「ふ、紛争ぅぅうううう!?」
「はい。今、閣下にお渡ししたその手紙が、紛争布告状です」
突然のことで混乱する。
相変わらず、私はこういう突発事項に弱い。
「えーとえーと、紛争って何だったっけ!?」
「王国に過大な被害を与えない範囲で許された、武力による領土間の問題解決方法です。その布告状にも、同じ内容を王城へ届け出ているとあります。こうなると、国王陛下が『国に過大な被害を与えかねない』とご判断なさるまでは、国も手出しはできません。
こちらが運用できる戦力は、領軍である従士と領民からの徴兵、そして冒険者ギルドへの依頼に応募した冒険者となります。よってホーリィ様、パーヤネン女準男爵、フェンリス騎士爵は参加可能ですね。逆に今現在城塞都市に駐在している王国軍軍人――他貴族家子弟を参戦させることはできません」
「な、なるほど……で、相手は?」
「北の大山脈と我が領の北面に面した準男爵家――ガット準男爵家です」
「ちょまっ、それウチの
「水場の確保」
「あー……」
水場争い。世界で最も多い、争いの理由。
季節は夏。そしてここんとこ晴れ続きだったからなぁ……。
「ご報告です!」
最近副従士長になったジルさん――愛すべき3バカトリオのちょい悪枠――が執務室に転がり込んできた。
「ガット準男爵領から数十の騎兵を含む数百名規模の兵が越境して来ました!」
うむむむむ……。
◇ ◆ ◇ ◆
「傾注!」
カンカンと太陽の照りつける昼下がり、私は砦の広場で声を張り上げる。
目の前には、辺境伯領家従士976名の中からパパンとバルトルトさんと私で素行・資質・実力を慎重に選定し、【
奇しくも、前世で私について来てくれた108名は全員入ってた。私は決して贔屓したつもりはないんだけど、普通に優秀だったんだよ。なんにせよ嬉しいことだね!
「聞いての通り、我が家に対して紛争が仕掛けられ、ガット準男爵家の兵数百人が我が領への越境行為を働いた! 諸君らはこれより、私とともに当該地点へ【瞬間移動】にて向かい、ガット準男爵家の勢力を鎮圧・拘束する! くれぐれも相手側に怪我を負わせないように! 諸君らの実力なら児戯にも等しいだろう?」
「「「「「「「ははっ」」」」」」」
「では、3、2、1、今!」
◇ ◆ ◇ ◆
当該地点――ちょうど山脈から流れ込む川がある場所。人は住んでいない――上空へ【瞬間移動】で現る。当然、253名の精鋭は全員【飛翔】持ち。そりゃレベル500なんですもの。全属性の魔法をほぼ聖級まで使え、剣の腕もLV7~8ある上にエクスカリバーを装備しているから実質
そして未だにLV6の、私の【片手剣術】スキルェ……。
眼下には、すでに川を越えて簡単な木製の砦と柵を構築しようとしているガット準男爵家の従士たち。
実効支配は大事。古事記にもそう書かれている。
特にここは『人権』とか『法の秩序』なんて言葉の存在しない、『力こそ全て』を地で行く中世ヨーロッパ風ファンタジー世界なのだから。武力で占領したもん勝ちなんだよね、マジで。
元日本人の感覚で遺憾の意砲を放ってるだけでは、一方的にむしり取られるだけだ。
「【探査】! 敵の数は391! 各自散開して1~2ずつ武装解除の上、鉄製の牢屋を作って拘束しろ! 馬は【リラクゼーション】重点で暴れさせないように! 準男爵家当主は私がやる!」
「「「「「「「はっ」」」」」」」
すいーっと降りていく従士さんたち。
眼下は大騒ぎになってる。そりゃまぁ、数百人の武装兵がいきなりお空に現れて――しかも全員レベル100以上ってのは他領にも知れ渡ってる――、【アイテムボックス】やら【テレキネシス】やらで身ぐるみはがされて、意味不明な怪力でひょいっと担がれまとめられ、いきなりその場で生成された牢屋にまとめて閉じ込められるんだもの。
それも、ものの数分で。
相手方にも私が養殖したレベル100のメンバーは数名いたようだけど、彼らの放つ魔法はぜーんぶウチのメンバーがレジストしてたね。
あくまで貴族家間の力の近郊を保つのが目的のパワーレベリングだったから、【契約】で『ロンダキルア辺境伯に逆らうな』って文言を入れられなかったんだよね。っつーか恩を仇で返すんじゃあないよガット準男爵!
で、そんな中で唯一手出しされず、右往左往していた人がいる。一番豪華な鎧を着て騎乗した男性――ガット準男爵その人だ。
「やぁやぁこれはどうも私の寄子のガット準男爵!」
地上に降り、【飛翔】でガット準男爵のやや上から話しかける。上を取るのは大事。私の見た目は、ただでさえ侮られやすいのだから。
「な、ななな……」
ビビる準男爵。歳は30代半ばくらい?
