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<69・歩み寄る心、小さな一歩>

 どうやら泰輔が悩んでいたのは、単に自分の無力さを痛感し、未来を悲観したからというだけではないらしい。人間と魔族の在り方。そして、魔族の存在意義。――ミノルは驚いていた。彼が、そこまで真剣に自分達みんなのことを考えていたなんて、思ってもみなかったから。


「……確かに」


 それはミノル自身、ずっと悩んでいたことでもある。


「魔族は、人間と全く同じ見た目で……でも、魔法っていう、目に見えない武器をいつも持ってる。それこそ人間達からすれば、常に重火器持ち歩いているようなもんだ。怖いって思うのも、わからないことじゃない」

「その通りだ。でもって、そんだけじゃねえだろ。魔族の中には、四木乱汰みてえなやべえ奴もいる」

「わかってるよ、五條。俺だってあいつは、死んでも仕方なかったって思ってるし。でも、サイコパスとか、イカレた考えを持つヤツってだけなら人間だって……」

「そりゃいるだろうが、そう言う問題じゃねえだろうがよ」


 わかってるくせに、と泰輔の目は言っていた。


「思想だけなら、何考えたって自由なんだよ。……それを使って、誰かを傷つけるつもりがないなら。でもって、傷つける手段がねえなら。ただの人間がやべえ考えを持つのと、魔族がやべえ考えを持つのは天と地ほども差がある。魔女の夜会サバトひとつ取ってみてもそうだ。勝負すれば、どんな相手とも対等の条件で戦える。でもって、自分の望みをなんでも叶えさせることができんだぜ?そこにはどんな善悪も、理もない。そうだろ」


 返す言葉がなかった。

 実際四木乱汰は、魔族であったからこそあのような暴虐に及んだのだ。もし彼がただの人間ならば、最初の暴力事件お呼び強姦未遂事件だけで話は終わっていたかもしれない。

 その後その力を振り回して通り魔殺人みたいなことをやった可能性はあるが、それでも魔法がなければ一人の人間が出せる被害はたかが知れていたはずだ。彼には毒ガスや爆弾を作るような高度な知識や後ろ盾はなさそうだったから尚更に。




『ははははは、踊れ、踊れえ!でもって、みんな死んじゃええ、乱汰と映ちゃん以外は死んじゃえばいいいい!ひひひ、うひひひひ、うひひひひひ!!』




 自分と、自分が欲しいもの意外はどうなってもいい。

 誰が苦しもうが悲しもうが傷つこうが死のうが壊れようが関係ない。

 世の中にはそういう身勝手なことしか考えられない奴がいる。そしてそういう人間が力を持ってしまったらどうなるか。まさに、乱汰はその実例だったというわけだ――皮肉なほどに。

 今でもあの狂気と、その台詞を思い出すだけで背筋が泡立ってしまう。


「人間と、魔族はまた戦争になる……」


 静がため息交じりに言った。


「少なくともそう、世界が、あるいは誰かが判断したからこそ、次の魔王が必要になった。そして、陛下がこの世界に召喚された……それは事実です」

「おうおう、その通りだ。よくわかってんじゃねえのお前は。……結局魔族と人間は争うしかねえ。魔族自体が、本当に生き残る価値があるかもわからないままに。本当に……人間が悪なのかも正直なところわからねえってのに」


 でもって、と泰輔は続ける。


「誰が魔王の継承者になろうがなるまいが、学園の他の連中はみんな兵士になる。戦争が起きれば一体何人死ぬんだろうな。でもって、何人殺すんだろうな。なあ一倉ミノル。お前は前世魔王サマの記憶が戻りつつあるんだろ。ならその想像がつくはずだ。お前の前世と同じことが、ほぼほぼ確実に起きる。文字通り……絶望の未来だろ、そんなんはよ」

「五條……」


 それは、目を背けていた現実だった。心のどこかでは思っていたのだ――人間と魔族をなんとか融和させることができないか、そうすれば魔王の力は必要ではなくなるのではないか、と。確かにピリピリした状況にはなっているが、まだ開戦していないなら回避することもできるのではないか、と。

 だが、先日の四木乱汰とのゲームでの惨劇と、自分自身の力の本質。それから今回林間学校で見てしまった人間達の差別の目を見て、どうすればいいかわからなくなってしまったのである。

 もし戦争になったら、この学園の生徒たちは戦士になる。

 魔王を誰が継承しようと、戦争になった時点で多くの者達の運命は確定するのだ。


「俺様は」


 泰輔は俯き、ぽつりと呟いた。


「そんなことが起きた時……生き残れる気がしねえ。もちろん俺様はてめえの継承権を完全にあきらめたつもりはねえし、無駄死にしてやるつもりもねえけどな。……嫌でも理解しちまったんだ。この世には勝てない奴もいるってことを。でもって……魔族に怯える、人間どもの気持ちを。実際俺様はあのゲームの中で怯えて逃げちまった……四木乱汰を相手にな」


