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55(653歳) 「お披露目会」

 翌朝、さっそく謁見が叶った。

 いつもの略式謁見室にて、私サイドは私ひとりだ。


 陛下と宰相様が入ってきた。

 そして今度は、なぜか不在のフェッテン殿下。


「……へ、陛下ぁ……ご報告しなければいけないことが」


 挨拶もそこそこに、本題に入る。


「そなたがそんな顔をするなど……い、いったいどうしたのじゃ?」


「聖級【土魔法】をアレンジしてたら、白金・金・銀・銅が生成できるようになってしまいました……」


「「――はぁっ!?」」


 目を剥く陛下たち。そりゃそういう反応になるよね……。


「ど、どどどどうしましょう……?」


「ひ、秘密にするしかあるまい。してアリス、見せてもらうことはできるか?」


「はい……【プラチナボール】、【ゴールドボール】、【シルバーボール】、【ブロンズボール】」


 テーブルの上にゴロゴロ出てくる金銀財宝。


「は、ははは……。鉱石の相場……いや、通貨制度そのものが崩壊し、王国がひっくり返るわ! 絶っっ対に他言無用、使うのも儂の許可の元とする。して、今の【土魔法】レベルはどうなったのじゃ?」


「9に上がりました……」


「神級魔法……神の御業というわけか! 何ともそなたらしい話じゃのう!」


「ちなみにデイム・パーヤネンも銅だけなら出せます。レベルは9とのことです」


「パーヤネン女準男爵まで!? は、ははは……」


「それで陛下、ご相談が……」


「なんじゃ?」


「来週の貴族子女お披露目パーティー用のアクセサリーに、今出したこれ、使っても良いですか……? 魔の森の北――風竜ウィンドドラゴンの巣窟になっている山脈に、鉱石が眠っていることは調査済ですので、辻褄は合わせられます。山脈の一部はロンダキルア辺境伯領扱いなので」


 山脈に面するほとんどの部分は弱小準男爵領・騎士爵領の集まりで、ロンダキルア辺境伯の寄り子扱い。山脈が険しすぎて攻めてくるはずがない、との判断だ。


 まぁもし魔王国領にハ○ニバルが転生したら、その限りではないけれど……。


「ふむ……今出した分だけなら許可しよう。それよりも、そなたが魔王を討伐した暁には、山脈の風竜ウィンドドラゴンどもを駆逐し、鉱石を発掘せねばな!」


「あははは……」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 明日はいよいよお披露目会! ってことで、ママンに引っ張られて王都の仕立屋テイラーに連れて行かれ、ママンとアラクネさん(人バージョン)に明日用のドレスを着せられ、入念な最終チェックが行われる。


 ちなみにママンは出ないらしい。

 エスコートはパパンひとりいればいいし、『平民出身で英雄貴族の正室』であるママンへの風当たりは、それはもう強いものらしいから。


 ドレスは普通にプリンセスラインだ。フリル多めで体のラインはほとんど出さない。そりゃ5歳の子供だもの。基本的にお腹出てるしね。

 でもテイラーさんママンのパパンによると、5歳児用のマーメイドラインドレスの注文も相当量あるらしい。悪手だと思うけどなぁ……。


 夕方まで衣装合わせをしたあとは、ご飯を食べてママンと一緒にご入浴。ママンから顔とか手足をマッサージされ、お風呂上りは化粧水――ママンが【グロウ】で育てた薔薇から抽出【アイテムボックス】したもの――を塗られ、これまたママンお手製のフェイスマスクをして寝かしつけられた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 翌朝は早かった!


