパンは今、『辺境伯様は
ま、いろいろあるんだろうし、いろいろあったんだろう。これ以上の詮索はすまい。
「で、本題の塩ギルドについてだな」
「は、はい」
そうだった、それが本題だった。
「繰り返しになるが、ロンダキルア領内における塩の製造・販売は全て、塩ギルド員または塩ギルドから委託された者にしかできない。そして、塩ギルドの盟主は親父。
塩は領民の命に係わる戦略物資。販路と価格を適切に管理し、平等に行き渡るようにしなければならない」
「……んんん? できてませんが」
「まぁ聞け。そして安定した生産のためには、塩の製造・販売業者を保護しなければならない……それが、塩ギルドの意義だ」
その結果、あの偉そうな行商人さんが出来上がったわけだが。
製塩業者保護のために製塩業を利権化して、塩不足に陥って、私が塩を作ったら逮捕って……まさに『本末転倒』の代名詞みたいな状態だな!
「で、
――お?
「話は変わるが、ロンダキルア領辺境伯領都には内務閥の貴族やその子弟がひしめき合ってるってのは知ってるか?」
お、初めて聞く話だな。
「貴族どもの派閥はざっくり2つ。内務閥と軍務閥だ。この国に外務閥はいない……というか外交イコール魔王国との戦争だからな。ここまでは以前、魔の森で教えた通りだ」
あっ、これ進○ゼミでやったところだ!
確かに、派閥の話はパパンの貴族講座で出てきたよ。
「で、軍務閥の連中はここまで来て、父さんの指揮のもと訓練に励み、見張りや魔の森狩りの任務に就いている。どいつもこいつも阿呆だが、気合と腕力は十分な、タフな連中だ」
うんうん。
「だが内務閥の連中は臆病者が多い。やつらは魔物の多いこの地まで来ることすらできず、さりとて軍務を放棄することもできず、ロンダキルア領で最も安全な辺境伯領都に閉じこもり、ちょろっと運動してお茶を濁している」
ひでぇ話だな!
「もちろん軍務閥にも臆病者はいるし、内務閥にも気合の入っているやつはいるが、ざっくり言えばそんな感じだ。
そんなわけで、親父は常に、根性はないが口だけは達者な貴族どもの巣窟で右往左往している。そりゃ辺境伯様相手に面と向かって物申せるのは公爵位くらいなもんだが、派閥だの利権だのの絡め手で来られれば、辺境伯とてただじゃ済まない。
そんな親父の最大の武器が、塩だ」
あー……。
「領主権限で塩を専売にする。領主様に逆らったやつには塩を売らないぞ! ってわけだ。どうだ、最高だろ?」
多分に皮肉のこもった、パパンの苦々しい笑み。
まぁでも、パパンが辺境伯様のことを喋りたがらない理由はよーくわかった。
自分の身を守るために塩利権を使って、挙句、城塞都市に塩が届かないんじゃ本末転倒もいいとこだ。砦と壁を守ることこそが、辺境伯領の本分なのに。
「……お話、ありがとうございました」
「いや、気にするな。それよりもだ。てっきり親父から呼び出しがかかるもんだと思ってたんだが、何の連絡も来てないのが不可解なんだよな」
確かに。
私が【勇者】だとゲロってから、外時間でもう2週間ほどになる。
この世界の手紙は『輸送ギルド』によって輸送される。
伝書鳩に似た魔物や、もう少しサイズのデカい鳥系魔物を使役する
ここから辺境伯領都までは馬車で3日の距離。鳥系魔物なら1日で着く。
「国王陛下にお前のことや魔王復活のことをお伝えしないわけにはいかん。とはいえ、呼び出しもないのに辺境伯領都や王都を何往復するのも時間の無駄だ。辺境伯領都までは3日で着くが、王都までとなると半月かかる。往復で1ヵ月強だ」
「【瞬間移動】を使えば――」
「言いたいことは分かる。分かるが、まずは話を聞いてくれ」
パパンがあえて私の言葉を遮る。
「貴族は旅の途中、訪れた街でお金を落としてその街に貢献するのが義務なんだ……このことは教えただろう? だから、お前が先に【飛翔】で飛んで、【瞬間移動】ではい到着ってわけにはいかないんだ。
もちろん、今は魔族との戦時中……そんなことを言っている場合か、ってのはよーく分かる。が、旅はお前のお披露目という面もあるんだ。お前自身の将来の立場を悪くするかもしれないと思うと、な……」
うむむ……確かにそれもパパンゼミでやったわ。旅云々、街への貢献云々、子供のお披露目云々……。
魔王討伐が一応のゴールではあるけれど、そこで人生終了ってわけじゃない。パパンはそんな先々のことまで考えてくれてるんだね……。
「もし【瞬間移動】で移動したとして、その間の街に姿を見せなかったってことをつついてくるような、しょうもない貴族ってのは相当数いるんだ。
というわけで父さんが考えたプランなんだが、まず、国王陛下や親父からの召喚状が来た場合。これはもう問答無用で行くしかない。