 俺様は、無力だ。

 そう言って、彼は黙り込んだ。最終的に、言いたかったのはそこだったのだろう。それこそ、ミノルに何か答えを求めていたわけではないのかもしれなかった。

 ただ、誰かに吐き出さずにはいられなかったのかもしれない。どれだけ嫌いな相手であるとしても、少なくともミノルと静は同じ魔族で、アルカディアの生徒ではあるのだから。


――でも、俺は……泰輔や静と、まったく同じ場所にはいない。


 誰もそれを責めなかったけれど、本当はわかっている。

 魔族は魔族でも、ミノルだけは違うのだ。魔王の力を誰かに継承したら元の世界に帰ることができてしまう。それは、安全圏に一人だけ逃げると言われても仕方のないこと。

 ミノルだけが傷つかず、手を汚す必要もないのだ。無論ミノルとて、望んでここに来たわけではない。帰りたい気持ちもある――それでも。


「……俺、難しいことは、わかんないよ。戦争をどうすれば回避できるのかとか、魔法の正しい使い方がどうとか……」


 具体策なんて、打ち出せない。それが言えるほどこの世界のことを知っているわけではない。

 それでも今思っていることだけは、紛れもない本音だけは打ち明けておこうと、ミノルはそう思った。


「でも、一つだけ言えることがある」

「んだよ?」

「魔族は、価値のない存在なんかじゃ、ない。だから、みんなが生き残る方法を探したい」


 まだ、ミノルはここに来て半年も過ぎていない身だ。名前と顔が一致している生徒だって三年生の一部だけであるし、別の学年の生徒に至っては数えるほどしか知らないのが現状である。

 それでも、今までの戦いや、みんなとの交流を通じてわかったことがたくさんある。


「例えば静は、この世界に来て右も左もわからない俺のことを、いつも守ってくれていた。俺が余計なゲームに巻き込まれないように露払いしてくれていたし、わからないことは一生懸命教えてくれる」


 ちらり、と静を見るミノル。


「大空だってそうだ。魔王だって自覚が足りなかった俺に、がっつり喝入れて、背中を押してくれた。自分の運命に立ち向かう勇気をくれた。……他のみんなだってそうだ。社や、美琴や、映や……いろんな奴らが俺に毎日毎日、大事なことを教えてくれる」


 ホームシックになりそうな時もある。元の世界が、家族が恋しくなる時もある。

 それでも暗い気持ちにならずに学園生活を楽しめているのは、紛れもなく自分をいつも笑顔にしてくれる仲間たちが傍にいるからこそ。


「そんなみんなに、価値がないなんて俺は思わないし、絶対認めねえよ。……四木乱汰みたいなやつは確かにいたけど、それは魔族の、あるいは人間と魔族の、ほんの一面でしかないだろ」


 本質的にはみんな人間と変わらない。

 変わらない愛情を、信念を、強さを持った人達だ。それを教えてくれた者達に、自分は一体何を返していけるだろうか。


――そうだ、俺は……それを考えなくちゃいけない。元の世界に帰る身分だからこそ。本当に危ない目に遭わないからこそ。その分何ができるか、考え続ける義務があるはずだ。


 答えは一つ。

 自分はみんなに感謝していること。それから。


「俺は、みんなが大好きだ。だから傷ついて欲しくないし、できることなら戦争も回避したい。まだ何も思いつかないけど、それでも考え続けていきたいと思う。魔族たちが殺されることなく生き残り、でもって……魔族たちが、みんなが、人間を殺さないでいける道を」


 それと、これも言っておくべきことだろう。

 少しだけ気恥ずかしい気持ちになりながら、ミノルは続ける。


「俺は、お前にも感謝してるんだぜ、五條」

「は?」

「だってそうだろ。お前が一番最初にゲームを挑んでくれたから、俺は現実を認識できたんだし。……それに今思うと、四木乱汰と比べればお前は全然真っ当だったよ。大きな怪我もしない、対等に戦える、余計な人間も巻き込まない。そう言うゲームを正々堂々挑んでくれたんだから。それに、話聞いてりゃ、お前も結構いいとこあるんだなーっていうか?」

「な、なに、言って」

「八尾兄弟のこと、命がけで助けようとしてたんだろ。今回だって、陽介たちが穴に落ちそうになったのを庇ったつーじゃん。だからお前は、四木とは違う。ちゃんと、ヒトの心を持ってる。本当に、死ななくて良かったよ」

「な、なな、な……」


 本気で予想外だったらしい。泰輔は顔を真っ赤にして、金魚のように口をぱくぱくさせている。恥ずかしくて、言いたい言葉も出てきませんといった様子だ。

 数秒の後。


「ば、ば、ばっかじゃねえのかてめえ!?んな風におだてたって、て、て、てめえらに借りとか感謝とか何も感じねえからなこんちくしょう!」

「はいはい」

「ああもう、マジでムカつくぜお前!綺麗ごとばっかで誤魔化すんじゃねえっての!魔族を助けたいとか人間と仲直りしたいとか本気でそういうことのたまう気なら、これからも責任もって考え続けろよなバカヤロー!」

「はーいはいはいはい」


 なんだろう、このツンデレキャラみたいな反応は。あまりにもおかしくておかしくて、ミノルは思わず声に出して笑ってしまったのだった。静も静で、傍で明らかに笑いを堪えている。その様子があまりにも気に喰わないのか、泰輔はぎゃいぎゃいと喚き続けていた。

 そうだ、自分は間違いなく、泰輔が無事でほっとしたのだ。彼が死んだら嫌だと思ったからこそ助けに来たのである。

 そう思える自分に、心から安堵している。誰かに生きていてほしい、こいつにだって笑っていてほしい。そう言う風に思えるうちは、自分は四木乱汰のような怪物にならずに済む。それはもちろん泰輔だって、静だって、他の奴らだって同じなのだ。

 残酷な運命の中、どうするのが正解かなんて誰にもわからない。結局悲劇は繰り返されるばかりで、この学園にいる生徒たちはみんな早死にするかもしれない。あるいはその前に、継承者を巡る争いでさらに人が死ぬということも考えられるだろう。

 でも、争いが起きるから、それを引き起こす者に価値がないなんてそんなことはないのだ。自分は短い生活の中で、ちゃんと素敵なものをたくさん見つけることができたのだから。


――そうだ、俺は先代魔王。ならば……守る力だってある。守ってみせる。


 願わくば、一秒でも長く平穏で優しい時間を。

 そのためならば、自分は。


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