 明朝、ママンに叩き起こされ、糖分多め、肉少なめのご飯を詰め込まれ、風呂に連れ込まれ、そこからは昨日の繰返し。

 私がフェイスマスクしてぼーっと天井を眺めている間、ママンがばたばたとドレスやらネックレスやらリボンやらを持ってきた。


 起き上がらされ、髪をとかされながら、『もっと長ければ……』と恨み節。ごめんてママン。

 そのあとフェイスマスクを剥がされてドレスを着せられた。よく漫画とかで見る、コルセットをぎゅーって締めるシーンはなかった。いつも体を動かしていて引き締まってるからね……まぁ幼児体形なので若干お腹出てるけど。

 ママンが【闘気】全開の手さばきでドレスを整え、アクセサリーを整えた頃には9時の鐘。


 パパンが部屋に入ってきて、


「じゃ、行くか!」


 おおおっ、パパンの正装超カッコイイんですけど!

 隣を見上げると、ママンがウットリしてた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 馬車で入城し、待合室はスルーしてそのままパーティー会場へ案内された。


 こういうお貴族様のパーティーって、家格が低い順に会場に案内されるんだよね。で、下々しもじもからワイワイ始めつつ、じょじょに大物が入ってきて、最後に王族って流れ。


 で、いくら英雄とはいえ、パパンは最低位の騎士爵で領地も持たない、いわゆる最低ランクの貴族なので、いの一番に案内されるってわけだ。


 そして、今。

 パパンと手をつないだ――いわゆる腕に手を添える『エスコート』をするには身長がまったく足りないので――私は、パーティー会場の扉の前にいる。


 扉が開き、


「ロンダキルア騎士爵家より、ロンダキルア騎士爵様、並びにご令嬢アリス様の御入来でございます!」


 扉のそばで、入ってくる人を紹介する係の人が、声を張り上げた。


 しーん……


 あはは、マジで一番乗りだったよ!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 もちろん給仕の人たちはいたので、飲み物(果物ジュース)をもらい、料理をパクついた。

 料理は美味しかったよ! 塩と香辛料コリアンダーがよく利いてるという意味で! もうホントさ、城塞都市の食の貧しさっていったいなんなの?

 しかし元日本人的には胡椒が懐かしいなぁ……魔王討伐後、でっかい大陸の南方へ出向いて胡椒を探すのも悪くないかもね。


 そして気がつくと、部屋は騎士爵だらけに。

 騎士って基本は戦士なので、軍務閥が多い。たくさんの騎士爵様たちが、私というよりパパン目当てで挨拶しに来たよ。


 逆に私はヒマ。

 男児諸君なんて話しかけても来ない。

 試しにこちらから話しかけてみたら、『ひっ』みたいなリアクションをされた。

 あれかー……『ロンダキルア家のお姫様はオーガの群れを撫で斬りにする』系エピソードが広まってるのかな。


 続いて準男爵家と男爵家が入って来だした。


「ドルバン男爵家より、ドルバン男爵様、並びにご令息アルベルト様の御入来でございます!」


 おお、いつぞや盗賊から助けたアイドルバンド男爵が入って来た!

 ドルバン男爵様は会場を見回したのち、私たちを見つけて一直線にやって来た。


「これはこれはサー・ロンダキルアに姫君!」


 男爵様と夫人、そして息子さんが礼を取る。

 パパンと私も返礼。


「改めて、旅の間は本当にありがとうございました――」


 パパンと男爵様が大人の話をしている間、ふと息子さんを見ると、息子さんが顔を真っ赤にして上目遣いに私を見てる。


 もしかして:モテ期到来?


 いやぁでも私には、数百年間一緒に養殖したイケメンリアル王子様がいるからなぁ……。


 結局、息子さんは私に話しかける勇気を探している間に時間切れになり、振り返り振り返りしながら去っていった……強く生きろ!