「ご覧の通りあなたのとこの戦力はすべて我々が取り押さえました。投降してもらえると嬉しいんですけど」
「ま、まだこの砦と柵がある! お前たちがここを解体する間に次の兵を連れて来よう!」
行って逃げようとする準男爵と、
「【アイテムボックス】!」
簡易砦と柵を一括撤去する私。
「なっ、なっ、なっ……」
「ね、投降してくれると嬉しいな」
「諦めるわけにはいかんのだ!」
「うーん……分かりませんねぇ。水が欲しいなら井戸掘ればいいじゃないですか」
「こ、こ、このっ、常識知らずの小娘めが! この土地は北の大山脈から連なる地盤が固く、井戸が掘れんのだ!」
あら、そうなの?
「だが領線をあと数百メートル下げるだけで、この川が手に入る! どうせ卿の民らは魔法でいくらでも水が出せるのだろう? ならば川のひとつくらい、失ったところで問題ないはずだ!」
まぁ実際そうだしねぇ。
手段はともかく、事情は分かった。
「頼む! 見逃してくれ! 水がなくては民が飢えて死んでしまう! このまま講和を結び、我が領の実効支配を認めてくれ!」
おぉぅ……今度は泣き落としてきた。
「うーん……でもタダで土地奪われるってのもなぁ……」
「金か!?」
「要は井戸があればいいんでしょう?」
「だ、だ、だから井戸は無理だと言っとるだろうが!」
一見トンチンカンな私の意見に準男爵が激高する。
「とりま領都に行きましょう。【瞬間移動】!」
◇ ◆ ◇ ◆
ガット準男爵領都にやって来た。『都』といっても城壁もない、村以上街未満みたいなとこだけど。
「井戸、掘ったげますよ。どこがいいですか?」
「だから無理だと――」
「いいからいいから」
「うぬぬぬぬ……では――」
領都中心の広場へ案内してくれる準男爵。
「ここだ」
「【探査】! あらよっとぉ……【アイテムボックス】!!」
ざっぱぁぁぁあああああああああん!!
急に穴が開いたものだから、水が噴水のように湧き出てきた!!
「な、何てことだ……お、おぉぉぉ……ありがとう、ありがとうございますロンダキルア卿!!」
滂沱の涙を流す準男爵。長く苦労してたんだろうねぇ……。
私んとこのパーティーに指名依頼出してくれたら掘ってあげたのに。まぁ絶対に掘れないっていう固定観念が――ん?
「【アイテムボックス】!」
ででんっと長い円柱が目の前に現れる。
底の方、なんかキラキラ輝いてる。
「【鑑定】!」
**************************
『岩盤』
オリハルコンを多量に含んだ岩盤。
**************************
「なんですとぉっ!?」
「ど、どうされました?」
「で、で、伝説の、ダイヤモンドよりも硬いとされるオリハルコンが多量に含まれてますこの岩盤!」
「オリハルコンんんんっ!?」
「そりゃ、掘れないわけですよ……」
「は、ははは……」
◇ ◆ ◇ ◆
穴のまんまじゃ危険なので、穴の側面を補強し、囲いを作り、手押しポンプを設置した。
そんで拘束中のままの従士たちを領都に連れて来て武装を返し、ガット準男爵邸で講和の条件を話し合うことになった。
応接室にて準男爵と相対する。準男爵の背後には準男爵家の精鋭――レベル100――の従士3名。私の背後にもレベル500の従士3名。それ以外には帰ってもらった。
まぁ一応、未だ紛争中ということで、形ばかりの護衛だね。
「じゃあガット準男爵家の降伏ということで。講和の条件は――」
「……ごくり」
「小金貨10枚です」
「えっ!?」
「じゃ、あと9ヵ所、掘りに行きましょっか」
◇ ◆ ◇ ◆
小金貨10枚だけでは示しがつかないということで、10本のオリハルコン入り岩盤をもらった。
【瞬間移動】で砦に戻ってくれば、もう夕方。
いやぁ疲れた! だって朝から昼まで指名依頼で領都の壁をダイヤモンドに置換する作業に追われ、やっと終わったと思ったら紛争騒ぎ。密度濃いっての!
『ピロピロピロッ!』
ってぇ陛下のブルーバードちゃんから緊急通報!
◇ ◆ ◇ ◆
「井戸じゃ」
「イド?」
コギト・エルゴ・スム?
「井戸を掘ってもらいたい」
「み、耳が早いですねぇ……!」
「というか、紛争が終わった時点でそなたにも王城への報告義務があるんじゃぞ?」
「えっ、そうなんですか!?」
「まぁそなたのことじゃ、別に気にもしとらんが」
「こ、これは失礼を……」
「で、井戸じゃ。城壁をかなり広げたからの、外縁部は川の水だけでは賄えんのじゃ。建築ギルドで掘っておったが、そなたの方が圧倒的に早い」
「あ、あははは……あの、今日はさすがにもう休ませてくださいね?」
「明日からで良いとも」
ポンっと手渡されるのは井戸のポイントが書き込まれた王都の地図。
◇ ◆ ◇ ◆
私たちパーティーへの指名依頼で、井戸掘りが増えた。