「そう、改行する時はこのエンターって書いてるのを押して……はい、それです! それで打ち間違えた時は……」
正座しながらゆっくりと文字を打ち込む幽霊を、横から丁寧に指導していく。
キーの名前すら知らない彼女であったが、その飲み込みは早く。おおよそ一時間ほどが経過したところで、ある程度の早さでのタイピングを可能にした。
「幽霊さん凄いですよ。覚えるの早くて流石です!」
「そ、そうですか? ……えへへ」
何かを覚えるたび、成し遂げるたび。隣から太一の褒め言葉が流れ込む。彼女の覚えが早い理由は、そこにあった。
いわゆる、″褒められると伸びるタイプ″というやつだ。太一からつきっきりで教えてもらえて、しかも何度も何度も褒めてもらえて。喜びの絶頂の最中にある幽霊の脳みそは、フル回転して物事を覚えていたのだ。
「じゃあ、次は検索の仕方を教えますね。これを知っていれば何か分からないことや知りたいことがあった時、このパソコンに教えてもらうことができます」
「パソコンが、教えてくれる……」
「はい。ではこのアイコンをクリックして……って、幽霊さん?」
これまでテキパキと動いていた幽霊の手が、ぴたりと止まった。太一が指さした画面のアイコンをただじっと見つめはするものの、クリックしようとはしない。
「あ、あの……私、検索は教えてもらわなくて大丈夫です」
「えっ、なんでですか!?」
突然の反抗。太一がパソコンを教えた理由の大部分にあたる検索機能のマスターを、放棄した瞬間である。
太一は混乱した。こんなに便利な機能があるのに、本当に知らなくていいのか。拒む理由が、見つからない。
「……たい、から……」
「なんて言いました……?」
ボソり。必死に頭を回している太一の隣で、幽霊が小言を漏らす。いきなりの不意打ちを聞き取れず聞き返してみると、彼女は目を逸らしながら……もう一度。
「太一さんに教えてもらいたい、からです……」
「っう!?」
その言葉は右ストレートのように太一の心に突き刺さり、射止めた。
そう。彼女が検索機能を拒んだ理由は……
「私がこれを知ってしまったら、その……太一さんに教えてもらえなく、なっちゃうじゃないですか」
これである。この機能を知ってしまうことでこれから何かわからないことがあったとき、″パソコンに聞いてください″と言われるのを恐れたのである。
「だ、大丈夫ですよ! 別にパソコンを使えるようになったからって、俺からなにも教えないなんてことはないですから! 検索機能は俺でも教えられないことを知りたい時とか、あとは一人の時とかにでも使ってもらえれば!!」
その言葉の真意を知り、戸惑いながらも必死で弁解する太一。その様子をチラチラと横目で見ながら気恥ずかしそうにする幽霊は、目を逸らしながら、言う。
「そう、ですか。安心しました……。じゃあその、これからもいっぱい、教えてくださいね? ……太一先生」
「っ……! っっ……!!」
あまりにも目の前の存在が尊すぎて、その場で悶えてしまいそうになるのを必死に抑えて太一は頷く。そして言われた通りアイコンをクリックするのを見て、肩を撫で下ろした。
(せ、先生って。この人は本当に、無意識に爆弾を落としてくる……)
幽霊は自身の容姿から発せられる言葉の攻撃力を、まだ理解しきれていない。童顔で可愛い、それでいて自分の好きな人から先生と呼ばれて、隣の男はもう色々と限界だというのに。
「? あの、太一さん? ここからはどうすれば……」
「え? あ、ああ、はい! えっと……」
もうしばらく余韻を堪能していたいところであるが、幽霊はそれを許さない。ツンツン、と腕をつつかれて意識を強制的に戻されると、太一は講座を再開させる。
「そこに文字を打ち込んでください。試しに『女の子 今が旬の服』って打ってみましょうか」
「は、はい!」
カタカタ、とキーボードを触り、言われた通りの文字を打ち込んだ幽霊はエンターを押す。
「わっ、なんかいっぱい……!」
すると目の前の画面は切り替わり、検索結果が大量に検出された。
おしゃれな服を着たモデルさんの写真から始まり、ネットショップのサイトや誰かのブログ、動画サイトのリンクまで。マウスを使ってスクロールしていくと、それはそれは数多くのものが。
「これが、検索!!」
「そうですよぉ。ひとまず教えたいことはあと動画サイト関連のものだけなので、しばらく調べたいものを自分で調べてみてください。そろそろ夕方ですし、俺は夜ご飯の支度をしてきます」
「はいっ!!」
さっきまで太一に教えてもらいたいからと駄々をこねていた幽霊は、どこへやら。今は目の前に広がったネットという広い世界に、夢中であった。