 そこからはまぁ、同じことの繰り返しだった。

 男爵の波が過ぎて子爵の波が来て、道中助けたドルトル子爵様がやって来て。

 続いて伯爵の波が来て、クリスタラー次期伯爵様がやって来て。

 侯爵の波が来て、コリント次期侯爵様がやって来て。


 皆さんパパンより家格が上なのに、向こうからやって来て挨拶してくれた。

 まぁこういう場では家格の下の人間が上の人間に話しかけるのは不敬とされるので、当然のことなのかもしれないけど……社会人時代、社長や各取締役、自分とこの部長なんかにお酌して回った元日本人としてのさがなのか、違和感をバリバリに感じる。


 波はひと段落したらしい。

 侯爵と同格かそれ以上といえば辺境伯と準王族の公爵、あとは王族なわけで、ただでさえ数の少ないそれら最上位貴族に5歳児がいるとは限らないわな。


「ほらアリス、いっちょかましてこい!」


 パパンに背中を押された。かますとか、なんちゅう言い方や。


 適当にパーティー会場を歩き回ってみると、男児たちは後ずさって道を譲ってくれる……ひどいビビられようだなオイ。

 逆に女児陣は積極的で、その反応は綺麗に二分された。


 1つ、パパンや私の武勇伝、城塞都市で次々と生み出されているスイーツ群、新作ドレスやスカート(ぃやっほい!)の話題で盛り上がる。

 彼女らはみな一様に軍務閥だった。


 1つ、進行方向へ露骨に足を出して引っかけようとしてくる、背後から飲み物を引っかけてくる、といった嫌がらせ。

 常時軽めの【闘気】と【探査】を発生させている私に、んなもん利くわけあるかいなー。

 内務閥のご両親から『英才せんのう教育』を施されてるのかな、彼女らは……それとも王子様を助けた私への嫉妬? いずれにせよ女児たちは、逆に足を踏まれて飛び上がったり、引っかけたはずの飲み物が逆に自分の背中にかかって悲鳴をあげてたよ。

 こんな子供たちまで抗争に巻き込むとか、貴族社会ってやつは……。


「ちょっとそこのあなた!」


 おん?

 私の目の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。


「何? その短くてぼさぼさの髪! まるで男みたいですわね!」


 おおっ、正面から正々堂々と口撃してきたぞ! 気合の入った子は嫌いじゃない。


「それに、そのネックレス、なんてみすぼらしいかしら? ド田舎の山猿娘にふさわしいですわね!」


 そりゃ、ママンが『騎士爵家の娘に許される範囲で最大限豪華で可愛らしいもの』を選んでくれたんだもの。目の前の子は確か伯爵家だね。比べるべくもない。


「あなたのネックレスは素晴らしいですね!」


 正直この子のことがちょっと気に入ったので、下手したてに出つつおちょくってやることにした。


「ふふん、最高級の白金をふんだんにあしらった一級品ですのよ?」


「いいなぁ……私も欲しいなぁ!」


「貧乏騎士爵家が買えるわけが――」


「よし、作っちゃおう! 【アイテムボックス】!」


 ずぼっと虚空に手を突っ込み、むんずとプラチナ塊を取り出し、


「【鍛冶フォージ】……ええと、こんな感じかな? 【アイスウィンド】で冷まして完成! わぁ可愛い!!」


「――――……はぁっ!? な、ななな……」


「あっ、でも……貧乏騎士爵家の私がこんな豪華なアクセサリーを着けたら悪目立ちしちゃうので、差し上げますね!」


 少女の手にずいっと押しつける。ちょうど視界の先の壁際にパパンがいて、腹を抱えて笑ってた。

 そして、


「「「「「はぁぁあああああああ!?」」」」」


 周りのご令嬢とその母親から狂乱の声!


「ひっ!?」


 逆にビビる私。

 そして、


「あっはっはっ、やってるな、アリス!」


 この数百年ですっかり聞きなれたイケメン声が聞こえてきた。

 振り返ると、


「で、殿下!」


 フェッテン殿下と、やや後方から陛下のお姿が!

 慌てて最敬礼のカーテシー。


「よい、顔を見せてくれ。先ほどから見ていたが、くっくっくっ……あまり他人をからかうもんじゃないぞ?」


 そう言って、愛おし気な表情で髪をなでてくるフェッテン殿下。


 ――――――――ピシィッ!!


