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第4話 鑑定屋ぼろ儲け亭にて

[鑑定屋 ぼろ儲け亭」


 裏路地に入りほどなくして、

 この古めかしい看板が目に入った。

 アナが言っていた鑑定屋の

 店内に急いで入るも、

 既に鑑定士はなくもぬけの殻だった。

 ルロイが横長の簡素な

 カウンターまで歩み寄ると、

 果たして高いのか安いのか、

 珍妙な形の壺や像が床に散らかり

 周囲は雑然としていた。

 カウンターに横倒しになった

 木彫りの人形が目に入る。

 ルロイはそれを拾い上げる。

 片腕でもつには重く

 高価そうには見えない。

 運びやすく換金しやすいものだけ、

 選別して逃亡したのだろう。


「相手ものろまじゃないみたいですね」


「ど、どうしましょう。痛っ――――」


「大丈夫ですか!」


 呪いの進行が早まったらしい。

 アナの顔に暗い紫色の痣のようなものが、

 首元からじっとりと侵食してきている。

 時間がないのは明らかだった。


「おお、誰かと思えば、

 ルロイじゃヤァ~か?」


 焦りが募る中カウンター奥から、

 やけに陽気な声がした。

 警戒して部屋の隅の暗がりに目をやると、

 よれたコートをだらしなく

 着込んだ犬頭の亜人が、

 毛むくじゃらの体を揺り動かしながら、

 こちらに歩み寄ってきた。


「なっ、何ですかぁ~この獣人」


 アナがロッドを構えて軽く威嚇する。


「そんな怖い顔しなさんナヤァ~。

 それより、なんか食いモンくれヤァ」


 怪しげな犬頭の獣人は、

 ふてぶてしく笑いながら

 ルロイとアナを交互に見渡し、

 意地汚く鼻先をひくつかせている。


「彼は危ない者じゃありません。

 種族はコボルト、

 この界隈の情報屋で通っています。

 名前は――――」


「ディエゴだヤァ」


 ルロイが言うより先に、

 怪しげなコボルトはディエゴと名乗った。


「仕事柄、色々情報を

 仕入れなければなりませんので、

 よく取引させてもらってます。

 おかげで僕も助かってます」


「んだ。人も亜人も見てくれで

 判断してもらっちゃ困るヤァ~」


「ヤァ……ですかぁ」


 ルロイの言葉にディエゴは

 腕組みして重々しく頷いて見せる。

 なまりの酷い怪しげなこのコボルト

 をどこまで信用してよいものか、

 アナは訝りながら二、三歩後ずさる。


「怪しくはありますが気のいい奴ですよ」


「そーそー、オイラ、

 晩飯を見繕いに来ただけヤァ」


 ディエゴがここにいる理由は、

 純粋に金になりそうな情報を

 求める情報屋の嗅覚と、

 残飯でも残っていれば頂こうという

 意地汚い魂胆からだった。

 ルロイはアナを宥めるように

 あれこれとディエゴを擁護しつつ、

 ディエゴに自分たちの事情を手短に話す。


「なるほどぉ~オメェも大変だなヤァ~」


 ディエゴは間延びした口調で

 事態を理解すると、

 今度は何か企むように

 白い犬歯を出してニヤリと笑って見せる。


「つまり、ここの店主を

 踏ん捕まえたいってことだヤァ?

 それなら先回りして

 墓場で待ち伏せすりゃいいだヤァ。

 良からぬ事して逃げ出す奴が

 必ず通るルートだしヤァ」


「す、すでに逃げられちゃった後

 なんですけどぉ……

 今からで間に合うんですかぁ?」


「死霊使いのネェちゃん

 分かってねぇだヤァ。

 オイラを侮ってもらっちゃ

 困るんでヤァ」


 ディエゴは、人差し指をチッチと

 左右に振ると今度は、

 これまでのおしゃべりが嘘のように、

 今度は意味深に口をつぐんでしまった。


「あ、あの~」


 アナがディエゴに問いかけようとするや、

 ルロイがため息を吐いてそれを遮る。


「まったく、

 こないだ謝礼を渡したばかりなのに。

 本当にがめついですね」


 ルロイは腰にひっさげた革袋から、

 固く干からびた黄白色の物体を取り出す。

 それを受け取ったディエゴの目は、

 それはそれは輝かんばかりだった。


「んヤァ!これは……」


「オークの大腿骨を、

 細かく砕き蜂蜜に漬け込み

 弱火でじっくり煮込んだものです。

 たしか、あなたの好物でしたよね?」


「おおっ!これは実にいい

 仕事された豚骨だヤァ」


 舌なめずりして我慢できんとばかりに、

 骨にがぶりつくディエゴは

 ひとしきり骨と戯れた後、

 ルロイの肩を引っつかみ

 嬉しそうに耳打ちした。


「代わりに良いこと教えてやるんだヤァ~」


 ディエゴの誘いに吸い寄せられ、

 ルロイはカウンターの奥へと

 消えていった。

 その暗がりで何やら二人は

 話し込んでいるようだった。

 しばらく待ってもディエゴと

 ルロイのやり取りが見えないアナは、

 不安げにカウンターから

 身を乗り出して来た。


「あ、あの~」


「お待たせしてすみません」


 話しがようやくまとまったのか、

 ルロイが笑顔で

 アナの元へ戻って来た。


「おっし、善は急げ!

 ネェちゃんもこっち来いヤァ」


 ディエゴはルロイとアナを引き連れ、

 店の裏側に位置する路地の寂れた

 行き止まりへとやってきた。

 ディエゴは行き止まりの

 大きな石畳を引きはがすと、

 カビ臭いにおいとともに石畳の下に

 薄暗い空間が露わになった。


「今は使われなくなった地下道でヤァ。

 換気口の光を頼りに真っ直ぐ行って、

 行き止まりで天井をどければ、

 レッジョ霊園のすぐ近くに

 出れるはずだでヤァ」


「やはりあなたに相談して正解でしたね」


 まさにダンジョン都市。

 そんな表情で唖然とするアナに

 ルロイが微笑んで見せた。

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