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第95話 彼の元カノが酷すぎる件

いつもの会議室。

私と園田社長と椎名亨の3人で緊急会議を始める。


「瑠璃さんが録音していたとは⋯⋯。でも、私としては一緒にやってきたホテルの仲間を売るのはどうかと?」

椎名亨が園田社長のようなことを言っている。

「一緒にやってきた? ライバルだったの間違いではないですか? その仲間意識は間違ってます。間違った事をしている同業者が正しく裁かれるように手助けすべきでは?」

 エンペラーホテル東京の若月総支配人はのらりくらりと逃げそうだ。

それは1年前、私達が交流会をなぜ抜けたのかを軽く見られていた可能性もある。


 それに、このホテル業界の仲間意識は実態がない。

航空業界であれば、トラブル時の代替輸送など持ちつ持たれつの部分もあるが、ホテルは食中毒などのトラブルがあってレストランが休業になっても何の穴埋めもしない。

実際には何の協力関係もないのに、お互いの腹の内を探り合っているだけ。


「瑠璃さんの録音データを公表すれば、交流会に出ていたホテルには大打撃です。おそらくそれ相応の処罰を受けるでしょう」

園田社長が頭を抱えている。

「そうですね。でも、録音データを公開しないと、ウチのホテルも同じ穴の狢と言われ始めるかもしれません。私達が考えるべきは、自分のホテルの従業員と信頼を守る事です」

「確かに瑠璃さんの言うとおりですね」


園田社長と椎名亨が顔を見合わせて頷いている。


「良かった。そこで何ですが、既に調査の入っているホテルの株価が下がってますよね。そこで提案させて頂いて良いですか?」

「「提案?」」

私は目を丸くする園田社長と椎名亨に企画書を見せた。


「サンダーボルトホテルをウチの傘下に?」

「はい、サンダーボルトホテルを買い叩いて園田リゾートホテルズの傘下にしてはというご提案です」

 園田社長が困惑したような表情で資料を捲る。

悪い提案ではないはずだが、やはりホテル業界特有の仲間意識があるのかもしれない。

息子の嫁が弱った獲物を逃さない怖い女だと気がつき警戒されたら困る。

仕事も大事だが、私にとって一樹はかけがえのない人だし彼の両親とも上手くやりたい。


「あ、あの? 流石にやり過ぎですか?」

「⋯⋯」

椎名亨も食いつくように私の作った資料を見ている。

経営に関する突っ込んだ提案をしてきて、彼の後釜を狙う野心家の女だと勘違いされたらと心配になった。


「説明させてください。サンダーボルトホテルは東京では浅草、北海道はニセコ、広島では宮島、沖縄は本部にホテルがあります。都市の中心部に構える園田リゾートホテルズとは異なり観光地にホテルがあります。従来の園田リゾートホテルズを都市型とし、傘下に加えるサンダーボルトホテルをリゾート型として展開してはどうかという提案です」

 園田リゾートホテルズは初まりが軽井沢だった事もあり、『リゾート』という名を有しているが実際は都市型ホテルだ。

現在信頼と株価が下がり続けているサンダーボルトホテルを、クリーンなイメージのある園田リゾートホテルズの傘下に加える。


 再教育と内装を変えても、従業員はそのまま雇用する予定。

既に教育されてホテルのノウハウを知っている人間を雇用できるのは園田リゾートホテルズとしてもプラスだ。

そこで働く従業員にとっても美味しい提案だと思う。


「これは、検討の余地があるかと思います」

園田社長の言葉に私はホッと息を呑んだ。

「確かに瑠璃さんについていけば間違い無いですよね。結局インバウンドも上手く取り込めて、顧客満足度もうちは上場です。びっくりする提案でしたけれど、私もありだと思います」

椎名亨の言葉に私は不安になる。実質、日本人を優遇した割引宿泊料金は好評だった。ホテル会員は爆発的に増えた上に、インバウンド需要も問題なく取り込めた。


「では、決まりですね」

 私の提案が通って嬉しいが、また不安な気持ちになっていた。

私は手探りでやっている素人で、いつかホテルに多大な損害をもたらすかもしれない。



 ホテルの入り口まで園田社長が送ってくれる。

「瑠璃さん、今日はお休みなのに来てくれてありがとう」

「そんないつでも呼んでください。仕事なので真夜中でも駆けつけます」


 私達がホテルのエントランスロビーに着いた時、私は聞き慣れた声を聞いた。

「真美、何しに来たんだよ」

「別に何しに来たって訳じゃないよ。偶然通りかかったら、一樹がいたの。私達やっぱり別れるべきじゃなかったよね」

「俺、もう結婚してるんだけど、離してくれない?」


愛する夫の腕に可愛らしい小柄な女が絡みついている。


「あっ、お父様、ご無沙汰しております。小堺真美です。ご挨拶をしたの覚えてますか?」

「ああ、覚えてますよ」

園田社長を見つけるなり駆け寄ってくる女性に丁寧に対応する一樹の父。

彼はどんな相手でも丁寧だ。それは、誰もがホテルのお客になるかもしれないから丁寧に対応するという園田リゾートホテルズの信念の元。


「でっ、元CAの瑠璃様ですよね」

 私に挑戦的な目を向ける女。

(一樹の元カノ。存在しているとは思ってたけど会いたくなかったな)

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