 周り人たちの、特にご令嬢各位の空気が固まる音が、はっきりと聞こえた。


 ひぃぃっ! ご令嬢たちの視線、怖!! これ喪女がクラスのイケメン男子に気まぐれで話しかけられて悪目立ちするやつぅ!!


「し、ししし失礼いたしまぁっす!!」


 慌てて一礼、会場の隅、パパンの背中へ脱兎のごとく!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 パーティーは続く。


 陛下と殿下の挨拶があり、華々しい音楽が奏でられ、家同士の挨拶合戦がそこかしこで繰り広げられ、私はパパンの背中に隠れて普段食べれない高級料理にガッツく。


 ……ちなみに、この場に第一王子様とその母親はいない。

 陛下から内々に聞かせて頂いたのだけれど、フェッテン殿下のご病気の原因を作っていた料理長を推挙した家……内務閥のとある上級貴族家と、第一王子の母親の家を結びつける証拠が、多数挙がったそうな。

 しかもその貴族家が依頼した裏稼業を得意とする冒険者が、闇市から『魔物を異常に興奮させる魔道具』を購入したのだとか。


 本当に、フェッテン殿下が死なずに済んだのは幸運だったんだ。たまたま偶然、私たち一家が魔物の集団暴走スタンピード現場のそばを通っていた。そして私がたまたま、フェッテン殿下のご病気を治す知識を持っていた。


 第一王子とその母親である側室は幽閉、料理人を推挙した家は断絶、冒険者は処刑……。

 そういう形で、この件は『済んだ』のだそうだ……。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「お集りの皆様、ここで重大発表がございます!」


 入口で入場者を読み上げていた人からのアナウンス。彼はいつの間にかパーティー会場の最奥にいて、自然とみんなの視線は最奥――ステージのようになっている方へ向く。


 ステージ上には陛下とフェッテン殿下がいた。


「皆の者!」


 陛下が声を張り上げる。


「我が息子フェッテンのを紹介しよう!」


 ……………………ん?


 殿下、婚約者いたの?

 婚約者がいるクセに、私に猛烈アタックしてたの!?

 百数十年間も!?


 ……………………どゆこと?


 気が付けば、私はその場にへたり込んでいた。

 しょ、ショックが足腰にきてる……。


「息子の婚約者は――」


 ちょ、ちょっと待って!?


 い、嫌だ嫌だ嫌だ聞きたくない!


 せっかく生まれて初めて好きになった人なのに!


 あれだけ期待させといてそんなのってないよ!


 やだ…………































「英雄ジークフリート・フォン・ロンダキルアの娘にして当人も英雄の、アリス・フォン・ロンダキルアじゃ!」


 陛下の声……って、え!?


「アリス」


 声がして顔を上げると、いつの間にかフェッテン殿下が目に前に来ていた。

 差し出された手に恐る恐る触れると、フェッテン殿下に【テレキネシス】補助つきでひょいっと引っ張り上げられ、お姫様抱っこされた。

 殿下はそのままゆっくりと【飛翔】する。


 キラキラ輝くシャンデリア。

 軽快な音楽。

 耳元で聞こえるフェッテン殿下の鼓動。


 顔が熱くなる。

 頭がぼーっとして思考がまとまらない。


「この日までにそなたのレベルを越えたかったんだが……500代後半までしかいかなかった。そのうち越えるから、許してくれ」


 耳元でフェッテン殿下の声。

 愛おしくてたまらない、その、声。


「数百年もの間、のらりくらりとかわされ続けて……私は少し、怒っていたんだ。だが、先ほどのそなたの反応を見て安心した」


 気づくと私はステージ上に立たされ、ひざまずいたフェッテン殿下に手の甲にキスされていた。


「つかまえた。もう離さないぞ、アリス」


 そして私は気絶した。


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