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第2話 佐藤さんになりたい-2

「あっ」

「あ」


 翌日、放課後の図書室のカウンターで会ったのは例の金髪プリンだった。部活の調べもので寄ったのだが、まさか昨日の今日で会うとは思っていなかった。向こうもこちらを認識している様子で、目を丸くさせる。


 顎あたりまである外ハネの長髪は、今日はまとめてうしろで小さなしっぽになっている。五センチほどがキャラメルとなったプリンが少しだけすっきりして見えた。


「え、えっと、一冊貸し出しをお願いします」


 急いで本とプラスチックの図書室カードをカウンターの上に置くと、内側に立つ彼は「っす」と受け取って本のバーコードを読み取った。ピッ。静かな図書室内に音が響く。彼が声を落として「昨日の本は大丈夫っすか」と言った。


「あ、うん。一冊は今日の昼休みに返した。あのとき拭いてくれてありがとね」

「当然っす。図書委員の仕事っすよ」


 外見に似合わない言葉を放ち、彼は洸太のカードにもバーコードリーダーをかざし、ピッと音を立てた。




 洸太が初めて彼を見たのは、四月の図書室のカウンター内だった。本を借りようと思ってそこへ行くと、教師に貸し出しのやり方などのレクチャーを受けていたのだ。一六五センチの自分から見上げるほど背が高かったから、始めは三年生なのかと思った。頭髪に制限はない緩い校則だが、髪を染める生徒は少ない。


 彼は見た目の威圧感から目立っていて、洸太が最初に思ったのは「この人が当番のときには本を借りたくないな」というものだった。その後、彼が自教室の前を通るときに見た上履きの赤いラインが一年生だと主張していて、洸太は心の底から驚いた。


「つか、先輩の名字、めでたいっすね。寿って、ことぶきって読むんすか」


 彼は洸太のカードをじっと見てそう言った。名前についてはよく言われるので、自然と笑みが浮かぶ。


「そう。ちょっと珍しいよね」

「っすね。オレ、毒に島って書いてぶすじまって読むんす。なんか強そうっす」

「え、そうなんだ? インパクトが強い名字だね」


 洸太の返しに、彼はまばたきの少ない目でこちらを見下ろして言った。


「毒がぶすって読むからみんないじりたいんじゃないかと思うんすけど、いじられないっす。それってオレがブスだからっすかね?」


 ええ、答えにくいことを言うなあ。


 洸太の背中に汗がたらっと落ちた。


 金髪プリンは背が高いし、プリンなのはさておき髪を染めているからおしゃれに気を遣っているように見える。一見強面だと距離を置かれそうなタイプに思えるが、頬にかかる前髪から覗く二重の垂れ目はちょっと大きめで、わんこ系の童顔だった。


 だが、童顔でもじろりと見下ろしてくると圧がある。なにか言わねばと必死に知恵を絞り出す。


「ええっと、狂言って知ってる? 劇の一種なんだけど、その中に『附子ぶす』っていう話があってね。附子、つまり毒が出てくるんだけど、それは嘘で正体は砂糖だったっていう展開で」

「『さてもさてもうまいことぢゃ』」


 突然彼が附子のセリフを言って、顔をぱっと明るくさせた。


「知ってる! 見に行ったことある! 小さい頃に変な読み方する名字だなあって親に言ったら、こんなおもしろい話があるよって連れてかれたっす。あれ以来自分の名字が嫌いじゃなくなったっす!」


毒島ぶすじま君、寿ことぶき君」


 カウンターのうしろから司書教諭が顔を覗かせた。口に人差し指を当てて「シーッ」と注意してくる。思わず首を縮め、洸太は声の音量を絞った。


「え、えっと、そのう、僕が思うに毒の正体は貴重でいい砂糖だから、毒島君はいい人だよ!」


 本を拭いてくれたハンカチを思い出して洸太が言い切ると、彼は目を見開いてこちらを見下ろし、突然ふいと目をそらして口元に手をやった。


「先輩……破壊力が半端ないっす」

「え? 破壊力?」


 続きを聞きたかったが、再び司書教諭が口に指を当ててきたので、洸太も彼に人差し指で合図を送った。彼は口を真一文字に引き結び、カウンターから身を乗り出してきて口の横に片手を添えた。


「校門で待ってて」


 耳打ちされて、目を丸くする。


 え、金髪プリン君から呼び出し?


 洸太は驚いて動きを止めたが、そこへキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。図書室閉館前の合図だ。洸太はこくんと頷いて廊下へ出た。第一体育館の舞台に集まる部員たちと終わりの挨拶をし、片づけをしたときには下校放送は終わっていた。真っ先に体育館を飛び出し、すのこをカタカタさせて靴に履き替えて校門へ急ぐ。


 ないと思うけど、僕、このあとどこかの裏路地につれてかれたりしないよな? そこで歯を食いしばれって言われて、デコピンされたりしないよな? いや、デコピンで済むなら別にいいんだけど。それより「遅えんだよ」って校門で怒鳴られたらどうしよう。


 梅雨晴れの夕方、昇降口から鉄筋コンクリート四階建ての校舎を飛び出して坂道を下る。すると、門に背もたれてポケットに両手を突っ込みながら空を見上げている金髪プリンが目に入った。慌てて彼のところまで全速力で走る。


「あの、遅くなって、ごめん!」


 はあはあと息を切らして彼の前で息をつくと、彼は無表情に「お疲れっす」と淡々と言った。


「待たせちゃったよね? ごめんね」


 怒ってないよな? 洸太が緊張しながら言うと、彼は軽く首を横に振った。


「待ってないっす。今来たばっかっす」


 彼はそう言い、「っていうセリフが正解っすよね」と付け加えた。金髪プリンの本音が読めない。やっぱり怖い。


 だが、予想に反して彼は「ちょっと先輩に相談があるんすよ」と言った。そして大きな手が「あっち行きましょ」と校門の斜め前の道を指す。


「あっちに公園があるって聞いたっす。今日は雨降ってないし、ベンチとか座れるんじゃないっすか」


 学校から徒歩三分の大きな公園は人が少なかった。時刻も遅く、子どもの声もない。我が石見いわみ高校カップル御用達の場所なのだが、雨が降っていないと言ってもどことなくじめじめしているし、夏が迫ってきていて暑い。みんなどこか涼しい場所で楽しんでいるのだろう。


 金髪プリンは公園の車止めを通り抜けると「あそこがいいっすね」と東屋を指した。


 三方を胸の高さまである壁に囲まれているそこでデコピンを食らうのだろうか。背筋を伸ばし、彼のあとについて行く。彼がどさっと座った横に一人分空けて洸太が腰を下ろすと、彼はこちらをじっと見てきた。


「てか、先輩暑くないっすか。なんで夏なのに紺のカーディガン?」

「僕、冷房の風が苦手で。下は半袖だよ」


 洸太はそう言い、話の主導権を握るために「相談ってなに?」と切り込んだ。


「あの、僕たちしゃべるのは今日で二回目だけど。そんな僕が相談に乗れることある?」


 すると彼は驚いた表情になった。


「もう結構しゃべってるっしょ? 先輩、オレがカウンターにいるときに何回か本を借りてるじゃないっすか」


 今度は洸太が驚く番だった。図書室に通うのが日課になっているが、彼の記憶に残るようなやり取りをしたことはない。それに、彼の当番がなんとなく把握できてからは洸太は怖そうな彼をなるべく避けてきたのだ。



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