だが、もし来年の春先までに召喚状が来なかった場合は、王都で春に開かれる『お披露目会』に間に合うように出発し、親父を拾って王都に入り、親父経由で国王陛下に謁見を願い出る。同時にお披露目会にも参加する……って感じでいこうと思う」
お披露目会。貴族の5歳児を集めてお披露目し合うパーティーだ。もちろん親同伴。
ここは数え年の世界なので、誕生日を祝うという風習はない。けれども5歳、10歳、15歳の子供は、新年のお祭りの際に盛大に祝われるそうだ。寒く暗い冬の、一番の楽しみだね。
この世界、『手洗いうがい』は浸透してるし治癒魔法もあるとはいえ、子供の死亡率はけっして低くない。風邪をこじらせて死んだり、馬に蹴られて死んだり、ゴブリンに攫われて殺されたり……5歳っていうのは、『なんとか生き延びましたよ』っていう節目。
貴族的に言うと、『婚約者候補にどうですか』ってこと。これがお披露目会の主な目的だね。まぁ5歳じゃ本人の資質なんてなんにも分からないわけで、完全に政略結婚の駒の見せ合いっこってわけだが。
次に10歳は、教会で洗礼を受け、何がしかの『職業』に就く節目。通常、農家の子なら『農民』、商家の子なら『商人』なんかになる。職業に就けば経験値が入るため、家業の手伝いも真面目にやればレベルアップにつながる。
家を継げない次男以降は『戦士』とか『武闘家』になって冒険者登録するってパターンも多いらしい。
貴族は貴族で再びお披露目会を開き、本人の人となりを踏まえた上での婚約合戦が行われる。
最後の15歳は成人だ。
私のような貴族令嬢の場合は、
ちなみに魔王復活は私が12歳の時。
未成年の体で戦わなくちゃいけないのはキッツイねぇ……まぁ、レベルを上げて魔力で殴ればいいんだけどさ。
「というわけで、ぼちぼち礼儀作法の訓練を始めてもいいんじゃないかと考えている。講師は母さんだ。母さんは平民上がりで洗練さにはやや欠けるが仕方ない。こんな辺境に、【礼儀作法】スキル持ちなんて他にいないからな」
「えっ、お母様って平民……?」
ってことはパパンとママンはパパンが騎士爵に叙される前に結婚したのか。
しかしこういうのって、少なくともひとり、下級貴族家の娘を正妻に立てて、ママンは側室に入るものなんじゃ……?
考えるポーズで固まった私を見て察したのだろう、パパンが苦笑した。
「お前は本当に聡いな……いや、魔の森で教養を教えてる時に、この手の話もしたっけか? まぁいい。母さんはな、こう見えて随分と焼きもち屋さ――」
――バチィィィンッ!!
顔を真っ赤にしたママンが、パパンの背中を思いっきりぶっ叩く!
レベル200の全力だ。いい音したな!
「痛ぇ!! マリア、何も叩くこと――」
ぽこぽこぽこぽこっ!!
今度はパパンの胸板を両の拳で叩く叩く。
可愛すぎだろママン! こりゃ3人目が生まれるのも時間の問題だな!
「悪かったよマリア、そう怒るなって――…ま、まぁそんなわけでだな、ん? なんの話だっけか?」
「お父様がお母様しか愛さないって話ですね! テンサイがなくても砂糖が造れそうです」
「ちょっ、アリスちゃんまで!!」
「あっはっはっ! まぁ俺は深窓のご令嬢のたるんだ腹に興味はないし……ここは言わば死地だ。戦えない女をここに置くつもりはない」
あぁ、それはあるな。
逆に、人族最前線に嫁ぐ勇気のあるご令嬢がいるとも思えない。
「そりゃ領都や王都には『貴族の伝統をコケにする山猿騎士が』みたいな嫌味を言ってくる連中もいるが、父さんと決闘して勝てるやつがいると思うか?」
プルプルプルプル!
激しく首を振り、そしてふと思い出す――スキル【おもいだす】発動!
「そういえば……お父様は【礼儀作法】のスキルを持っていたのでは?」
「父さんは、人に教えるのが苦手なんだよ」
「あー……」
魔の森での特訓もひどかった。
『そこでバッとやってブシュッだ!』
『こ、こうですか……?』
『違う違う、ブシュッだ!』
『ぶ、ぶしゅーっ!!』
『うーん……』
みたいな感じ。とにかく擬音が多い。
「……とまぁそんなわけで、春先までには礼儀作法は完璧にするように。まぁいざとなれば【
「あ、あははは……」
数百年剣を振り続けてもLV6止まりだった私の、体を動かす方面に対する才能のなさを、パパンには見抜かれているらしい……。
「あともう1つ。冒険者登録して所領訪問の旅を始めるのは、国王陛下へのご報告のあとの方がいいと考えている。お前の言動は、とにかく目立つからなぁ」
……い、言い返せない。
けどまぁ、私も【
あとそもそも、5歳にならないと冒険者登録はできない。
「了解です!」