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答え合わせ6「領主様の舌が回らなくなる理由」

「洗いざらい、話してもらうよ」


 四天王の最長老、ベルゼネ・ド・ラ・ベルゼビュート様の号令によって、会議は始まった。

 居間にいるメンバーは、場を仕切るベルゼビュート様と、四天王の他3名、領主様――お嬢様は別の部屋でお食事中――、真っ青な顔をしたミッチェンさん、そしてシャーロッテとノティアと僕。

 魔王様は、この場にはいない。魔王様は『アリソンの裏切り』に大層心を痛めて寝込んでいるとのことだった。


 すべて、話した。


 お師匠様に命を救われ、お師匠様に鍛えてもらいながら、お師匠様に命じられるまま、様々な物を【収納】してきた経緯を。


「冒険者クリス……よくもまぁ、これだけのことをしでかしてくれたね」


 僕の話を聞きながら宣戦布告状を読んでいたベルゼビュート様が、顔を上げる。


「一方的に軍用路を敷き、要塞を構え、民を拉致して労働させ、あまつさえ我が国の領有する領土から川の水を奪うとは何事だ、だとさ」


「そ、そんな! 僕はただ、この街が豊かになれば、難民の人たちが平和に暮らせればって思っていただけなのに……」


「西王国の王室を始めとする主戦派貴族たちは、開戦理由を長い間探していたのだ!」


 領主様が、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「だが、私もロンダキア辺境伯も、互いの領土が焦土と化すような戦争はしたくなかった――するわけにはいかなかった。だから互いに機嫌を取り合って何とかこれまでやってきたのだ! 塩の輸入とてその一環だったのだ! そもそもここは、『非武装中立地帯ディー・エム・ゼット』なのだ! この地に東王国の人間が立ち入ること自体が、西王国との休戦協定に反する行為なのだぞ!?」


 それから領主様がため息をついて、


「やっと……やっと言えた。あの忌々しい小娘――いや、西王国の守護神だったか――がいるときは、必ず途中で舌が回らなくなったのだ。やはりあの娘の魔法だったのだな」


「その通りです、フロンティエーレ卿」


 ノティアが険しい顔をしてうなずく。


「わたくしもさきほど、アリスさ……アリス・アインスが閣下に対して、相手の舌を回らなくさせる魔法――【詠唱ディスタブ・阻害キャスティング】を使っているのを知覚しました」


「「なっ……」」


 青くなる僕とミッチェンさん。

 ……さっき、ノティアがお師匠様――いや、『アリス・アインス』に対して問いただしていたのは、そのことだったのか。


 すべては、アリス・アインスの策略だったんだ!

 なのに僕は、『貴族は手柄を取られるのを嫌う』とか何とか言う、アリス・アインスの適当なウソに騙され続けてきた。

 領主様は、悪徳貴族でもなんでもない、真にこの領の平和を願う領主様だったんだ……。


「ぼ、ぼ、僕はいままで、なんて失礼なことを……」


 恐れ多くて、僕は領主様の前に出て平伏する。


「そういうのは、もういい」


 ベルゼビュート様が言う。


「フロンティエーレ辺境伯、お前もいいだろう? 冒険者クリスをここで罰するよりも、対西王国の決戦兵器として戦わせた方がよっぽど有用だ」


「御意にございます、ベルゼビュート様。冒険者クリス、もういいから席に着け。話を進めよう」


「……は、ははぁっ!」


「ま、それにこちらとしても非がある……バフォメット!!」


「ひっ、ひゃい!!」


 バフォメット様が飛び上がる。


「こんの愚図が! 『非武装中立地帯ディー・エム・ゼット』に陛下をお連れするなんざ、戦争を起こさせたいのかい!? ったくお前はいくつになっても!!」


「す、すみません!! で、でも陛下がど~しても行きたいって言うからぁ」


「それを止めるのがお前の仕事だろう!!」


「ひぃっ……で、でもですよ? あの陛下に『ど~しても』なんて言われたら、かわいそう過ぎて断れないでしょう!?」


「んん? ――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析アナライズ】! あー……お前、だいぶ陛下に汚染みりょうされてきてるね。ちとそばに居させ過ぎたか。レヴィアタン、当面の間、陛下の護衛はお前が変わりだ」


「御意に」


 頭を下げるレヴィアタン様と、


「……あれ? だったら俺、悪くなくないですか?」


「やかましい!」


 ベルゼビュート様とバフォメット様は仲が良いというか、母子のような雰囲気がある。

 いや、それは置いておいて。


「あ、あの――ところでベルゼビュート様」


 僕は恐る恐る、尋ねる。


「その、『でー・えむ・ぜっと』って何ですか?」


「「「「「…………は?」」」」」


 四天王と領主様の声が重なった。


「あの、ベルゼビュート卿?」


 ノティアが恐る恐ると言った様子で、


「クリス君……冒険者クリスは孤児出身で、学校に通った経験もないのです。わたくしも冒険者歴が長いからよくよく分かるのですが、学校に行ったことのない冒険者の知識レベルというのは、こう、非常に偏っていると言いますか……有り体に言ってバカなのです」


「んなっ……」


 バカ呼ばわりされる僕。


「クリス君、『非武装中立地帯ディー・エム・ゼット』――DeMilitarized Zoneっていうのは、講和または休戦協定を結んだ二国のはざまに設けられた地域のことで、互いにここでは武装しないでおきましょう、出来れば立ち入るのも止めておきましょうという地帯のことなんですのよ」


「…………え?」


「魔の森とその近縁はすべからく『非武装中立地帯ディー・エム・ゼット』である」


 領主様が言葉をつなぐ。


「つまり、西の森に行軍出来得る長大な道を敷くのも、街を作り、あまつさえ鉄の壁でよろうのも、すべからく西王国への宣戦布告にも匹敵する暴挙ということだ」


「そ、そんな――…」


「しかし、レディ・ノティアともあろう者が、どうしてそれをこの小僧に教えてやらんかったんだ?」


 ベルゼビュート様が言う。

 ――た、確かに!!


「知ってて隠してたと言うのなら、ことと次第によっては――…」

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