[鑑定屋 ぼろ儲け亭」
裏路地に入りほどなくして、
この古めかしい看板が目に入った。
アナが言っていた鑑定屋の
店内に急いで入るも、
既に鑑定士はなくもぬけの殻だった。
ルロイが横長の簡素な
カウンターまで歩み寄ると、
果たして高いのか安いのか、
珍妙な形の壺や像が床に散らかり
周囲は雑然としていた。
カウンターに横倒しになった
木彫りの人形が目に入る。
ルロイはそれを拾い上げる。
片腕でもつには重く
高価そうには見えない。
運びやすく換金しやすいものだけ、
選別して逃亡したのだろう。
「相手ものろまじゃないみたいですね」
「ど、どうしましょう。痛っ――――」
「大丈夫ですか!」
呪いの進行が早まったらしい。
アナの顔に暗い紫色の痣のようなものが、
首元からじっとりと侵食してきている。
時間がないのは明らかだった。
「おお、誰かと思えば、
ルロイじゃヤァ~か?」
焦りが募る中カウンター奥から、
やけに陽気な声がした。
警戒して部屋の隅の暗がりに目をやると、
よれたコートをだらしなく
着込んだ犬頭の亜人が、
毛むくじゃらの体を揺り動かしながら、
こちらに歩み寄ってきた。
「なっ、何ですかぁ~この獣人」
アナがロッドを構えて軽く威嚇する。
「そんな怖い顔しなさんナヤァ~。
それより、なんか食いモンくれヤァ」
怪しげな犬頭の獣人は、
ふてぶてしく笑いながら
ルロイとアナを交互に見渡し、
意地汚く鼻先をひくつかせている。
「彼は危ない者じゃありません。
種族はコボルト、
この界隈の情報屋で通っています。
名前は――――」
「ディエゴだヤァ」
ルロイが言うより先に、
怪しげなコボルトはディエゴと名乗った。
「仕事柄、色々情報を
仕入れなければなりませんので、
よく取引させてもらってます。
おかげで僕も助かってます」
「んだ。人も亜人も見てくれで
判断してもらっちゃ困るヤァ~」
「ヤァ……ですかぁ」
ルロイの言葉にディエゴは
腕組みして重々しく頷いて見せる。
なまりの酷い怪しげなこのコボルト
をどこまで信用してよいものか、
アナは訝りながら二、三歩後ずさる。
「怪しくはありますが気のいい奴ですよ」
「そーそー、オイラ、
晩飯を見繕いに来ただけヤァ」
ディエゴがここにいる理由は、
純粋に金になりそうな情報を
求める情報屋の嗅覚と、
残飯でも残っていれば頂こうという
意地汚い魂胆からだった。
ルロイはアナを宥めるように
あれこれとディエゴを擁護しつつ、
ディエゴに自分たちの事情を手短に話す。
「なるほどぉ~オメェも大変だなヤァ~」
ディエゴは間延びした口調で
事態を理解すると、
今度は何か企むように
白い犬歯を出してニヤリと笑って見せる。
「つまり、ここの店主を
踏ん捕まえたいってことだヤァ?
それなら先回りして
墓場で待ち伏せすりゃいいだヤァ。
良からぬ事して逃げ出す奴が
必ず通るルートだしヤァ」
「す、すでに逃げられちゃった後
なんですけどぉ……
今からで間に合うんですかぁ?」
「死霊使いのネェちゃん
分かってねぇだヤァ。
オイラを侮ってもらっちゃ
困るんでヤァ」
ディエゴは、人差し指をチッチと
左右に振ると今度は、
これまでのおしゃべりが嘘のように、
今度は意味深に口をつぐんでしまった。
「あ、あの~」
アナがディエゴに問いかけようとするや、
ルロイがため息を吐いてそれを遮る。
「まったく、
こないだ謝礼を渡したばかりなのに。
本当にがめついですね」
ルロイは腰にひっさげた革袋から、
固く干からびた黄白色の物体を取り出す。
それを受け取ったディエゴの目は、
それはそれは輝かんばかりだった。
「んヤァ!これは……」
「オークの大腿骨を、
細かく砕き蜂蜜に漬け込み
弱火でじっくり煮込んだものです。
たしか、あなたの好物でしたよね?」
「おおっ!これは実にいい
仕事された豚骨だヤァ」
舌なめずりして我慢できんとばかりに、
骨にがぶりつくディエゴは
ひとしきり骨と戯れた後、
ルロイの肩を引っつかみ
嬉しそうに耳打ちした。
「代わりに良いこと教えてやるんだヤァ~」
ディエゴの誘いに吸い寄せられ、
ルロイはカウンターの奥へと
消えていった。
その暗がりで何やら二人は
話し込んでいるようだった。
しばらく待ってもディエゴと
ルロイのやり取りが見えないアナは、
不安げにカウンターから
身を乗り出して来た。
「あ、あの~」
「お待たせしてすみません」
話しがようやくまとまったのか、
ルロイが笑顔で
アナの元へ戻って来た。
「おっし、善は急げ!
ネェちゃんもこっち来いヤァ」
ディエゴはルロイとアナを引き連れ、
店の裏側に位置する路地の寂れた
行き止まりへとやってきた。
ディエゴは行き止まりの
大きな石畳を引きはがすと、
カビ臭いにおいとともに石畳の下に
薄暗い空間が露わになった。
「今は使われなくなった地下道でヤァ。
換気口の光を頼りに真っ直ぐ行って、
行き止まりで天井をどければ、
レッジョ霊園のすぐ近くに
出れるはずだでヤァ」
「やはりあなたに相談して正解でしたね」
まさにダンジョン都市。
そんな表情で唖然とするアナに
ルロイが微笑んで見せた。