目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

レッスン69「塩 (2/4)」

『街』の中央通りは、広い。幅10メートルもあるからね。

 そして、広く取って正解だった。


「自動車、増えましたわねぇ」


 行き交う自動車を見送りながら、ノティアが言う。

 そう、『街』の賑わいが増すにつれて、馬車以外の車――魔力で走る東王国製の『魔道車』や、石炭で走る西王国製の水蒸気式『自動車』が増えた。

 西の自動車を初めて見たときにはおったまげたものだったけれど、馬車の人も多いところを見ると、自動車というのはどうも高級品らしい。

 まぁ、東の魔道車も高級品だけどさ。


 ――『街』の賑わいは、留まるところを知らない。


「お馴染み手回し蓄音機! 新しいレコードも多数あるよ!!」


 魔王国では珍しい楽曲が多数売り出されていて、人だかりが出来ているかと思えば、


「最新式の照準器サイトだよ! クロスボウにもマスケットにも使える両用だぁ!」


 武器商の前にも行列が。

 そして、


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 頑固なニキビがこの通り! 西王国の化粧品ひとつで、姿かたちもありゃしません!!」


 東王国に比べて卓越した技術を持つ美容の分野で、西王国の製品が、それはもう飛ぶような勢いで売れてるんだよね。

 気がつけば、この『街』にも女性客が増えたよ。ゴロツキは多いけど、警備員たちが頑張ってくれているしね。

 ミッチェンさん曰く、城塞都市以外の――東王国中の様々な領からの客が増えているらしい。

 東王国にはノティアみたいな【瞬間移動テレポート】使いによる旅客業者がいるからね。


 売れているのは、何も西王国の品物だけじゃない。


「クリス印の真水で~す!!」


『街』を西の方まで歩いていくと、僕が【無制限アンリミテッド収納・アイテム空間・ボックス】で精製した水を売る商人ギルド直営店が開いていて、今日も西の行商人さんたちが行列を作っている。

 他にも、魔王国の特産品とも言える魔道具の数々や、織物やお守りと言った工芸品なんかも売っていて、そこそこ売れている。

 そして、中でも大いに繁盛しているのが――


「アリス書店で~す! 『サルでもわかる魔法入門』新発売!」


『アリス書店』。

 お師匠様が書いた謎の本をバラまいている、謎の書店である。


「あっはっはっ、今日も大盛況じゃないかい!」


 そこそこ大きな書店の中で西の行商人さんがひしめき合っているのを見て、お師匠様が心底楽しそうに笑う。

 西の行商人から情報を得たミッチェンさんによると、西王国民には魔法使いが少ない、というかほぼ居ないらしい。

 西王国の主要種族である人族は元々魔力適性が高くないし、科学の進歩によって魔法がなくても生活できるようになったからだとか。

 西の行商人たちが欲しがる品物と言えば、何と言ってもマジックバッグ。

 でも、マジックバッグを使う為には、出し入れの都度、若干の魔力を必要とする。

 そして西王国民というのは、その若干の魔力すら持たない人が大多数を占めるのだそうだ。


 そこに目を付けたのが、お師匠様だ。


 いまも相変わらず毎晩続けている『魔力養殖』を始めとした、『魔力を増やすことに特化した魔法教本』や、魔王国では見向きもされないような『魔法の初歩の初歩』についての本をいくつも書き、あの書店の裏に急造させた活版印刷所で大量に刷らせて売り出したところ、マジックバッグを使いこなしたい西王国の人たちに大ヒット。

 で、お師匠様は他の様々な本――『えすえふふぁんたじぃ』とか『いせかいてんせいもの』とかいう謎の物語本の数々――を、魔法教本とセット販売にした。

 物語本を1冊買えば、魔法教本がタダで付いてくるというわけ。

 結果として、お師匠様が書く謎物語の数々が、西王国を蝕み始めているんだ……西王国、可愛そうに。

 あ、ちなみに活版印刷所と書店で働いているのは、孤児院で僕の屋敷の使用人になり損ねた子たちだよ。

 給金は1日10ルキ。

 院長先生、泣いて喜んでたよ。


「自分の書いた本が飛ぶように売れてるさまは、見ていて気持ちいいさね」


 大満足な表情のお師匠様。

 ……まぁ、みんなが買いたがっているのは魔法教本の方であって謎物語本の方ではないのだろうけれど、わざわざ口にする必要もないよね。


「あ、あはは、そうですね」


「さて、創作意欲も湧いてきたことだし、儂は屋敷に戻って――」


「町長様ぁ~ッ!!」


 と、ミッチェンさんが走ってきた。

 さっき別れたばかりだというのに、何だろう?


「ま、また、領主様からの呼び出しです! だ、大至急来いとのことで……」


「またですか!?」


「やれやれ……ドレスに着替えるのも楽じゃあないんだけどねぇ」


 言いつつ楽しそうなお師匠様。

 お師匠様がおめかしを意外と楽しんでいることを、僕は知っている。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?