「え、僕のこと覚えてたの?」
「あんなめでたい名字、忘れないっしょ。しかも、先輩、すげえ本借りてるでしょ。カードを読み込むと履歴が見えるんすけど、他の人と比べて圧倒的に多いんすよ。そりゃ覚えるっしょ」
「だとしても、本を貸してください程度の会話しかしてないけど」
「あの『附子』を知ってる先輩にだから話せる話なんすよ」
彼はそう言うと深刻そうに深々と息をつき、膝に肘をついて前屈みに手を組んだところへ顎をのせた。真剣な様子はさながら犯人を当てる探偵の様子だ。
「実はオレ、さっき人生の目標ができて」
重たい口調に金髪の小さなしっぽが揺れる。
「先輩が毒の、附子の正体は砂糖だったって言ったっしょ? あの話、小さい頃に見ただけだったからちゃんとした展開を覚えてなくて、先輩の言葉で思い出したんす」
彼はそう言い、真剣な表情でこちらを見た。
「オレ、将来佐藤さんと結婚するっす。んで、名字を佐藤に変えるっす」
金髪プリンの突然の決意表明に洸太の頭の中がはてなで埋め尽くされた。だが、彼は続ける。
「毒の正体は砂糖なんしょ? 名字が毒島から佐藤に変わったらすごくないっすか。オレ、将来佐藤さんと結婚して、佐藤さんになりたいっす。どう思いますか」
じろりとこちらを見る金髪プリンの声には、先ほどよりも力がこもっていた。どうやら本気で言っているらしい。だが、言ってることがよく分からない。しかし洸太の本能が「彼に逆らうな」と命令してきた。身長差で圧がすごい。
「……え、えっと、うん、そうなったらすごいね……」
曖昧に濁して頷く。すると彼は「やっぱりすごいっすよね!」と笑顔を咲かせた。
「オレ、まず同じ学年の佐藤さんを探します。オレ、普通科で六クラスもあるんで人数はいっぱいっす。絶対見つけるっす」
「普通科なんだ。うち、いろいろあるから、どこなのかなって思った」
共通の話題を見つけた洸太がそう言うと、彼はリラックスしたように髪ゴムからこぼれた髪を耳にかけた。
「先輩はどこっすか」
「僕は特進科。昨日昼休みに廊下で会ったでしょ。あそこ、二年の特進クラスの前だよ」
「マジっすか。特進って入るのも勉強し続けるのもすげえ大変なんしょ。有名大学まっしぐらコースっすよね」
「たまたま入れただけだよ。勉強は投げ出したくなるときもあるけど」
「そすか」
彼はそこで言葉を区切り、ぐっと右のこぶしを握った。
「先輩の教室も分かったことだし、オレ、佐藤さんを見つけたら先輩に真っ先に報告するっす。結婚を前提にお付き合いしてみせるっす」
彼はそこで立ち上がると、こちらに深々と頭を下げた。
「先輩のおかげで将来の夢ができました! あざっした!」
金髪プリンはそれだけ言うと、「じゃ、失礼します!」と大きい声で言って洸太を置き去りにして公園を出ていった。洸太は彼の消えた出口にある銀色の車止めを見て目をぱちぱちさせた。まるで通り過ぎる嵐に巻き込まれたようで、事態を飲み込めないまま終わってしまった。とりあえずデコピンされなくてよかった。
洸太は「佐藤さんになりたい」と真剣に言った彼の口調を反芻し、思わずぷっと吹き出した。
独特な子だな。ヤンキーっぽいのかと思ってたけど、友達が言ってたように天然っぽい子みたいだ。
そこへ鞄の中のスマホが鳴る。出してみれば「どこにいんの?」とメッセージが来ている。洸太は着たままだったカーディガンを脱いでたたみ、鞄を肩にかけて立ち上がった。
『学校の近く。すぐ帰る』
『夕飯ハンバーグ。家までダッシュ』
ハンバーグの文字を見た途端お腹がきゅるると音を立て、洸太は地面を蹴って駆け出した。だが、徒歩二十分の距離を走って帰ったのに、「ただいま」と玄関から家にあがるなり、リビングから「遅え!」とTシャツにハーフパンツ姿の
「コータ、先に学校を出たくせになにやってんだよ! 俺は腹ぺこなんだよ!」
「ごめんって。ダッシュして帰ってきたんだから文句言わないでよ」
「コータが帰ってこないと夕飯食べられねえだろ!」
そこへ台所から母の声が飛んできた。
「同じ高校で同じ部活、それなのになんで同じ時間に帰ってこないの。温かいご飯を出すのは大変なのよ」
「コータ早く着替えろ! ちゃんと手を洗えよ!」
母親のようなことを言う弟のセリフに小さく笑い、洸太は自室に向かった。