カレーを作り終え、皿に配膳し終えた二人はすみれの分も含めて三人分を机へと運ぶ。当然その間もすみれは女王のように運ばれてくるのを見ていただけだったが、太一はもうそんな態度にため息を吐くこともない。
「おお、台所からいい匂いはしていたが、現物を前にすると更に美味そうだ。弟よ、腕を上げたな」
「ふふんっ、太一さんのカレーは世界一美味しいんですよ!」
「なんで幽霊ちゃんが威張るのかは分からないが、ぜひいただこう!」
むふんっ、と鼻息荒く豊満な胸を張る幽霊と隣り合わせに太一も座って、三人で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
艶やかな白ごはんにカレーをかけ、すみれはスプーン一口分をぱくり。何度か咀嚼しながら無言で頷き、満足そうに顔を上げた。
「美味いな。少し母さんの味にも似ている気がするぞ」
「そうか? 母さんのはもっと美味しかった気がするけどな……」
所詮は見よう見まねのものだ。何年も専業主婦を続けていた母親の味には敵わない。太一自身はそう思っていたのだが、第三者から見るとそうでもないらしい。すみれ曰く、堂々くらいには美味しいそうだ。
「ただ、ほんの少し辛めか? 私は全然大丈夫だしなんなら好きなのだが……幽霊ちゃんは大丈夫なのか?」
「え?」
「あっ……」
ぬりぬりぬり。すみれが心配の声をあげて幽霊の方を見ると、彼女はとびっきりの笑顔でカレーの上に蜂蜜をかけていた。
それも、少しではない。学校の食堂で出るからマヨ丼くらいの量はかかっている(これで伝わるかはわからないが)。
「あ、あげませんよ!?」
「いやいらないが。大丈夫なのか? それ、ちゃんとカレーの味してるのか?」
「失礼な! これをかけると世界一が宇宙一に変わるんですっ!!」
幽霊の舌は、赤ちゃんレベルに辛さに弱い。それを見兼ねて太一はカレーを始めから甘めに作ろうとしたのだが、自分で調整するからと自分の好みで作ることにしていた。だからすみれは少し辛く感じたわけなのだが……それにしてもこの蜂蜜の量は中々なものである。
「そういえば俺も気になってたんですよね。幽霊さんカレーの味」
「隣にも私のカレーを狙うハンターが!?」
「幽霊さん、一口もらってもいいですか? 二倍の量で俺のカレーお返ししますから」
「なっ!?」
カレーをあげるのは嫌だ。しかし、あげれば二倍の量が返ってくるという。例えそれが元々の辛いカレーだったとしても、蜂蜜をかけてしまえば問題はない。
断る理由は無かった。
「ひ、一口だけですからね……。お返し、期待してますよ!」
「やった。ありがとうございます。って……えっ!?」
「はい、どうぞ……」
一口。太一はそれを自分のスプーンで横から掬う気でいた。
だが、幽霊は既に一度口をつけた自分のスプーンで、甘々カレーを差し出してきたのである。
所謂、間接キスというやつだ。予想だにしていなかった出来事に、太一は固まった。
「ど、どうしたんですか? 早く食べてください。じゃないと私の我慢が持ちません!」
「は、はい……」
幽霊の軽率な行動に、心臓が跳ね上がりタップダンスを踊る。密かに存在感を消して背景に徹したすみれのことは忘れて、目の前に突き出されたスプーンに意識は釘付けだった。
嫌、なんて気持ちはこれっぽっちもない。むしろ嬉しいが過ぎて、心が追いついていないのだ。
だが、ここで行かねば男ではない。ここを逃せば、もうチャンスは訪れないかもしれない。
すぅ、と小さく深呼吸をして、太一はカレーの入った幽霊のスプーンを咥えた。
(んっ、甘っ。でも……美味しい?)
「どうですか? 太一さん。美味しい、ですか?」
蜂蜜のおかげでとろみと甘みが増したカレーは、意外にも美味であった。てっきり甘すぎてむせ返るような味だと思い込んでいた太一は、こくりと無言で幽霊の問いに頷いた。
するとぱあぁっ、と表情を更に明るくした幽霊が、次は自分の番だと口を開ける。
「太一さん、では二倍のお返しを! あ、蜂蜜ちゃんとかけてくださいね!!」
「えっ!? そ、そっちもするんですか!?」
「早くください! お腹ぺこぺこなんですっ!!」
「そうだそうだー。早くお返ししろー」
「ね、姉ちゃんまで……」
絶妙なタイミングでただの背景から後押しの声へ。一気に断りづらさが増した太一は諦めて、スプーンにカレーを入れて蜂蜜をかける。
(ゆ、ゆゆゆゆ幽霊さんに俺が、あーんをするのか!?)
何故かあーんをしてもらう時よりしてあげる時の方が緊張が増して、太一のスプーンを持つ手は震えていた。